第146話.溢れ出る憎悪

 


 長い追想を追えたセオドリクは、ふっと笑う。


「ガーゴイン。その様子だと、過去の記憶を取り戻したようだな?」


 暗黒魔道具の副作用のひとつだ。被術者は過去の記憶が混濁する。

 何がきっかけか分からないが、ガーゴインはどうにかして記憶を取り戻したのだろう。


 ――セオドリクがティアに得体の知れない魔法を使った、という記憶を。


「ガーゴイン。お前はいくつもの失敗を犯した。私がやったことの一端を知りながら、放置し続けた」

「ティアが言ったからだ」


 返す声は苦々しい。

 暗く落ち込んだ目の下を押さえ、シーツの上で上半身を起こしたままガーゴインは続ける。


「お前の罪を許してやってほしいと、彼女がそう言った」

「……そうか、ティアが」


 頷くセオドリクはあくまで淡々としている。

 ゆっくりと寝台に近づいていく。ガーゴインは動けないまま、睨みつけるようにセオドリクを見つめている。


「私を殺す気か」

「いいや? 放っておいてもお前は死ぬだろうから」


 甘やかな美貌の男。

 月明かりに照らされるその微笑は、ぞっとするほど禍々しい。


「何か訊きたいことでもあるかな。冥土の土産に聞かせてやろうか」

「……公爵家から逃げ出した庭師は、?」


 ガーゴインの問いかけに、セオドリクは大仰に手を叩いてみせた。


「素晴らしい! よく分かったな。いや、ルキウス殿下あたりの入れ知恵か?」

「服毒死したほうが、本物の庭師か」

「その通りだ。あれは行き場のない哀れな男でね。三年ほどかけて顔を整形させたんだ。もちろん、私の替え玉として消費するためにね。使うつもりのない手駒だったが、最後は役に立ってくれたな」


 ガーゴインは硬い声で問いかけを続ける。


「暗黒魔道具は、どうやって造った?」

「暗黒魔道具……、ほう、そんな風に呼ばれているのか」


 何がおかしいのか、くっくと喉の奥でセオドリクが笑う。


「そうだな。出土した失われた文明ロストテクノロジーの魔道具はたった二つで、すぐに壊れてしまったが……私にはどうやら、魔道具を模造する才能があったらしくてね。十四年前から一心不乱に研究し続け、それらしい魔道具を造りだすのに成功したんだ。この点において、私はルキウス・アルヴェインをも超えたかもしれないな」


 誇るでもなく、自慢げでもなく、単なる事実としてセオドリクは所感を述べる。


「ティアや妻に使用したオリジナルより出力は落ちるし、対象者とのこまめな接触が必要などの制約もあったが……それでも、よくできたものだろう。念のため言っておくと、手順書レシピは残していないが」

「そんなものは要らん」


 冷たくガーゴインが言い放てば、セオドリクが芝居がかった仕草で肩を竦める。


「お前は、どうしてもティアがほしかったんだろう? だが、魔道具の力などでは手に入らないと分かっていた」

「そうだな。ティアは自ら暗示を解いてみせた。私になど従わないと。……しかも、そう遠くない未来に死んでしまうと分かっていた」


 窓の外にセオドリクは目をやる。

 ロレンツ家の客館からは時計塔が見える。町にひとつの時計塔は月明かりに照らされ、静かに鎮座している。


「だから私はすぐに切り替えたんだ。ガーゴイン。憎いお前に復讐することにしたんだよ」


 そこに居るはずもない、鳶色の髪の少女を幻視しながら、セオドリクは微笑む。


「暗黒魔法など、ただの手段に過ぎない。全てはお前を苦しめるためにやったことだ。お前は私のほしいものを全て手に入れてしまったからね。ティアも、ティアの血を継ぐ娘も……」


 ガン! と激しい音が鳴った。


 セオドリクが見下ろせば、ガーゴインが拳を震わせていた。

 サイドテーブルを力任せに叩いた彼の紫色の瞳には、強い憎悪だけが宿っている。


「――そんなことのために、ルイゼとリーナを傷つけたのか」

「語弊があるな。傷つけたのはお前じゃないか、ガーゴイン」


 ガーゴインが息を呑む。

 刃のような言葉で、セオドリクはガーゴインの胸を抉っていく。


「リーナは母親の愛を失ったと勘違いした小娘だったから、優しくすれば簡単に言うことを聞いてくれたよ。私の言葉に従って、父親を操ってくれた。そのおかげでルイゼは父親に嫌われ、虐げられ、不遇の歳月を送ったな。ああ、本当に可哀想な子たちだ!」

「…………っ」

「わざわざ魔道具研究所の地下を魔道具の製造場所に選んだのも、いやがらせの一環だ。持っていたものを全て奪われる気持ちを、お前に味わわせてやりたかったから。――結果、お前は魔法省大臣という恵まれた立場すら失った。伯爵家は絵に描いたような不幸な家族に成り下がったわけだ!」


 セオドリクは両手を開き、目を細めて笑ってみせた。



「さぁ、聞かせてくれガーゴイン・レコット。愛する妻の忘れ形見を、ボロボロになるまで傷つけた感想を」



 ガーゴインを絶望の淵へと叩き落とし、そう突きつける瞬間こそ、セオドリクが待ち望んでいたものだった。

 このときのために自分は生きていた。そんな風にすら思っている。その高揚感のせいか、反応が遅れた。


「セオドリク」


 そう呼んだのは、硬く張り詰めたガーゴインの声ではない。

 この状況下においても、信じられないほど研ぎ澄まされた涼しげな声だ。


 聞き覚えのあるそれに、顔を横に向け、セオドリクはゆっくりと目を見開く。


「ならばお前こそ語ってみるといい。愛する女を殺した挙げ句、その忘れ形見まで苦しめた感想とやらを」

「な、なぜ――」


 いつからそこに立っていたというのか。


 窓辺に佇んでいたのは、銀髪碧眼の美しい青年。

 アルヴェイン王国第一王子、ルキウス・アルヴェインだった。



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