番外編2.秘密の女子会の秘密1

 


「ルイゼちゃ~ん! こっちこっち!」


 明るい声に呼ばれる。

 ルイゼは手招きするイネスに気がつき、笑顔でそこに近づいていった。

 猫のエフィーはお留守番だ。ミアにも誘いはかけたのだが、エフィーの面倒を見るからと留守を預かってくれている。


 魔道具研究所の敷地内には、仕事疲れ解消のための施設がいくつか設けられている。

 これは泊まり込みで作業に明け暮れる所員が多いためで、少ない予算をやりくりし、年々内容のほうは充実しつつあるという。


 屋内には休憩室や仮眠室、温泉の施設。

 屋外には、食事やお茶を楽しむための屋根つきのテラス席が用意されている。


 そして今回、ルイゼが呼ばれたのは屋外。

 研究所の西側に造られた、背の高い木に囲まれたスペースだ。


 まだ日射しは暑いくらいだが、木々に阻まれ、枝葉の間から僅かな木漏れ日だけが射し込んでいる。

 木陰には周りに花の咲き乱れる小さな四阿あずまやや、寝椅子も設けられていた。


「お、来たなレコット」

「いらっしゃーい、レコットちゃん」


 ルイゼを迎えてくれたのはイネス、それに外装加工課の課長であるユニに、検査管理課の課長のアマリ。

 そうそうたる顔ぶれだが、研究所の面々はいつも立場に関わらず和気藹々としている。非番の女子だけで集まるのもそう珍しいことではないそうだ。


 これはなんの集まりかというと――即ち、女子会というものらしい。

 もちろん、どんな集まりなのかも発案者のイネスから教えてもらった。


(それぞれ好きなお菓子や飲み物を持ち寄って、お喋りに興じる会!)


 魔道具研究所特別補助観察員。それが現在のルイゼの持つ肩書きだ。

 けれどイネスを始めとして、ユニやアマリも、ルイゼをひとりの仲間として認めてくれているようで。だから今日の集まりに呼ばれたのも、実はとても嬉しくて仕方がない。


 ルイゼは全員に挨拶をしてから、空いている席に座った。

 四人席の広いテーブル。正面はイネス、対面はユニ、隣はアマリが座っている。


「おっ。ルイゼちゃん、それは?」


 イネスがさっそくルイゼの手に持っているバスケットに目をつける。


「ミアがサヴァランを焼いてくれたんです」


 アルコール入りのシロップに浸したケーキである。

 屋外でも食べやすいようにと中には何も入れず、上部にクリームとあんずのジャムがかかっている。

 ルイゼはあまりアルコールが得意ではないので、シロップはオレンジ風味のものに変えてもらった。


 ちなみに他の三人はといえば、とにかく強い。

 イネスとユニに至っては酒豪の領域だ。先日開いてもらった歓迎会でも、その様子はまざまざと目撃している。今日も二人とも酒瓶を持参しているようだ。


「おいしそう! ていうかいい香り~! さっそくもらっていい?」


 ルイゼが頷くとほぼ同時、イネスがバスケットに手を伸ばしている。


「レコット、ウチらもいいか?」


 はいはい、と手を上げるユニとアマリに「もちろん」と答える。

 濡らした手巾で手を拭いてから、ルイゼも自分用の物を取り出す。


「んわぁ、おいしーい! さすがミアさん!」

「うん、美味い。酒が進むな」

「おいしいねー」

「はい、おいしいです!」


 しばらく四人でサヴァランを堪能する。


 テーブルの上には他の皿もたくさんある。

 イネスはパエリア、ユニはクロワッサン、アマリはスコーンをそれぞれ用意してくれていた。

 勧められるまま、ルイゼはそれらを味わった。


 ティーポット型の魔道具から、カップにこぽこぽと紅茶を注ぐ。入れてから数十分が経っているが、香りも温度も淹れ立てと相違ない。

 アマリも飲んでみたいというので、彼女の分も用意した。気に入ってもらえたようで、アマリはほうと息を吐いている。


(給仕の居ないお茶会なんて、初めてだけれど……)


 行儀も作法も気にせずに自由に振る舞うのが、なんだかとても楽しい。

 でもお夕飯はいらないかも、と思うルイゼである。もうお腹がいっぱいになりそうだ。お茶会というより、少し早い夕食である。


 わいわいと賑わっていた最中、ふと会話が止む。

 きらり、とイネスの目が光った。


「そろそろあれだ。課長たちの悪口でも話す?」


 平気な顔でイネスが言う。


「それ、課長らの前で言うか?」

「ほんとだよー」


 ユニとアマリが呆れているが、それもイネスが本気でないと分かっているからだろう。

 そもそも何か不満があれば、目上の相手だろうと正々堂々と本人に伝えるタイプの人なのだ。


 想定内の反応に満足そうにしているイネスが、ぴっと指を立てる。


「じゃあアレよね。ここは恋バナよねー、やっぱり」

「えっ」


 驚いて、思わず声を上げるルイゼ。

 イネスたちからそういった話を聞けるのは初めてのことだからだ。

 しかし密かにわくわくするルイゼのことを、三人が見つめ返してくる。


「……?」

「やだもう、ルイゼちゃんったら。アタシたちにそんな浮いた話はないわよ」


 イネスが頬に手を当ててウフフ、と優しく微笑む。


「せっかくだから、この機会にルキウス殿下とルイゼちゃんの馴れ初めを聞きたいな~とか思って」

「……えっ!」


 何か不自然に話題が変わったと思いきや、最初からそういう腹づもりだったらしい。


「あー。ワタシもちょっと聞きたいかも」


 焦るルイゼだったが、アマリまでも興味を示している。

 ユニは指先についたスコーンの欠片をぺろっと舐めている。


「まぁ、貴族なんてろくなもんじゃねぇが……ルキウス殿下とレコットは別だからな。聞くのも吝かじゃないぜ」


 下らないと一蹴してくれるかと思いきや、ユニも案外乗り気であった。

 そのまま三人の先輩たちから熱い眼差しを注がれる。ルイゼはもはや、突然の事態にどうすればいいか分からない。


「え、ええと……」


 本当に話さなければいけないのだろうか。

 別に、聞かれて困る話ではない。とは、思う。

 そもそもルイゼ自身も、ルキウスと出逢った頃の出来事をつい先日、思い出したばかりだったりする。


 三歳の頃に、十三歳のルキウスと王宮で知り合った。

 迷子のルイゼを連れて、彼は父の元まで送り届けてくれた。

 だが、あのとき――ルイゼはいろいろと失礼なことをルキウスに言ったのだ。


 今でも脳裏に描くだけで羞恥心でいっぱいになってしまう、恥ずかしい思い出。

 先日その話をしたときも、ルキウスはまったく怒ったりしなくて、むしろ楽しそうだったが……そういう問題ではない。


(イネスさんたちは優しいもの。笑ったりはしないだろうけれど。でも、でも……!)


 気負わずに颯爽と話し始めれば良かったのかもしれないが、とうにその時間は過ぎ去っている。


 ――実は、本気で話を聞きたいというよりは、そんなかわいらしい反応をニマニマしながら堪能したいだけなどと三人組に思われているとは露知らず、ルイゼはとにかく困っていた。


 このまま黙っているわけにはいかない。

 何か言わなければ、と震える唇を開いた。


「えっと、その」


 言葉は続かなかった。


(やっぱりダメ! はっ、恥ずかしい……!)


 いよいよ真っ赤になったルイゼは、顔を覆って俯いてしまう。

 その瞬間を見計らったように、だった。



「あまりルイゼをいじめないでもらえるか」



 そんな助け船と共に、ルイゼの背後に気配が降り立っていた。









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ルイゼの「恥ずかしい思い出」については、書籍2巻の書き下ろし番外編「ファースト・ファースト・ダンス」にて明かされています。(書籍版でも電子版でもついてくる番外編です)


第2巻は、明日1月20日発売です。

美しすぎるカバーイラストが目印です。ぜひぜひお迎えいただけたら幸いです!

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