第113話.気がついた真相

 


(えっ?)


 ルイゼが驚いた顔で固まったからか、エリオットはどこか気まずげに口にする。


「確かに最近のシャロンはよく、自分はルキウス殿下の婚約者だって言っていた。でもルキウス殿下に正式な婚約者が居ないのは、さすがにあたしも知ってるわよ。夜会や舞踏会ではあなたのエスコートばかりしてるって聞いていたから、恋仲なんだろうとは思っていたけど」

「それを聞いたエニマ様は、どう思っていたんですか?」

「……シャロンが、可哀想だと思っていたわ」


(可哀想……?)


 ルイゼが首を傾げると、エリオットは天井のほうを見て呟く。


「シャロンはルキウス殿下のこと、吹っ切れていなかったのよ。十年前、シャロンはイスクァイ帝国に発つ殿下を見送ったの。きっとそのとき殿下が、シャロンに思わせぶりなことでも言ったのよ。十年経ったら迎えに行くとか、そんな責任感のないことをね」


 見送りのときの話は、ルイゼもルキウスから聞いていた。

 だがルキウスによれば、シャロンはそもそも彼に異性としての好意は抱いていなかったという。


(カリラン様には大切な方が居て、その方と一緒に過ごすために、ルキウス殿下に好意を寄せている振りをしていたって……)


 ルキウスに恋慕している公爵家の令嬢に近寄る勇気のある者は、限られただろう。

 それを利用して、シャロンはルキウスに惹かれている振りをしていたのだとルキウスは言っていた。十年前のことだ。


「それなのに帰ってきたら、他の女と……あなたと仲良くしてるなんて、ルキウス殿下はひどいと思った。シャロンがおかしいことを言い出したのもそのせいよ。【通信鏡】だって、あの子が自分とあたしの分を買ってくれたのに、ルキウス殿下にプレゼントされたとか変なことを言うようになっちゃった」


 呆れているのだろうか。エリオットは苦笑している。

 それでも、彼女のワインレッドの瞳には、シャロンへの強い思いが浮かんでいた。


「でも――だからあたしだけは、あの子の味方で居てあげなくちゃって。小さい頃に、ずっと傍に居て守ってあげるって、シャロンと約束したもの」


 エリオットの話を聞いているうちに、ルイゼの中の違和感はどんどん膨れ上がっていく。

 その気持ちのままに、問うた。


「……エニマ様は、私のことがお嫌いですか?」


 唐突な問いかけに、エリオットが目を丸くする。

 それから彼女は、ゆっくりと目を細める。


「あなたは被害者なのよ、ルイゼ・レコット」

「え……?」

「魔法で操られたご家族も被害者。あなた自身もそう。それなのにあなたは、暗黒魔法の謎を必死に解き明かそうとしてる。……とてもじゃないけど、見てられないでしょ」


 整えられた髪の毛を、ぐしゃりと掻き乱すようにして。


「ルキウス殿下にも、危険だからやめさせるべきだって何度も言ったわ。でもあなたが必要だって譲らなかった。どちらにせよ、好きな子を巻き込むなんて最低だと思ったのよ。好きなら……危ないことからは、遠ざけるべきだわ。あたしなら、そうする」


 唇は尖っていたが、驚くほど優しい声音だった。

 今ならば答えがもらえる気がして、ルイゼは重ねて訊いた。


「……エニマ様は、どうして魔法省から研究所に出向されてきたんですか?」

「それは……」


 エリオットは言い淀んだが、躊躇の末に小さな声で教えてくれた。


「…………研究所の入所試験、あったでしょ?」

「はい。すごく難しい試験でした」


 ルイゼも勉強し直してから挑戦したが、かなり難しい内容だった。

 あと数問間違えていたら、おそらく合格できていなかっただろう。


 するとエリオットは、深い溜め息を吐いた。


「あれ、あなたのだけ問題が違ったの。他の受験生よりずっと難しかった。……たぶん魔法大学の受験レベル」

「……え?」

「研究所の所長と魔法省が話し合って、勝手に決めてた。犯罪者であるリーナ・レコットの姉を、研究所に入れるわけにはいかないって」


(所長と、魔法省が?)


 初耳だった。

 しかし今思えば、ルイゼは所長の息子であるマシューとは知り合ったのに、所長本人とはほとんど面識がない。もしかすると、避けられていたのだろうか。


「それを知って――さすがに、むかついた。そういうやり方はフェアじゃないって上に抗議したの。そうしたら、新しく作る課の課長になれって出向命令が出たわ。文句があるなら自分で、あなたの面倒を見ろってことだったみたい」

「…………」

「ルキウス殿下にもお伝えして、いろいろと裏で動いてもらったから、魔道具祭の実権は握れたけど……正直あの人のことは頼りたくなかったけど、他に手段がなかったというか」

「それじゃあエニマ様は、私を守るために……?」


 一瞬、エリオットが硬直した。


「はっ!? ち、違うわよっ」


 慌てて立ち上がる。薄暗がりの中で見ても、彼女の頬が赤らんでいるのが分かった。


「あたしは、あたしが許せないことがあっただけ。あなたは関係ない。そりゃあレコット伯爵にはすっごくお世話になったわ、あの人の娘を放っておけないのは当然で……って、違う! そうじゃなくて……」


 まだ何やらエリオットはもごもごと言っている。

 ルイゼは真剣に考える。今、エリオットが話してくれたのはとても重要なことだ。


(つまり、エニマ様が抱いているのは)


 ルイゼへの同情と、心配。

 それにルキウスへの非難の感情だ。


 そのどちらも、ルイゼはエリオットからの敵意として受け止めてしまっていた。


(被害者でありながら暗黒魔法のことを調べている私。そしてカリラン様に思わせぶりな態度を取りながら、私を巻き込んでいるルキウス殿下への非難……)


 エリオットから見えるルキウスはずいぶんと歪んでいて、ルイゼの知るその人とはかけ離れているけれど。


(かけ離れているのは、どうして?)


 それはシャロンが、自身をルキウスの婚約者だと名乗ったからだ。

 シャロンのことを、可哀想だとエリオットは言った。婚約者ではないのに、そう思い込んでいるのが哀れだと。


(婚約者では、ないのに――)


「……でも、それだとエニマ様。おかしいです」

「おかしい?」

「だってエニマ様は、カリラン様のことを信じていない」


 間の抜けた表情で、エリオットが固まる。


「…………どういうこと?」

「暗黒魔法の効果から外れています。魔法にかけられた人は、術者の言うことをなんでも信じて言いなりになってしまうはずなのに」


 そうだ。

 確かにエリオットは、シャロンのことをいつも優先していた。


 シャロンが研究所にやって来たときは、彼女のことを庇って、周囲の非難の視線から守っていた。

 ルキウスの研究室に入ろうとしたシャロンが警備兵に捕まったときは、一目散に駆けつけていた。


 でもそれはただ、エリオットがシャロンのことを心配していたから。


「エニマ様は、んです」


 ――いや。より正しく言うならば。

 いつもエリオットは、自分の意志で行動している。そこにシャロンがちょっかいをかけようとしても、エリオットは自ら判断し、惑わされてはいない。


 ガーゴインとは違う。

 リーナの魔法によって操られたガーゴインは、ルイゼのことを徹底的に嫌っていたのに。


(ああ……)


 身体中の力が抜けて、ルイゼは項垂れるように深く座り込む。


(どうしてもっと早く、気がつかなかったの……)


 もっと早く、エリオットと話すことができていたら。

 何かがおかしいと、気がつけていたなら。


「どうしたの? 大丈夫?」


 様子のおかしいルイゼに、エリオットが戸惑っている。

 その声に、ルイゼははっとした。


 まだ、手遅れかどうかは分からないのだ。

 それなら、こんなところで俯いている場合ではない。


 立ち上がったルイゼは、エリオットに早口で告げる。



「カリラン様のところに行きましょう、エニマ様」









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読んでいただきありがとうございます!




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