第79話.認められる者と、そうでない者1

 


 集会より三日後。

 魔道具研究所全課より、課長以上の役職者五名が集められた会議室の一席にルイゼは座っていた。


 もちろん、一ヶ月後の魔道具祭での催し内容を決めるためである。

 司会進行役を務めるエリオットから、アルフは会議の記録係を任されていたが、ルイゼはと言えば彼女から何の役割も指示されていない。


 その代わり、積極的に発言するようにとだけ言われている。

 ルイゼがアルフと共に魔法省に行き、魔道具祭の資料を大量に集めてきたからかもしれない。つまり、会議のリード役を務めろということだ。


(魔法省の職員の方たちの態度は少し、気に掛かったけれど……)


 エリオットの案内でルイゼとアルフが魔法省内を歩いているとき、数多の視線が突き刺さってきた。

 魔法省と魔道具研究所は、随分と前から仲が悪いらしい。だから当然、嫌な顔はされるだろうと予想してはいたのだが。


 それらはルイゼとアルフというよりは、エリオットにばかり集中しているようだった。

 好奇と、どこか揶揄するような同僚たちの目線に晒されながらも、エリオットは毅然と歩いていた。


 彼女は何も気にしない風だったから、ルイゼは何も訊けなかったが。


(それにあのあと――『シャロンとの話はどうだった?』って、エニマ様は訊いてくださった)


 "ルキウスの婚約者"だと名乗ったシャロンの発言を、ルイゼは信じてはいない。

 エリオットはどう思っているか、そもそも知っているのか分からないが、シャロンの言葉を誰かに伝えれば彼女自身が傷つく結果になるかもしれないという危惧があった。


(他でまったく話を聞かないから、公の場では話されていないのかもしれない)


 結局ルイゼは、「少しお話しただけです」と誤魔化すに留めた。


 シャロンのことを、ルキウスに直接確認できないかと考えもしたが――魔法省職員のエリオットの監視の目がある中、ルキウスに個人的に会うのは得策でないように思う。

 いざ彼を目の前にして、そんなことを直接口にする勇気もルイゼにはなかった。


(ルキウス様の反応が、怖いわけじゃない。たぶん私は……)


 そのとき、ルイゼの思考を遮るようにして自動開閉扉が開いた。


 集まっている会議参加者たちの目が、一斉にそちらへと向く。

 ルイゼも遅れて視線を向け――そして、静かに目を見開いた。



「――こんにちは」



 軽やかに会議室に入室したのはシャロンだった。

 シルエットが膨らんだターコイズグリーンのドレスの裾が、ふわふわと揺れている。


 不審げに向けられる数々の視線を物ともせず、彼女はきょろきょろと辺りを見回すと、


「あ、エリちゃん!」


 まるで街角で知り合いに会ったかのような気軽さで、エリオットに抱きついた。


「ここ、不便ね。侍女のノーラも追い返されちゃったの」

「シャロン……それよりもほら、挨拶をして」


 エリオットに優しく諭されたシャロンは小さく頬を膨らませたが、彼女から少し身体を離すと笑顔で会議室の面々を振り返る。


「わたし、シャロン・カリランと申します。本日より特別補助観察員として、魔道具研究所にお邪魔します」


 そう言ってシャロンは、首に提げた認定証を見せつけるようにして持ち上げてみせた。

 突然の事態に困惑したのは、どうやらルイゼだけではなかったらしい。


「誰だか知らねぇが、ガキの遊び場じゃねぇんだぞ」


 冷たく言い放ったのは、外装加工課の課長であるユニだった。

 そんなユニのことをきょとんとした顔でシャロンが見返す。


「アホみたいに着飾った格好で、ここになんの用だ?」

「……あの、仰ってる意味がよく分かりません。わたしに認定証をくれたのは、この研究所の所長ですよ?」

「元々それは、ルキウス殿下や以前のレコットみたいに、才能ある外部の人間のために用意された特別措置だ。浮かれた貴族のガキがオモチャ代わりに持つものじゃない」


 ユニが鋭くシャロンを睨みつけると、彼女は怯えたようにエリオットの背中に隠れた。


「エリちゃん、怖いわ……」

「……ユニさん。シャロンは魔道具研究所に多額の出資をしているカリラン公爵の一人娘なんです」

「大事な大事なスポンサーの娘様ってか。そりゃ結構だな」


 皮肉を言うユニに頭を下げ、エリオットがシャロンを空いた席に促す。

 そこはちょうど、ルイゼの正面の席だった。目が合い、ルイゼはお辞儀をしたが、シャロンは薄く微笑むだけだった。


 ……会議が始まる前から、どこか気まずい空気が流れる中。

 黒板の前に立ったエリオットは咳払いをすると、気を取り直すように言い放った。


「それでは定刻になりましたので、魔道具祭に向けての話し合いを始めます」


 課長たち五人と一律調整課、それにシャロンの顔をエリオットが見回す。


「ご存知かと思いますが、もともと魔道具祭は三十年前……魔道具研究所が魔法省の隣に移転した頃から開かれていた催しです。開催の目的は、魔法省の下部組織である魔道具研究所と国民の間に触れ合いの機会を持ち、国民たちから魔道具研究への支持と理解を得ることです」


 下部組織、という言い回しに課長たちの何人かが眉を寄せたが、エリオットは気にせず続ける。


「魔道具祭までの準備期間は限られています。例年のイベント内容は主に魔道具展示用のスペースを設けるというものでしたが、今年の催しについては何か希望はありますか?」


 何人かが顔を見合わせたり、小さい声で囁き合ったりするが、誰もしっかりとした反応は示さない。

 それを見て、エリオットが「では――」と言いかけたところでルイゼは慌てて挙手をした。


 課長職でもない自分が最初に発言するのはどうかと思ったが、このまま例年通りのイベント内容に決まっては困るのだ。


 生意気な意見で恐縮ですが、と断った上でルイゼは言う。



「エニマ様が仰ったような開催の目的は、魔道具の展示だけでは果たせていないように思います」



 どういうことか、というように一同からの目線がルイゼに注がれる。

 ルイゼは机に立てかけていた丸まった羊皮紙を手に立ち上がる。


 アルフの手を借り、それを黒板へと見やすいように貼りつけると、全員がまじまじとそれを見つめていた。


「これは、私とアルフさんで例年の魔道具祭来場者数の推移をまとめたものです」

「……いつの間にこんなものを」

「見ていただければ一目瞭然かと思いますが、ここ十年ほどの来場者数は毎年三百名ほどです」


 外装設計課の課長である、髭を生やした初老の男性――ヴィニーが苦笑をこぼす。


「王都だけで人口は数十万人は居るから……こりゃあ少ないね」

「ヴィニー課長の仰る通りです。ですから、根本的にイベントの内容を見直すべきだと思います」


 ――今やシャロンを除き、その場の全員が興味津々の目でルイゼのことを見つめていた。


 何せ彼らにとっては、毎年ただ上から命じられ、面倒だと考えながら消化してきた催しなのだ。

 それを今、新規職員である少女は通例に囚われずに、目の前で塗り替えようとしている。

 その事実を誰もが感じ取っていた。そしてルイゼ自身も、課長たちの顔つきが変わりつつあるのに気がついていた。


「まずいちばんに考えるべきは、誰に足を運んでほしいか……ということだと思うんです」

「……客層ってこと?」


 エリオットの問いにルイゼは頷く。


「はい。それが定まらないと、催しの詳細は決めようがありませんから」


 うーん、と唸ったフィベルトが、机の下で足を組み直す。


「……それはやっぱり、主婦層かなぁ。貴族はともかく、庶民だといちばん魔道具を購入する機会が多いのはマダムたちだから」

「一応は祭りと銘打ってるんだし、子どもをターゲットにするのがいいんじゃねぇか?」


 隣のユニも話題に乗ってきてくれた。

 それなら、とルイゼは口を開く。というのも元々、彼らと同じ意見を持っていたからだ。


「どちらも組み合わせて、親子というのはどうでしょう?」


 さらなる注目を感じながらも、落ち着いた口調で説明する。


「一般的なご家庭では、魔道具の多くは高価なものです。どうしても子どもの意見は取り入れられにくいですが、今回の催しで体験型の魔道具を多く配置すれば、子どもたちにとっては今までにない経験になると思います。

 家庭や学校にはない魔道具に触れることで、世界はきっと広がりますし……それが、知育の機会にもなるんじゃないかと」


 実際にルイゼだって、本当に幼い頃――【眠りの指輪】のことを、いつも不思議に思っていた。


 どうして、これを着けると眠くなってくるのか。

 どういう仕組みで動いて、どうやって人間に働きかけているのか。


 気になって仕方がなくて、本にも載っていないから分からなくて……でもそうやって疑問を抱いて向かい合うことに、少なからず意義はあったのだと思う。


 そうした日々が繋がって、きっと自分はここに立つことができているから。


「……うん。いいね」

「体験型魔道具か……いつものよりは面白そうだな」


 フィベルトが笑顔で頷き、率直な意見しか口にしないユニもそんな風に呟いていて。

 先ほどまでは無言で時間が経つのを待つ様子だった他の課長たちも、隣同士で話し合いを始めている。

 どんな魔道具であれば喜ばれるか、注目を集められるか――次々と具体的に発言があり、アルフは慌てつつも会議の内容を手元の用紙にまとめていく。


「……ちょっといい?」


 そこでそれまで黙っていたシャロンが口を開いた。


 彼女も特別補助観察員として、この会議に参加する資格を有した人間である。

 もちろん、忌憚なき意見を言ってほしい。そう思いルイゼが見つめると、シャロンは言い放った。


「別にいつも通りの内容で開催すれば、いいんじゃないかしら」


 会議が盛り上がってきたところでの発言だったためか。

 何人かが胡乱げな目つきをするが、もちろんそういった反対意見があるのも当然のことだ。


 だからこそルイゼはまっすぐにシャロンに問うた。


「カリラン様。ご意見の理由も教えていただいてもよろしいでしょうか?」


 するとシャロンはハァ、と大きな溜め息を吐いた。


「……ルイゼさん」

「はい」

「あなたは伯爵家の人間で、わたしは公爵家の人間だわ」


 最初、ルイゼはシャロンが何を言い出したのか分からなかった。

 戸惑うルイゼを小馬鹿にするように、シャロンが微笑む。



「わたしの方が家格がずっと上なの。だから、わたしの意見を尊重するべきだと思うけど」



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