第142話.闇に沈んだ過去1
公爵家の嫡子として生まれたセオドリク・フォルは、生まれつき魔力のない子どもだった。
というのもセオドリクが特殊だったというわけではない。
フォル公爵家は代々、魔力に恵まれない家系だった。
どんなに魔力に優れた令嬢を家に招き入れても、生まれてくる子どもの多くは強い魔力を持たなかった。
莫大な富と資産を築き上げながらも、他家に対しての劣等感に苛まれる家。
同じく魔力に恵まれない家系であるカリラン公爵家は、その事実を明らかにしていたが、フォル公爵家の場合は隠し通すことを選んでいた。
ノブレス・オブリージュの一環として教育問題に積極的に取り組む姿勢を見せながら、王都をはじめとした数多の魔法学院にて、理事長や学院長といった地位を一族の人間に担わせる。
その結果セオドリクも、魔力なしでありながら王都の魔法学院へと入学することができた。
服の下にいくつもの魔道具を隠し持ち、試験を切り抜けながら、馬鹿馬鹿しいという気持ちでいたが……それでも落ちこぼれの烙印を押されなかったことに、安堵する自分も居た。
――これからも、魔力がないことを周囲に隠して生きていく。
難しいことではない。学院に味方はいくらでも居るのだから。
その分、勉強には精を出し、必死に魔法や魔道具のことを学んだ。落とし穴はどこにでも転がっている。誰にも悟られないよう、エリートの振りをし続けろと親族全員から命じられている。
フォル公爵家を継ぐ立場であるセオドリクには、家を存続させる義務があるのだと。
「あなた、魔力がないでしょう?」
そんな鬱屈とした日々を。
ある日唐突に、投げかけられた声が壊した。
忘れもしない。二年生に進級したばかりの春の日だった。
時計塔の屋上でつかの間の休息を過ごしていると、梯子を登ってきた女生徒がひょっこりと顔を出してきたのだ。
鳶色の髪。そのものが光り輝くような、特徴的な
話したことはなかったが、目にしたとたんに名前が頭に思い浮かぶ。
(“光の聖女”、ティア・アイウス……)
セオドリクと同学年だ。首席入学で壇上で挨拶もしていた。
中央教会に属するアイウス神官長の一人娘であるティアは、強力な光魔法の使い手だ。
彼女が治癒できない傷はないとされている。教会にはティアの力を求める権力者や国民が毎日のように続々と集うという。
だが、どうしてティアはセオドリクの秘密に気がついたのか。
今日の実技試験で、何か失敗をしただろうか。でも今まで誰にも指摘されたことはなかった。
セオドリクは、動揺のあまり自分がとんでもない悪手を打っていたことに遅れて気がついた。
沈黙は、肯定と見なされてしまう。
「……いきなり話しかけてきて、失礼だな。なんの話?」
我ながら、白々しい声だった。
ティアがふっと微笑む。種明かしの微笑だった。
「ふつうの人より魔素の流れがよく見えるの、私の目」
ティアが右目の下を引っ張ってみせる。
神秘的な光を湛える緑柱石の瞳。浮き上がるその眼球が、セオドリクは怖くなった。
自分が隠したものを何もかも暴かれるような――否、すでにティアは、すべてを見透かしている。
秘密を知られた以上、放っておくわけにはいかない。
(……消すか?)
授業を行う棟から離れたここには、普段から人気がない。
無防備に顔を出しているティアの肩を突き飛ばしてやれば、彼女は真っ逆さまに落ちていき、遠く離れた地面へと叩きつけられる……。
だがティアには、セオドリクの企みもお見通しだったらしい。
白い歯を見せて笑ってみせる。
「安心して、別に誰にも告げ口したりしないわ。花は野原に咲くものなのよ」
「……どういう意味だ」
「どんな花だって、一生懸命に咲いてるってこと。無理やり引っこ抜くのは趣味じゃないわ」
告発の意志はない、とティアは言う。
そんな都合の良い話を信じられるほど、セオドリクは甘い人間ではなかった。
人の欲望には限りがない。いつ牙を剥くか分からない。いつか脅威に変わる花は、やはり早く摘んでおくべきなのだ。
(でも、彼女は……私を、花だと言った)
魔力のない人間は、どんな権力者の子だとしても魔法学院に入れない。
それなのに魔力なしのセオドリクがここに居る。その意味に気がつかないほど、ティアは馬鹿ではないだろう。
だが――薄汚れたセオドリクさえも、ティアは花に喩えてみせた。
その言葉を、セオドリクは、信じてみたいと思った。
「分かったら、さっさと私の分の場所を空けてくれない? ここ、私の秘密基地でもあるんだから」
自分でも、陳腐な喩えでいやになるが……ティアの笑顔はそれこそ、花が咲くように美しかった。
その出会いをきっかけに、セオドリクとティアは親しくなっていった。
二人は人の寄りつかない時計塔での逢瀬を重ねて、関係を深めていった。
ティアは学院では首席として恥じない成績を残しながら、放課後は教会に戻って、怪我人たちに治癒を施す多忙な毎日を送っていた。
魔力が枯渇しかけて本人が死にかけたこともある。だが、誰が止めても言うことを聞かなかったし、一度も弱音を吐かなかった。
「私の力でひとりでも多くの人を救えたなら、それだけで幸せなのよ」
そう言って、いつも笑っていた。
セオドリクはティアに惹かれずにいられなかった。
魔法を武器として扱い、自分の力をひけらかす人々の中で、ティアの姿だけは輝いて見えた。
そして灰色の世界も、ティアの緑柱石の目を通して見つめれば、豊かに輝いているのだと知った。
学院を卒業する日、セオドリクはティアにプロポーズをした。
ティアは照れくさそうにしながらも、頷いてくれた。天に舞い上がるほどの心地だった。
家門の人間を説得する自信はあった。
だが――ティアの父親は、決して二人の結婚を許さなかった。
理由はたったひとつ。
セオドリクに、魔力がないからだった。
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