第81話.弾かれるシャロン

 


(……なんなの……?)


 シャロン・カリランは、たった今出てきたばかりの扉を睨むようにして振り返っていた。


 この部屋の中で行われているのは、魔道具祭だとか言うイベントのための会議だ。

 扉は自動で閉まっているので、既に中の様子は見えないし、声だって聞こえないのだが――煮えたぎるような怒りは収まることなく、シャロンは唇をギリリと噛み締める。


 そのイベントのことは一応知っていた。

 というのも、シャロン自身が参加した経験があるわけではない。父が毎年のように遊びに行っているので、よく耳にするというだけだ。


 シャロンの父トゥーロ・カリランは、子どもの頃から魔道具に目が無かったそうだ。

 だからこそ世間的にあまり良い評判を聞かない魔道具研究所にも多額の資金援助をしている。国内でも有数の大貴族であり、私財を余らせているトゥーロにとってはおそらく、寄付の延長上のような物なのだろうが。


 秋に開かれる魔道具祭にも毎年スポンサーとして招待されているので、この研究所にはトゥーロの名を知らぬ者など居ない。

 それを知っているからこそ、シャロンも父の名を最大限利用したのだ。


(父のおかげで、特別補助観察員の認定証だって手に入ったわ)


 研究所の所長の邸宅に向かい、シャロンは所長と夫人に向かって遠回しにそれが入り用だと伝えた。

 そうすれば簡単だった。彼らは小さな戸惑いを浮かべつつも喜んで受け入れ、後日シャロンの元には名前入りの認定証が届いたのだ。


 これがあれば何もかも簡単だった。

 研究所の多くの場所に堂々と立ち入ることができる魔法のカード。

 もちろん――シャロンにとって用事がある場所は、たったひとつしかなかったのだが。


 だから今日はただ、気まぐれで小さな会議室にも立ち寄ってやっただけなのだ。


(それなのに……)


 この部屋の中では、シャロンの理解の及ばない会議が延々と繰り広げられていた。

 魔道具祭の来場客の数やら、魔道具の種類の話やら……どうでもいいことばかりを真剣な顔で話し合っていて、シャロンは退屈で欠伸が出そうだった。


 所詮は魔道具研究所だ。

 どんなに工夫を凝らしたって、誰にだって見向きもされない。ここがそういう場所なのだとシャロンはよく知っている。

 すごいのは先進的な魔道具を開発するルキウスのような輝かしい人であり、名ばかりの研究所ではない。いっそ生産工場を名乗った方が気が楽だろうと哀れに思うほどだった。


 だからこそ、「例年通りに開催すれば良い」と真っ当な意見を言ってやったのだ。

 そうすれば無駄骨を折って、笑いものにならずに済むだろうという心優しい気遣いだ。

 平民だらけの魔道具研究所に意見してやるのも、貴族たる者の務めだろうと。


 しかしあの少女――ルイゼは、真っ向から反発してきた。

 一貫して失礼な態度を取られ、シャロンは腹が立って仕方がなかった。


 何故、公爵家の娘である自分が、伯爵家の娘であるルイゼに注意されなければならないのか。

 何一つとして理解できなかったが、意地悪な所員たちを始めとして、シャロンの味方であるはずのエリオットさえシャロンを守ってくれなかった。


(エリちゃん、なんであの子に一言も言ってくれないの……)


 あの娘の顔を平手打ちでも何でもして、説教するべきではないのか。

 ルイゼの上司であるなら、彼女を罰することだってきっとできたはずだ。

 それなのにエリオットはどこか困ったような――思い悩むような顔を見せただけで、傷ついたシャロンに何も言わずに会議を進めてしまった。


(駒が思い通りに動かないと、本当に腹が立つ……)


 苛立ったシャロンが小声で文句を言うと、隣の席の壮年の男性にもどうやら聞こえたらしい。

 他の課長たちとは異なり、その人物からは貴族であることを窺わせる品の良さを感じ取っていたシャロンだったが、そんな彼もまた信じられない言葉を吐いたのだ。


(『これは贔屓じゃなくて、僕たちが彼女に寄せている信頼』ですって……?)


 まったく、思い出すだけで胃がむかむかしてくる。

 これ以上は考えるのはやめようと肩を竦め、シャロンは廊下を歩き出した。


【昇降機】を使って八階まで上ると、軽やかに降り立つ。

 研究所の八階の区画は、すべてルキウスのためにあるのだという。

 シャロンの目には、物言わぬ八階の様相が、まるで王宮の一角に聳える立派な東宮のようにも見え――思わずうっとりと両手を組んだ。


「ルキウス様……」


 恋しい思いを込め、シャロンは愛おしいその名を呼ぶ。

 もともとシャロンが用があったのは、この八階だけだった。


 研究所に入ったばかりのルイゼは、新規職員のために認定証の内容に制限があり、五階以下の部屋にしか入室することが出来ないという。

 しかしシャロンは違う。特別補助観察員の認定証を持つシャロンは、六階から八階――優秀な魔道具開発者のために造られた研究室の区画にも、入室することが出来る。


 所長からそんな説明を受け、シャロンは目を輝かせ喜んだ。

 つまり――ただの所員風情であるルイゼが何を吠えたところで、シャロンには敵わないのだ。


(以前はあなたも、その資格を持ってたんでしょうけどね?)


 固い声でルキウスの居場所を告げたルイゼの表情を思い返す。

 それだけでシャロンは優越感に浸り、先ほどまでの嫌な気分も忘れ去ってしまった。


 そんなことよりも、さっそく扉のロックを解除しようと。

 手にしたカードをそっと扉脇の認証装置へと当ててみると。


 その瞬間だった。



 ――ビー!! と甲高い音が鳴った。



「……え…………?」


 今までに聞いたことのない音ではあったが……それが、シャロンの入室を阻む音であるのは明らかで。

 シャロンは戸惑い、暫しその場に立ち尽くした。


「……何かの間違いかしら?」


 頬におっとりと手を当て、首を傾げる。

 続けてもう一度、同じようにカードを装置に当ててみるが――またもや「ビー!」と不愉快な音が鳴った。


 ビー! ビー! ビー! ビー!


 角度や裏表を変えてみても、まるで意味はなく。

 立て続けに何度も耳障りな音が辺りに響き渡り、シャロンは思わず舌打ちした。


「なにっ? なんで入れないの……!?」


 もしかしてカードが壊れているのではないか。

 そう疑ってみるものの、つい数分前に【昇降機】の認証装置は反応した。

 それなら問題は無いはずだ。だがそれなのに、何故この扉は開かないのか。


「もうッ! いいからさっさと……!」


 開けなさい、と怒鳴りながら、シャロンは物言わぬ扉の表面を殴りつける。

 すると次は、



 ――ウーウーウー!!



 それこそ、研究所全体に響き渡るほどの甲高い音がどこからともなく鳴り出して、シャロンは驚いて拳の動きを止める。

 慌てて周囲を見回すものの、警報のような音はひたすら鳴り響くばかりで……そして遠くから、複数の足音までも聞こえてきた。


 さすがに、この場に留まっていてはまずい。

 気がついたシャロンは冷や汗を掻きながらその場から離れようとしたが、その判断はあまりにも遅く。


「ひっ……!?」


 青い顔で硬直するシャロン目がけて、何か大きな身体をした生き物たちが――廊下を勢いよく走ってきていた。



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