第140話.秘書官は試す2
フレッドの疑問については、イザックはいったん答えを保留する。
地上に戻ると、待ちかねていたようにエリオットが仁王立ちしていた。
「それで? フレッド殿下は地下室には入れなかったでしょう?」
決めつけるように言う。
フレッドが太い眉を顔の中心に寄せた。勘がいいというべきか、なんとなく馬鹿にされている気配を感じ取ったらしい。
「は? ふつうに入れたが?」
「……え?」
「秘書官と一緒に行ったら、ちゃんと地下の部屋に入れたぞ」
次はエリオットがぽかんとする番だ。
「ど、どういうことです? だってあたしと一緒のときは入れなかったのに」
「僕のほうが訊きたい。エニマ女史、何か変な魔法でも使ったんじゃないか?」
「なんですって」
「まぁまぁ、お二人ともお静かに」
今は他に利用者は居ないが、図書館で騒がしくするべきではない。
「なら、もう一度お二方で試しに行ってみては?」
イザックが促してみれば、フレッドとエリオットは顔を見合わせ、渋々と地下への階段を下りていく。
それから数分が経つと。
「だから、どうしてなんです? 今度はフレッド殿下も入れましたけど!」
「どういうことだ秘書官!」
イザックは喚く二人を連れて、図書館の外に出た。
そこで両脇から詰め寄られる。
「それで! これはどういう絡繰りなんだ?」
(フレッド・アルヴェインはアホ王子ではあるが、正真正銘のアホじゃないってことだよ)
と、イザックは心の中で答えた。
ハイル・カーマンの仮説――それは、魔術式がない
最初にルキウスからそう聞いたとき、そんなことがあり得るのかと驚いたイザックだったが、実はその仕組み自体は通常の魔法と変わらないことも解説された。
王立図書館の地下にある部屋は、知識欲のある聡明な者しか入室することができない、と代々言い伝えられてきた。
エリオットと共に地下に行ったフレッドは、入室できなかった。
イザックと共に地下に行ったフレッドは、入室できた。
そこから分かるのは、今まで考えられていたように、
(教授だかの推測は、当たってるってことだな)
イザックはフレッドのことを、実はそれなりに評価している。
リーナ――もといルイゼが優秀すぎて目立たなかったが、彼の魔法学院での成績も、それほど悪いものではなかったはずだ。
しかしそれはイザックの認識だ。エリオットは、たぶんフレッドのことを本気でアホだと思っている。
一時期は土下座王子などという不名誉なあだ名をつけられていたフレッドなので、致し方ないことではあるのだが。
つまり、エリオットにアホだと思われたフレッドは入室できなくて。
イザックにはまぁまぁ見込みありと思われているフレッドは入室できたということ。
そして一度入室できれば、それ以降は魔道具の認知機能が働くのか、誰と向かっても、おそらくひとりだろうと入室できる。
――が、これを馬鹿正直に解説することはできない。
というのも当たり前のことで。
(これ言っちゃうと、エリオット・エニマがフレッド殿下をアホだと思ってる、って伝えることになるからな……)
さすがに王族相手に不敬だし、エリオットを陥れるようで気が進まない。
(過去の文献を漁れば、他にもいろいろ分かりそうだな)
今は検証するにしても、人数も時間も足りていない。
それについてはルキウスが今後、時間をかけて調べることだろう。
というわけで、ロストテクノロジーの産物についてイザックの調査は終わりだ。
そもそも、これはついでの用事であって本題ではないのだから。
「フレッド殿下は、もうお帰りいただいて結構です」
「な、なんだとっ?」
急に告げられたフレッドは憤然としている。
しかしここでタイミング良く、イザックはさらりと口にする。
「ルキウス殿下から伝言です。『お前のことは信用している。よくやった』とのことです」
「……えっ」
ぴた、とフレッドが硬直する。
「ほ、本当に? 兄上がそう言ったのか?」
「言ってましたよー」
正しく言えばルキウスが口にしたのは後ろの五文字だけだが、別に嘘ではない。嘘では。
事実、ほんの数日間ではあるが、ルキウスの留守を穴埋めしたのはフレッドだ。
ルキウスの分の公務を肩代わりし、謁見や儀式参加への代行と、幅広く活躍していたという。東宮から、特に支障なかった旨も報告があった。
本人は気苦労が絶えなかったのか、目の下に隈までできているが、それも努力の証だろう。
「そ、そうか。兄上が僕を信用……フフフ……」
にまにまと怪しげな笑みを浮かべながら、フレッドが去っていく。
その背中を気味悪そうに見送っていたエリオットが、イザックに視線を戻した。
「それで? 本題は?」
こちらは話が早い。
「魔法警備隊から、何人か貸してください」
静かに目を細めるエリオット。
「なぜ東宮の人員ではなく、魔法警備隊を?」
エリオットが訝しむのも無理はない。
わざわざ魔法省の力を借りるまでもない。ルキウスであれば護衛騎士を動かすほうが早いのは自明の理だし、彼らのほうが連携が取りやすい。
しかしその点を加味した上で、ルキウスはエリオットが指揮する魔法警備隊を借りたいと言った。
「今は東宮の人間は動かせません。敵にこちらの動きを悟られたくないんです」
敵、という言葉を敢えて使うイザックに、エリオットが眉を寄せる。
暗黒魔法に関わる件だと、すぐに察したのだろう。
そこまでは気丈だった。だが続く言葉は、少し弱気だった。
「シャロンは助かるんでしょうか?」
ずっと、気が気でなかったのだろう。
シャロンの容態は、ガーゴインやリーナのそれよりずっと深刻だ。
このままではシャロンは助からない。衰弱し続け、そう遠くない未来に命を落とすことになる。
親友の身を案じるエリオットに、イザックが言えるのはひとつだけだ。
「ルイゼ嬢を信じてください」
数秒間の沈黙。
だが、それは息が張り詰める類のものではない。むしろ逆だったのかもしれない。
エリオットが、細い顎を引いた。
「分かりました」
その頷きは、人員を貸すことだけではなく――、イザックの言葉を肯定する意味合いを持っていた。
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