第139話.秘書官は試す1

 


 ――旅立ったばかりのフレッド号が、アルヴェイン王国の港へと帰還した。



 その報は、イザックが到着した頃にはすでに王宮内を駆け抜けていた。

 というのも当然で、港が近づいてきた頃にルキウスが東宮に連絡を入れたからだ。


 だからこそ、王宮前で今か今かと帰ってくる一行を待ち構えていた二人は、今はイザックの後ろでぶつぶつと文句を呟いている。


「どうしてルイゼさんとルキウス殿下は、一緒じゃないのよ……」

「僕がこの数日、どれほど苦労したか……兄上はちっとも分かってない……」


 とか何やら言っているのは、エリオットとフレッド。


 金茶色の髪を兎の耳のように結ったエリオットは、明らかな不機嫌をワインレッドの瞳ににじませている。

 苛立ちの理由は明白だ。エリオットは幼なじみの少女からひとつの頼まれ事をしていた。


「シャロンから、ルイゼさんにすぐにでも会いたいって言われていたんです。それなのにこれはどういうことです?」


 いくら小言を言ってもイザックの反応がないからか、直接問いかけてくる。


 今も暗黒魔法によって心身を蝕まれているシャロン。

 容態は芳しくなく、今日も彼女は神殿で療養している。数日前から起き上がるのも困難で、口を開くとルイゼが帰国したかを確認するばかりらしい。


「エニマ女史の言う通りだ。なぁ秘書官。ルイ……じゃなくてレコット伯爵令嬢と兄上は、王宮に戻らずどこに行ったんだ?」


 ふてぶてしい態度で訊いてくるのはフレッドだ。

 金髪碧眼の見目麗しい第二王子だが、彼のめちゃくちゃな采配で面倒をかけられた覚えのあるイザックは、その質問も無視しておく。


 次第にフレッドは、勝手にいろいろな妄想を膨らませてしまったらしい。


「も、もしやっ……僕らを放置して二人でバカンスにでも繰り出したんじゃないだろうなっ!?」


(アホか!)


 フレッドは露知らぬことではあるが、ただでさえ緊迫した状況下だ。

 どんなにルイゼを愛おしく思っていようとも、ルキウスが私情を優先して誤った選択を取ることはない。


 エリオットもアホを見る目をフレッドに向けていたが、イザックの視線に気がつくと顔を険しくする。


「ルキウス殿下のご用命というのは分かりました。で、どこに向かっているんですか? 方角としては王立図書館のほうですけど」


 さすがにエリオットは冷静だ。

 イザックは口元に笑みを浮かべる。


「行き先は合っていますよ」


 王立図書館に到着した三人は、受付の前をすり抜けて館内を進む。

 ルキウスから連絡が入っていたので、呼び止められることはない。


 イザックが立ち止まったのは、歴史書だらけの本棚の前だ。

 その四段目に並んでいる二冊の本を抜き取り、壁にある凹みを押す。


「うわっ」


 大袈裟にフレッドが声を上げて驚く。

 音を立てて外れた床板をイザックが取り外せば、地下に続く階段がぼんやりと浮かび上がる。


「な、なんだこれは? どうなってる?」


 フレッドも幼い頃から王族として英才教育を受けてきた身だ。

 彼の立場であれば、どう考えても王妃か家庭教師あたりから聞かされているはずなのだが、まったく覚えていないらしい。よっぽど本や魔道具に関心が薄いのだろう。

 しかしその後ろに立つエリオットは、驚いた顔をしていない。思った通り、彼女は地下室の存在を最初から知っていたようだ。


「ついてきてください」


 地下に下る階段にびびっていたフレッドだが、一応大人しく後ろをついてくる。

 そうして暗がりを歩き続ければ、目の前に地下室に続く重厚な扉が現れる。

 ここはとある二人が、密かに“小さな大学”と呼んで親しむ場所だ。


 振り返ると、階段の上に佇んだままの四つの目がイザックを見つめ返した。


「お二方にお伺いします。この部屋について、ご存じですか?」


 具体性を欠いた質問だが、反応は顕著だった。


「当たり前です」

「僕はよく知らない。というか土の臭いが気持ち悪い。戻っていいか?」


 エリオットはフレッドを横目で見る。

 どう考えても、「やっぱりアホだわ」と思っている。暗い中だが、フレッドは視線の意図を感じ取ったらしい。


「な、なんだその目は」

「……いえ、別に」

「では、もうひとつ。お二方はこの部屋に入ったことはありますか?」


 この問いかけにも、エリオットだけが頷く。


「魔法省の恒例行事なんです。腕試し、っていうか」


 それっぽく顎を引くイザックだが、魔法省に数人の友人が居るのでもちろん知っていることだ。

 魔法省では、新規職員が入ると腕試しとしてこの地下室に連れてくる。


(知識の欲――それがない者は、何人たりとも入ることはできない)


 その人物に探究心や向上心があるのか、試験結果外の部分を見ることができる。

 すべての指標になるわけではないが、部屋に入れれば見込みあり、くらいの判断には用いられているはずだ。


「ここに来たということは、今から腕試しを?」

「詳しくはお伝えできませんが。ただ、ルキウス殿下の仮説を実証するために必要なんです」


 正しくはルキウスも知り合いだという、魔法大学の教授の仮説だそうだが、そこまで詳しく説明する必要はない。


「では、まずエニマ部長。いったん地上に戻ってお待ちいただけますか?」


 そのあとの手順についても説明する。

 当初、よく分からないという顔をしていた二人だが、イザックがルキウスからの用命だと繰り返せば納得したらしい。


 まず、地下に残ったのはエリオットとフレッド。

 そのあとは地上に戻ってきたエリオットと交代し、イザックは階段を下りる。

 そこにはフレッドが待っている。


(さーて、どうなるかな)


 どこかわくわくしたものを感じるイザック。

 そうしてすべてを済ませ、イザックと共に地上に戻る最中。


 フレッドは首を捻って言い放った。



「秘書官。これはいったいどういうことなんだ?」



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