第149話.暗黒魔法の真実2
セオドリクは静かに瞠目する。
その背後で、ルキウスは恐ろしい形相でルイゼを見つめていたのだが、角度的に気がついたのはルイゼとリーナ、ロレンツだけである。
リーナがぶるりと身体を震わし、ロレンツは軽く肩を竦める。
そんな彼らに苦笑いしつつ、ルイゼは毅然と続けてみせた。
「もちろん、あなたが暗黒魔法を使っても――私自身の手が首に食い込む前に、ルキウス様たちが私の魔法を解いてくれますが」
自信に満ちた表情。
暗黒魔法という危険極まりない手段を持つセオドリクを前にしても、ルイゼは一切揺らいでいない。
ここに来て、セオドリクも認めざるを得なかった。
――ルイゼ・レコットによって、すべては解き明かされた。
――もう、暗黒魔法は未知の脅威ではなくなったのだ。
痛感した以上。
魔力もなく、公爵家という権力も失ったセオドリクに、できることは残されていない。
「……私は結局、目的を達成できないということか」
セオドリクは、力なく笑みを浮かべる。
ふらふらと窓辺に寄る。避けるルキウスも目に入らないように、彼は月明かりに浮かぶ時計塔を見つめている。
「天国から見ているか、ティア。私が破滅する様を、そこで楽しんでいるか?」
ルイゼは口を開きかけた。
だが彼女が言葉を発するより先に、声を荒らげた者が居た。
「ふざけるなよ、セオドリク」
(お父様……)
驚いたルイゼは、激昂する父の姿を見つめる。
ベッドに座り込むガーゴインは、両手の拳を震わせていた。
「ティアが、他人の不幸を喜ぶものか。彼女を侮辱するな……!」
「黙れ!」
怒鳴り返したセオドリクが、ガーゴインの胸ぐらを掴む。
ルイゼは目を見開いたが、ガーゴインは怯むどころか、至近距離からセオドリクを厳しく睨み返している。
「すべてを奪い手に入れた男が、偉そうに私に語るな。ティアを騙るな」
「――騙っているのはどちらだ!」
ガーゴインがセオドリクの肩を後ろに突き飛ばす。
ふらついたセオドリクが、憤怒の形相でガーゴインを見下ろす。だがガーゴインは、肩で息をしながら言葉を繰った。
「……ティアを侮るなよセオドリク。ティアは差し出された手を取ることもできたんだ。そうしなかったのは、お前の未来を奪いたくなかったからだ。公爵家を立つ人間となるお前を見守りたかったからだ! でなければ、私は彼女を振り向かせるのに、これほど苦労しなかった!」
叫んだガーゴインは、歯痒そうに白いシーツを掴んで俯く。
「……っなぜお前のような男に、こんなことを……打ち明けねばならないんだ」
セオドリクは、ガーゴインを呆然と見下ろしている。
立ち尽くすセオドリクを、ルイゼは哀れに思った。
一度はティアと――愛する人と心が通じながらも、裏切られたと誤解した。
結局セオドリクは、信じることができなかったのだ。その結果、愛する人を自らの手で死なせるという最悪の結末を招いた。
(暗黒魔法によって、すべてを失った……)
ルイゼはハイルと共に、首飾り型の魔道具の真の力に気がついた。
傷ついた人を癒やす力。セオドリクには簡単に説明したが、実際はそう単純なものではない。
ロストテクノロジーの魔道具には、動力となる魔石がないのが明らかにされている。
学者たちが調べた限り、暗黒魔道具以外は煇石が使われている形跡もない。では、何を動力にしているのか。
(ハイル先生は、動力は魔素ではないかと推測した)
――そしてこの魔道具は、人の体内にある魔素を他者に移す代物だった。
(それでも最初は本当に、治療用魔道具として使われていたんだと思う)
魔素は、生命力とも言い換えられる。
大気中に漂う物質だ。人の身体だけではなく、木や石、植物や動物、万物に宿るとされている。
この魔素を体内で魔力として練り上げ、外部に解放できる者には魔法が使える。
この魔素を魔力として練り上げられず、内部に留まらせる者には魔法が使えない。
血による優劣や、才能の有無によると誤解されることもあるが、魔力ありと魔力なしの違いは、それだけだ。いわば、生まれつきの体質である。
この治療用魔道具は、術者が持つ魔素――生命力を、他者に分け与える力だ。
確認したが、大気中の魔素は使えず、あくまで人の体内にある魔素を移動させるしかできないらしい。
弱っている人間に自身の魔素を与え、回復させる。その仕組み自体は光魔法と同じだ。
ルイゼも光魔法を使えば魔素を消耗し、魔力切れを起こす。しかし数時間経てば周囲から魔素を取り込み、再び魔法が使えるようになる。
(でも、魔力のない人は違う)
彼らの場合、
使えば減り続けるだけで、新たに魔素を外部から取り込むことができない。つまり治療用魔道具を使うたびに、寿命が減り続けるということだ。
そして治療用魔道具は、まったく正反対の暗黒魔道具としても機能する。人を治したいという思いの真逆――人を操りたい、支配したいという感情にも、この魔道具は応えてしまう。
仕組みは治療用として用いる場合の、逆である。
術者は自身の魔素を用いて、魔法を発動させる。被術者は精神の一部を乗っ取られることで、魔力回路に穴が空いた状態になり、魔素を失っていく。術者も被術者も弱り続けていくのは、そのためだ。
つまり、セオドリク自身が認識を誤っていたが、決して魔力なしにのみ使える魔道具ではない。
ルイゼにも、ルキウスにも、誰にでも使える。ルイゼたちが試しても暗黒魔法が発動しなかったのは、他人を本気で恨み、呪う気持ちがなかったからだ。
(疑問に思ったのは、煇石の存在だけれど……)
当初、煇石の封じる魔素こそ、暗黒魔法の発動に必要だと思われていた。
だが魔力なしは魔素を見ることができず、操る術がない。
その時点でひとつの結論が導ける。水晶に使われる煇石は、魔法の発動には関係ない。そこに封じられた魔素を自在に取り出すことなど、魔力なしには不可能なのだから。
煇石は近くで色濃い魔素の余波を感じ続けることで、耐えきれずに粉砕されるという特徴を持つ。煇石は、術者に限界を悟らせるための安全装置だったのだろう。
また、ルイゼや神官が光魔法を使っても、リーナやガーゴイン、シャロンが回復しなかったのは、ルイゼが彼らに分け与えたのが魔素ではなかったからだ。
魔法は魔力によって発動する。ルイゼが光魔法を向けても無意味だったのはそのためだ。魔素から魔力に変化した力を、魔素に戻す術はない。
古代では、いったい何が起こったのだろうか。
ルイゼは身震いしながらも、考えずにはいられない。
王国はじめとする各国が建国されるより、ずっと前に一度、文明が滅びた。
その理由が未だに不可解だと、ハイルは言っていた。それほど優れた文明を、いったい何が滅亡させたのかと。
(暗黒魔法のせいで、文化ごと滅びるような戦争が起こった?)
悪しき心の持ち主が、一国の王を、宰相を、軍師を、意のままに操れるのだと知れば、どんな大きな災いが起きるか想像に難くない。
(それとも……)
考えを巡らせても、正解は分からない。
ロストテクノロジーと呼ばれる通り、今や滅びた時代の話だ。
小さく溜め息を吐いたときだった。
「…………っはは」
低く、笑い声が響く。
地を這いずるような、ぞっとする声で笑ったセオドリクは、散歩するような気軽な足取りで踏みだした。
開いている窓に向かって。
「あっ……!」
ルイゼは口元を覆う。
伸ばされたルキウスの手を必死に掻い潜り、セオドリクが窓の外へと落ちる。
着地するのに両手を使ったらしい。骨が砕けるいやな音が響いた。
苦痛にまみれた呻き声を上げながら、セオドリクが立ち上がる。
そんな彼を取り囲もうとしているのは、魔法警備隊の面々だ。
イザックがエリオットに協力を要請し、秘密裏に集合してもらっている。ルキウスの護衛騎士では、セオドリクが顔を知っているおそれがあるためだ。
警備隊がセオドリクを取り押さえようとする。
「やめてください!」
窓枠に駆け寄り、とっさにルイゼは叫んでいた。
エリオットの部下であるノインが、こちらを見上げる。どうするのか、と判断を仰いでいる。
セオドリクには、もう周りを囲む警備隊すら見えていないようだ。
ただ一心不乱に、ふらふらと歩いてどこかへと向かう。その行く先に気がついて――ルイゼはルキウスを振り返っていた。
「私に行かせてください、ルキウス様」
「駄目だ」
返事はにべもない。
だがルイゼの瞳が揺らがないのを見て取ると、ルキウスは深く息を吐いた。
「……と言っても、君は聞かないんだろうな」
「すみません」
ふぅ、とルキウスが息を吐く。
ルキウスが魔法警備隊に片手で待機の指示を出す。それを見守ったルイゼは眉尻を下げた。
「ありがとうございます、ルキウス様」
「少しでも危険だと判断すれば、俺がセオドリクを殺す」
「分かりまし――ひゃっ」
「このほうが早いから。……行くぞ、ルイゼ」
軽々とルイゼを抱きかかえたルキウスが、二階の窓から飛び下りた。
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