第72話.挫けない心
「……ほう。理由を述べてもらおうか」
対するルキウスの返事は淡々としていた。
エリオットは煌めく
「ルイゼ・レコットにその資格がないからです」
ルキウスの瞳が、静かに細められる。
「彼女の力は俺が認めた。此度の暗黒魔法にまつわる一連の事件の解決に、彼女の力は必須だと認識している」
「恐れながら申し上げます。それはルキウス殿下の個人的な感情に依るものでは?」
「……何が言いたい?」
「可愛がっている女に服や宝石をプレゼントするのと、同じ感覚でいてもらっては困ります」
「――口が過ぎるぞエリオット・エニマ」
(ルキウス様が……怒っている)
直接的にその怒気を浴びたわけではない、エリオットの斜め後ろに控えるルイゼでさえも。
思わず顔が強張るほどの凄まじい迫力だったが――しかしそれも、エリオットは身動ぎしただけで耐えてみせたようだった。
「……それなら、あたしを更迭でもしますか? でも、これは魔法省の総意ですよ」
その声は僅かに震えている。
ルキウスはおもむろにそんなエリオットから視線を外すと――
「ルイゼはどう思う?」
エリオットが眉を動かす。
何故、この場で発言権のない一職員にわざわざそんなことを訊くのか――そう言いたげに。
それでもルイゼは、思うのだ。
(ルキウス様はいつも、私の意志を尊重してくださる)
この人のことを知っている人はきっと、前を向くばかりの凜々しい横顔に王の姿を見るのだろうけれど。
でも、それだけではない。ルキウスはいつもルイゼのことを振り返って、その眼差しで見つめてくれるから。
(そして、私が言うことに
だから、もしもこの場でルイゼが我を貫いたなら……ルキウスは、多少は危険な、あるいは狡猾な手段を使ってでもエリオットを排除しようとしてくれるのだろう。
彼にはそう出来るだけの立場と権力がある。
でもそれは、ルイゼの望みとはまったく違う。
(ルキウス様の隣に、相応しく在りたいから)
他の誰でも無いルキウスのことを見つめ、ルイゼは言い放った。
「私は、もっと努力をします」
「……何よ、それ」
小さく呟いたエリオットにも、聞いてほしいからこそ強く。
「エニマ様や魔法省の方々に認めて、信じていただけるくらいの結果を、魔道具研究所の職員として出します。そのときは、私が暗黒魔法に関わることを承認していただきたいのです」
ルキウスは静かに目を見開いていて。
イザックは「お!」というように唇を開いていて。
そしてエリオットはと言えば……あまりにルイゼの言い様がおかしかったのか、噴き出しそうな顔をしていた。
「……いいわよ。あなたにそんなことが可能ならね」
「不可能でも、成し遂げてみせます。諦めたりはしません」
ルイゼが言い切ると、エリオットは軽く目を見開いて。
何故かほんの少しだけ狼狽えて、呟く。
「…………無理に決まってるわよ、そんなの」
(たぶんエニマ様に……言葉で納得してもらうことは、出来ないわ)
結局は平行線だ。この場ではただの見苦しい押し問答になってしまいそうだった。
(だって私は、まだエニマ様のことをよく知らないし。エニマ様だって、私のことを知らないから)
先ほど宣言した通り、今後の働きで判断してもらうしかないだろう。
ルイゼがそっと目配せすると、エリオットはすぐに気がついたらしい。
「本人もこう言っていますので――ルキウス殿下。今後は彼女に、暗黒魔法に関連する情報を共有するのは控えていただきます。もし不可解な動きをされていた場合は、魔法省として正式に抗議しますので」
「…………いいだろう」
「それでは、失礼致します」
エリオットに遅れて一礼して、ルイゼが部屋を出ようとする直前。
――ふと、こちらを見送るルキウスと目が合って。
「!」
こっそりと。
エリオットに悟られないようにしながら、ルイゼはそんなルキウスににこっと微笑みかけた。
(ルキウス様。私、頑張ります!)
という、表情に込めた思いは伝わったのか。
ルキウスも、そんなルイゼにひっそりと微笑みを返してくれて……それだけのことが堪らなく、嬉しかった。
◇◇◇
足早に、大股に歩くエリオットに文句も言わず、ちょこちょことついてくるルイゼを。
振り返ることはせず、エリオットは考えていた。
(……ルキウス殿下は、本気で怒っていた)
男の目線だけでたじろぐなんて、エリオットにとって初めてのことだった。
屈辱的なことだったが――同時に、ルキウスがどれほどルイゼに信を置いているのかも感じ取れて、その憎々しさだけでどうにか口を動かすことができたのだ。
(シャロンは、ひとりで苦しんでいるのに)
エリオットの目から見ても、ルイゼはとても愛らしい令嬢だった。
想像とはまったく違う大人しそうな外見の彼女に会い、少々拍子抜けしていたが……それでも射貫くようにして睨みつけ、圧倒してやるつもりだったのだ。
しかし一見すると気の弱そうなルイゼは、エリオットを前にしても毅然としていて、気圧されている様子など一つもなかった。
それどころか、むしろ、
(あの瞳――)
彼女の父親と同じ色。
魔法省大臣ガーゴイン・レコットは、エリオットにとって尊敬すべき上司だった。
魔法の腕は抜群で、分析・指揮能力に長け、魔法省という大きすぎる組織をも見通すほどの実力を兼ね揃えた人物。
彼は、行き場のなかったエリオットのことを拾い上げてくれた恩人のような存在でもあった。
それが、実は十年間も実の娘の使う未知の魔法によって操られ、意志をねじ曲げられていた状態にあったなんて――突然言われても、当初エリオットはまったく信じられなかった。
ガーゴインは十年の間に多くの不正に荷担し、その罪を問われ……結果的に、娘と共に辺境へと送られた。
暗黒魔法なる魔法の謎を解くためとされてはいるが、そんなの結局はただの
だが今日。
同時にエリオットは思ったのだ。
もう二度と会えないのだと思っていたのに。
見つめたルイゼの瞳の輝きが、出会ったばかりのガーゴインに――よく、似ていると。
(……余計なことを考える必要はない)
エリオットは頭を振り、まとまらない思考を打ち消す。
ガーゴインの娘なのだから、ふたりがどこか似ているのは当たり前だ。
そんなのは、手心を加えてやる理由にはなったりしないのだから。
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