第80話.認められる者と、そうでない者2

 


 シャロンの発言に。

 ――シン、とその場が凍りついたように静まりかえった。


 その中で、最も早く反応したのはユニだった。


「おい、お前――」


 声を荒げかけたユニのことを、隣のフィベルトが手で制す。

 しかしそれを認識するより早く、ルイゼはシャロンに向かって口を開いていた。


「カリラン様、間違えないでいただけますか」

「……え?」

「今のわたしは伯爵家の人間としてではなく、魔道具研究所の所員としてこの場に居ます」


 静かに発せられる怒りの気配を感じ取ったのか。

 シャロンが縋るように視線を彷徨わせるが、ルイゼは表面上は平坦な口調で続けた。


「カリラン様も、特別補助観察員としてこの場に居ると仰せではありませんでしたか?」

「……それは」


 家格というものが、この場での、延いては研究所での発言権に直結するというならば――では、ルイゼやシャロン以外の所員たちはどうなるのか。


 研究所で働く人々のほとんどは平民だ。

 ここで日夜働き続ける彼らは、貴族出身の人間に何か言われればそれがどんな理不尽な要求だろうと従わなければならないのか。


 それこそルイゼにとっては信じがたい考え方だった。


「あなたが公爵家の人間で、私が伯爵家の人間であること――そんなこと、この場では何の価値も、意味もないことです」

「…………っ」


 ルイゼがそう断言すると。

 何か恐ろしいものを見るように、シャロンは目を見開いた。


「……エリちゃん!」


 呼びかけられたエリオットは一瞬、迷う素振りを見せた。

 だが結局、彼女はやんわりと首を振ると。


「……それで、体験型魔道具っていうのは、具体的にどういうものを考えてるの?」

「!」


 何事もなかったように話を戻す。

 その気遣いにルイゼは安堵したが、シャロンは憎々しげにエリオットを睨んでいる。


 そちらを少し気にしながらも、ルイゼはエリオットに答えた。


「実現できたら面白そうだと思う案は、いくつかありますが」

「実現できるか話し合うのはあたしたち全員の役目でしょ?」


 その通りだった。

 ルイゼはこくりと頷いて、一同を見回した。


「ただ魔道具を並べるだけでは、お店と変わりませんから。研究所の敷地を利用して、子どもの興味を引くような様々なイベントのブースを作ってみてはどうかと思います。具体的には……」


 手元に用意してきた用紙を捲りながら、ひとつひとつの案についてルイゼは紹介していく。

 その中にはいくつかブースのイメージを図面に起こしたものもある。黒板に貼りながら紹介していくそれらに、思った以上に課長たちは熱心に聞き入り、いくつも質問や意見も飛んでくる。


 そんな様子を眺めながら。


「……なんなの。ルイゼさんばかり贔屓して」


 シャロンはぼそりと呟く。

 それを聞き咎めたシャロンの隣席のフィベルトは、薄く笑った。


 幼い子どもを持つ父親でもある彼は、なるべく刺激しないようにと柔らかい口調で言った。


「これは贔屓じゃなくて、僕たちが彼女に寄せている信頼だよ」

「……!」


 しかしそれを聞いて。


 シャロンは思わず立ち上がった。

 何事かと視線が集まる中――シャロンは微笑んでみせると、頭を下げた。


「わたし、そろそろ行きます。……もともと今日は、ルキウス殿下に呼ばれていたので」

「えっ?」


 書記を担当していたアルフがペンを止め、素っ頓狂な声を上げる。

 シャロンは固まる彼ににこりと笑いかけてから、正面席のルイゼを見て問いかけてきた。


「ルイゼさん。ルキウス殿下の研究室は何階だったかしら? 彼から聞いていたのにわたし、失念してしまって」

「……八階です」

「そう。よくご存知ね、ありがとう」


 蝶が華やかに舞うようにスカートを揺らし、シャロンが会議室を出て行く。


 その様子を見送ると。

 課長の何人かが目配せし合い、ユニは「だはぁ」と脱力したように息を吐いた。


「……なんだっけな。悪霊追い払うには塩撒くといい、とか聞いたことがあるんだが」

「こらこらユニさん。レコットさんが毅然と対応したんだから、余計なことしないの」

「ちぇっ」


 フィベルトに諭されたユニが、唇を尖らせてそっぽを向く。

 気遣いをありがたく思いながらも、ルイゼは胸にずしりと鉛のような感覚を覚えた。


(ルキウス様に呼ばれた、とシャロン様は仰った……)


 それが真実なのかそうでないのか、ルイゼには判断ができない。

 でも、どうしたって、彼の名前を聞けば落ち着かない気持ちになる。

 だが大事な会議を放り、シャロンを追って部屋を出て行くつもりなんてまったく無かった。


 そんな情けない自分では、彼の隣に立つなんてことは――出来るわけもないのだから。


(……いまの自分が、やるべきことをやる)


 小さく深呼吸をして、集中を取り戻すと。


「レコットさん、他に思いついたことってある?」


 まるで見計らったようにフィベルトに声を掛けられ、ルイゼは間髪入れず答えていた。


「魔道具祭で、魔道具販売用のブースを設けるのはどうでしょうか」


 それを聞いて、課長たち全員が不思議そうな顔をした。

 代表してユニが、肩を竦めながら口を開く。


「それは無理だぜレコット。お前も知ってると思うけどよ」

「はい。魔道具研究所は国内の商会や商店に魔道具を卸すが、個人に直接魔道具を売買する権利はない……ですよね?」

「何だよ。ちゃんと分かってるじゃねぇか」


 頷いた上で、ルイゼはその提案を口にした。



「だからこそ――権利のある方たちに、してもらうんです」



 今度は全員が、思いがけない言葉にあんぐりと口を開く番だった。


「……出店? それってまさか」

「魔道具体験のブースを設け、その横で商店にその魔道具を販売してもらう。つまり、魔道具を見るだけではなく、実際に体験して、気に入ったものをすぐ手に取ることもできるようにしたいんです」

「それはまた、何で?」

「だって面白い魔道具は、そのまま手元に欲しいじゃないですか!」


(フォルムを眺め回したり、どこまで動くのか試したり、解体したり、中の魔術式を読み取ったりしたいじゃないですか……!)


 ――というのはあんまり常識的では無いらしいので、口には出さなかったが。


 ルイゼがきゅっと拳を握って力説すると、課長たちは揃って顔を見合わせ……そして、盛大に笑い出した。

 エリオットまでもが、窓の方を見て肩を震わせている。もしかしなくとも、彼女まで笑っているらしい。


 豪快に大口を開けて笑っていた、目に傷のある大男――外装作製課の課長であるギダがルイゼに言う。


「レコット嬢。そこはもっと、俺らが納得するような論理的な理由を用意しておいた方が良かったんじゃないか?」

「で、でもでもギダ課長だって、面白い魔道具があればその場で買いますよねっ?」

「……いやまぁそこは否定しないけどな!」

「そうだねぇ。僕ら結局、誰も彼も魔道具バカだからねぇ……レコットさんには負けるけど」


 といっても、馬鹿にするような笑いではない。単純にルイゼの言いようがおかしかったらしい。

 ルイゼは頬を赤くしつつ、脱線しつつある空気をどうにか戻そうと再び口を開いた。


「特に『無限の灯台』の力は必要だと思うんですが」

「そうだね。そもそもの知名度と規模から言っても、あの店は外せないねぇ」

「むしろあそこ以外だと協力取りつけるの難しそうだけどな」

「あとは、お祭りの目玉になる魔道具……今までに存在しないような魔道具を、造るというのはどうでしょうか」

「ちょっといい?」


 そこで、キリッとした顔つきのエリオットが小さく挙手をした。


(先ほどまで笑っていたのに……)


 ルイゼがジッと見ると、エリオットが些かばつが悪そうだった。


「魔道具祭の準備は、通常業務に支障がない程度の規模で行うことになっているわ」

「新しく造る魔道具の数は出来るだけ絞るべき……ということでしょうか?」

「そういうこと」


 エリオットからの冷静な指摘だったが、それももちろんルイゼは承知している。


「なら――目玉魔道具はひとつに絞って、それを全課で協力して造り上げましょう」


 課長たち五人から、心強い首肯が返ってくる。

 ほっとするのもつかの間、ユニが訊いてきた。


「その様子だと……レコット、その魔道具についても具体的に考えてあるのか?」

「はい。アルフさんとハーバーさんのアイデアを借りた魔道具を、造ってみたいなと」

「えっ! おれっスか?」


 突然名前を挙げられたアルフが目を白黒とさせる。

 そんな彼に大きく頷きながら、ルイゼはまた手元の羊皮紙を広げた。


 まだまだ、やることはいくらでもあり、時間は限られている。

 しかし、それらをひとつずつ認識するごとに気持ちも高まっていった。


「それにしてもレコットさん。いつも以上にやる気に満ちてるけど、どうしたんだい?」


 ふとフィベルトに声を掛けられ、少しの間だけルイゼは口を噤んだ。


(……少しでも多く実績を作り、エニマ様に認めてもらうこと)


 そのあとはルキウスと協力して、暗黒魔法の謎を解き明かすこと。

 そして、治療用の魔道具を造ること。並べようと思えば、理由はいくらでもある。


 だがそれ以上に、ルイゼの胸にはひとつの思いがあった。


 以前、術式刻印課の所員たちに向かって思いの丈を話してから。

 彼らの仕事に関わっていって……その感情は今や、ますますルイゼの中で膨らみつつあったのだ。


「私、皆さんのことを尊敬していますから」


 唐突に何を言い出すのか、という顔つきで全員がルイゼを見てくる。

 だがそれはルイゼの心からの思いで、願いだった。


「だからこそ、もっともっとたくさんの人たちに、魔道具研究所が素晴らしいところだって知ってほしい……魔道具祭は、そのきっかけになるんじゃないかと思ったんです」


(こんなのは、ただの我が儘だと分かっていても)


 そう真剣な顔で言い放つルイゼに。

 ……課長たちは呆然とし、何とも言えない顔をしてから。


 そうしてヒソヒソと――ルイゼは気づかなかったが、明らかな照れ隠しを交えつつ――言い交わした。


「……ここまで言われたら、なぁ?」

「レコットさんは相変わらず、僕らを喜ばせてその気にさせる天才だねぇ」

「なるほど。こりゃあルキウス殿下もメロメロになっちゃうわけですな……」

「ヴィニー課長。馬に蹴られちゃ駄目ですよ?」


(な、何か変な言葉まで聞こえてきたような……!)


 単にからかわれているだけと分かっていても、些か落ち着かない気分になる。


「それで、具体的な魔道具の話に移りたいのですが!」


 ルイゼが控えめながら声を張り上げた、そのときだった。



 ――けたたましい警報音が、部屋の外から鳴り響いてきた。



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