第71話.一律調整課2
エリオット・エニマ。
そう毅然と名乗った女性を前に、ルイゼが何も言えずにいると……こっそりとアルフが耳打ちしてきた。
「レコットさん、エリオット・エニマ――この人は子爵家の令嬢で、魔法省の幹部候補のひとりで、んでもってエリート中のエリートっス!」
「!」
「この若さで魔法警備隊の上位組織――執行部の部長なんスよ。執行部は、ありとあらゆる魔法での問題事に対処する荒事専門の部署で……」
「目の前でコソコソと説明しなくても結構よ」
ギクッ! と飛び上がるアルフを見て、エリオットが髪を掻き上げる。
「付け加えるべき言葉は何かしらね? 典型的な魔法主義者で、魔道具嫌い……とか?」
「は、はは……」
恐る恐ると引き下がるアルフ。エリオットは大して面白くもなさそうに笑った。
それから、ルイゼを横目で見遣ると。
「まぁ概ね噂されている通り――あたしは魔道具が大嫌い。魔道具なんかがある所為で、国内でも事故が多くてあたしたちの出番が減らないんだから!」
そう吐き捨てるように言うエリオット。
対するルイゼはと言えば。
……今さらながら、キチンと名乗ってもいないことに気がついた。
(なんて失礼を!)
「エリオット・エニマ様。お初お目に掛かります、ルイゼ・レコットと申します。本日よりどうぞ宜しくお願いいたします」
慌てて挨拶すると、エリオットはなぜか、ひどく唖然とした顔をしていた。
「……あなた、こんなところに就職するくらいなんだから魔道具好きなのよね? どうして何も言い返さないの?」
「こんなところって……」と呟くアルフをエリオットが睨みつける。
「考え方は人それぞれですから。それを否定する権利は、私にはないと思います」
「……ふぅん。そう」
(ただ、どうして魔法省の方が、研究所の一部署のために出向されたのかは気になるけれど……)
ルイゼの回答に、フンと鼻を鳴らすと。
エリオットは気を取り直すように腕組みをした。
「じゃあこれからさっそく、一律調整課としての仕事について教えるわ」
「あのー、エニマさ……エニマ部長」
「何?」
「その、ずっと訊きたかったんスけど……一律調整課っていうのはいったい?」
それはルイゼも大いに気になるところだ。
ふたりの部下に真剣な眼差しで見つめられたエリオットは、「いいでしょう」と頷く。
「魔道具研究所に新たに設立された"一律調整課"――その役割は端的に言うと、研究所内の仕事が立ち回るよううまく支えることよ」
白く細い指を一本ずつ折り、
「掃除、洗濯、炊事、花壇の水やり、ゴミ捨て……そうね、最初はこのあたりが中心かしら」
しばらく、その場を沈黙が支配する。
……やがてアルフが小刻みに震えつつ大声で叫んだ。
「一律調整って……なんとなく聞こえが良いだけで、要は雑用係じゃないスか!?」
「あら、その通りよ。小さな脳みそでよく理解できたわね」
「何故おれは第三研究室を追い出されてこの課に?!」
「それはもちろん、今までのあなたの失態の数々が原因よ」
「身に覚えがないっス!」
「そうなの?」とエリオットがわざとらしく目を丸くする。
「ありとあらゆるガラクタ魔道具ばかり製造申請に出してきて、仕事の妨害をされていると魔法省審査部から報告があったけど」
「うぐッ! い、言い返せない……!」
(言い返せないんですね……!)
そういえば【虹色水晶】も審査落ちしたと言っていた。
面白そうな魔道具だったのにともったいなく思う。問題点を改良すれば、【光の
ハーバーとアルフに見せてもらった【虹色水晶】の設計図に思いを馳せていると、エリオットが冷たい目でルイゼを見る。
「あなたの配属理由についてはあとで話すから。……えっと、アルフだったかしら、あなたはもう帰っていいわ」
「え? もう!? ていうかおれのが年上なのに呼び捨て……」
「明日はまずこの倉庫の掃除をしてもらうわ。……で、あなたにはあたしと一緒に来てもらう」
アルフの密かな抗議は無視し、エリオットはルイゼに向かって顎をしゃくった。
「どちらに行かれるんですか?」
戸惑いながら問うルイゼに、事も無げにエリオットは答えた。
「東宮よ」
◇◇◇
エリオットに言われるがままに。
王宮、その東側にある東宮へとやって来たルイゼは……落ち着かない気持ちでいた。
というのも、行き先が東宮ということは、
(ルキウス様に会いに行く、ってことよね……)
むしろそれ以外は考えにくいだろう。
何度か話しかけてみようとも思ったが、肩で風を切るようにズンズンと進むエリオットの後ろ姿には話しかけにくい。
それに、と思う。
(エニマ様は、明らかに私と話したくなさそう……)
もはや隠すつもりもないのだろう。
顔を合わせた当初から、エリオットはあからさまにルイゼに対して嫌悪感――否、敵意のようなものを抱いている様子だ。
その理由については考えても分からない。というのも、魔法省の一員であるエリオットに悪く思われる理由は多すぎるくらいに思いつくからだ。
エリオットが東宮の警備の詰め所に顔を出すと、どうやら話は通っていたらしい。
アグネーゼと再会したときの応接室に案内されるかと思ったが、案内役の文官に「こちらです」と示されたのは小さな会議室のような場所だった。
恐る恐ると入室すると――やはり思った通り、そこには奥の席に着いたルキウスと、彼の背後に立つイザックの姿があった。
「!」
胡乱げに顔を上げたルキウスだったが、エリオットの後ろのルイゼに気がついて軽く目を見開く。イザックも似たような表情をしていた。
しかしさすがに冷静と言うべきか。
ルキウスはすぐに無表情に戻り、イザックは何も言わず面白がるような顔つきになる。
「それでエリオット・エニマ執行部長。用件は何だ?」
「では単刀直入に言います、ルキウス殿下」
第一王子を前にしても一切怯む様子はなく。
エリオットが言い放つ。
「彼女を――ルイゼ・レコットを、暗黒魔法に関わらせないでいただきたいのです」
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