第63話.真実の一端
無表情のルキウスに、ハリーソンは嘲るような笑みで言い放つ。
「闇の魔術師なんて、糞の役にも立たないアホどもばかりだ。それならせめて、少しは僕たちの役に立つべきだろう?」
「…………」
「奴らの持つ闇の魔力を材料にすれば、特別な魔法が使えるんだ。ハハッ、お前の造った【通信鏡】なんて目じゃない――」
「――……暗黒魔法、か」
待っていましたと言わんばかりに。
ハリーソンが、にやりと笑う。
「そうさ! やはり一国の王族ともなると知っているか」
「人の心を操り、狂わせる魔法と言えば……闇魔法の深淵に位置する、禁術として封印指定された暗黒魔法が該当するからな」
「ああ。その通りだ」
「そういうことにしておきたかったんだな?」
「ああ、その通――っえ?」
ハリーソンがぎくりと硬直した。
恐る恐るとルキウスを見遣る。その目には明らかな恐怖が浮かんでいた。
「魔道具を調べた、と俺は言ったはずだ。あの魔道具の動力として利用されているのは魔石でも、ましてやお前の言う闇の魔力でもない」
「…………」
「お前たちは闇の魔術師の弱い立場を利用した」
「…………何の、ことだ」
「彼らは暗黒魔法という禁術を使える存在とされ、人々から煙たがられてきたが……同じ闇魔法の使い手として最高峰の地位である、魔法省大臣にまで上り詰めたガーゴインのことを尊敬している。崇拝している者も居ると言っていいだろう」
例えば、とルキウスは一本指を立てる。
「ガーゴインの名を使って、『新型の魔道具製作に協力してほしい。闇魔法の使い手である君たちにしか出来ないことだ』……とでも要請する」
頭の中に組み上がった式を、ルキウスは歌うように唱える。
「そう言われた闇の魔術師たちは、喜んで協力するだろう。……その結果、彼らは殺された」
やがて、噛み締めるように。
「暗黒魔法は、闇魔法の延長上にあるものではないのだろう?」
そうルキウスが断言すると。
ハリーソンの頬にははっきりと汗が伝っていた。
それでも彼なりの矜持のためか、どうにか笑みを浮かべてみせている。
「……どうしてそう言い切れる?」
「単に魔力を奪うのであれば、相手を殺す必要はないからな」
あくまで淡々と言い返すルキウス。
「闇の魔術師はただでさえ貴重だ。もしも彼らの魔力が必要であったなら、殺さずに生かして利用し続けるのが自然だ」
「……どうだろうな。管理が面倒で殺しただけかもしれないだろう?」
「それも違う」
「――何故、そんなことが分かるっ!?」
「あの魔道具に水晶として使われているのは
今度こそハリーソンは言葉を失ったようだった。
(煇石……)
ルキウスが繰り出した石の特性を、ルイゼも頭の中で思い出す。
大気中には、すべての生命力の源と呼ばれる魔素が漂っているのだという。
そして魔素は、木や植物、石などの物質や人間の身体などにも宿るとされている。
取り込まれた魔素は循環し、人間の場合は練り上げられて徐々に魔力へと変化していく。鉱山の石の場合もそうだ。
魔素を取り込み、長い時間をかけて水・炎・風・土・光・闇――六系統魔法のどれかの系統に濃く染まったものを魔石と呼び、それが魔道具の動力として使われている。
だが、煇石の場合は少し異なる。
魔素を魔力まで昇華できず――魔素を溜め込むだけのクズ魔石のことを、煇石と呼ぶのだ。
「あそこまで……加工したのに、気づくのか……」
虚ろな目をするハリーソンに、ルキウスは続ける。
恐ろしい言葉を。
「これは推測だが、お前達は大量の魔素を仕入れるための材料として、闇の魔術師達を殺したんじゃないか?」
ルイゼはぎゅっと唇を噛み締める。
最初にその仮説を聞いたときは身体の震えが止まらなかった。
もしもルキウスの言うように、そんなことが可能で――人の死が、暗黒魔法の発動条件だとしたら。
(それは完全に、人の道を外れている……)
しかしハリーソンは、ルキウスを見遣るだけで何も答えようとはしない。
これ以上、喋る気はないのだろう。ルキウスも追及は一旦あきらめたようだった。
「それともうひとつ分かったことがある。押収した魔道具を修理して使ってみたんだが」
ルイゼは思わず悲鳴を上げた。
「ルキウス様っ!?」
「……心配するな、ルイゼ。別に何ともない」
ルキウスは微笑んでみせるが、ルイゼとしては心配どころの話ではない。
(そんなこと、一度も仰ってなかったのに!)
「悪いルイゼ嬢。オレや周りも全力で止めたんだけど、自分が使うって聞かなくてな……」
そのときのことを思い出しているのか、イザックも思い切り顔を顰めている。
ルキウスは少しむっとしたらしい。
「無論、問題ないと推測づけた上で試したんだ。……結果的に何事もなかった。というのも、俺はその魔道具をそもそも使うことができなかったからだ」
「……一般的な魔道具であれば、魔術式と魔石がセットされていれば誰でも使用することができますよね? でも、ルキウス様が使えなかったということは……」
気を取り直したルイゼの確認の言葉に、ルキウスが頷く。
「魔力がある俺には使えなかった。つまり、
ハリーソンはどこか弱々しく言い返した。
「……そうとは限らないだろう」
「そうだな、実証に乏しい以上、結論としては性急だ。だがそう結論づける材料は揃っている」
ルキウスはハリーソンから一度視線を外し、リーナを見遣る。
「リーナ・レコット、お前は魔力無しだな」
リーナはと言えば、ルキウスの指摘にも口元に自嘲的な笑みを浮かべるだけだった。
「ハリーソンの父であるセオドリク・フォル公爵は、魔法学院の学長を務めている。入学試験を担当する教師に手を回すのは他愛も無いことだっただろう」
本来は、魔法学院に入学できるのは魔力を持つ人間だけだ。
リーナはルイゼには『わたくしにも闇魔法が使えるようになったの』と言っていたが、実際はルキウスの言う通り、フォル公爵家の手引きで入学を果たしたのだろう。
再びルキウスはハリーソンを見下ろした。
「リーナ・レコットを利用したのは、ガーゴインの娘だったということもあるだろうが――彼女が魔力無しだったからだな?」
もはやハリーソンの口からは、言葉にならないモゴモゴとした呟きが漏れるだけだ。
「魔力無しでなければ暗黒魔法とやらは使えないし、暗黒魔法の動力として使うのは、闇の魔術師に限らず魔素を溜め込んだ人間であれば問題ないのだろう。だがその真相を隠しておきたいがために、わざと闇の魔術師たちの存在を引きずり込んだ。闇魔法と暗黒魔法は関連しているものだと、錯覚させたかったんだ」
しばらく、書斎には沈黙が降りた。
床に転がったまま、ハリーソンは項垂れていたようだったが……やがて彼は、大きく肩を震わせ出した。
「……フッ……は、ははは、ハハハハハハハ!!」
凄まじい大声で哄笑したハリーソンは、ギラついた瞳でルキウスを睨みつける。
その瞳の中には、ルキウスへの憎悪と……もしかしたら、嫉妬が宿っていたのかもしれない。
「……まったく。噂以上の男だ――ルキウス・アルヴェイン」
「俺が大学から帰ったのは不都合だったか」
「ハハ、不都合どころの話じゃないよ――たったこれだけの情報で、そこまで気づかれるのはさすがに想定外だ。……でも計画はもう止まらなかった」
乾いた唇を舐めたハリーソンが、自嘲気味に言う。
「魔道具研究所を隠れ蓑にして、予算や材料を横流しさせ、地下で魔道具を造り続ける……そして同時に、動力である人間の生命力も闇の魔術師を中心に密かに集める。王都で行うにはあまりに大胆すぎる策だと、僕も思っていたけどね」
それから彼は、信じられない言葉をぽつりと付け足した。
「ガーゴインを操るリーナが妙に長生きしたものだから……父も少々、羽目を外してしまったんだ」
「――……」
ルイゼが呼吸を止めると同時、リーナはゆっくりと首を傾げた。
「……どういう、意味?」
「だからリーナ。お前はもうすぐ死ぬんだよ」
ハリーソンは、ひどくアッサリと言った。
「暗黒魔法を使った人間は、長くても五年以内に死ぬものなんだ。それをまさか十年も保つなんて、それこそ想定外だったさ」
図太いったらありゃしない、とハリーソンが笑う。
呆然としながら、ルイゼはリーナを見た。
床に座り込んだままのリーナは、どこを見ているのか分からない。
だが魔道具を調べたというルキウスは、もしかしたらそれにも気づいていたらしく――動揺する様子はなくハリーソンへの質問を続けた。
「ハリーソン。リーナ・レコットと同じく、お前も魔法が使えないな?」
「…………ああ、そうだよ」
ハリーソンは何がおかしいのか、喉の奥で笑い続けている。
「お前の言った通り教師の中には協力者も居たし、普段だっていくつか魔道具を忍ばせていれば簡単なことさ! 本当に、お前たち魔力持ちの造る魔道具は便利なものばかりだからね――見せかけだけなら、単純な魔法よりも強力なくらいだったさ!」
「――お前たち、フォル公爵家の目的は何だ?」
「そんなの教えるわけないだろう! 口が裂けたって、拷問されたって言うものか!」
これ以上の問答は無駄だと悟ったのだろう。
ルキウスが短く命じる。
「もういい。イザック、この男を連れていけ」
「はっ」
イザックがハリーソンを引き摺りながら書斎を出て行く。
ふたりを見送りながら、ルイゼは目を細めた。
(……まだ、分からないことだらけだわ)
暗黒魔法についてルキウスに解き明かされたのは、さすがに想定外だったようだが。
しかし彼は、肝心なことは何も話していない。というより、知らされてもいないような気がする。
「……あれも哀れな男だ。父親に利用されていただけなのに、それに気づいてもいない」
ルキウスも同じことを感じたのか、そんな風に呟いていて。
何だかルイゼはやるせない気持ちになる。
(……彼もリーナと一緒なんだわ。セオドリク・フォル公爵にただ、忠実に従っただけ……)
何度かルイゼも、魔法学院の生徒として、フレッドの婚約者の立場としてセオドリクを見かけたことがある。
挨拶程度ではあるが、言葉を交わしたこともあった。セオドリクは人好きのする笑みを浮かべていたが、時折、ふとした瞬間にこちらがゾッとするような冷たい無表情をしている瞬間があった。
ルイゼと目が合うと、何事もなかったように微笑んでいたが。
(結局、彼らの目的は……? リーナやお父様を利用して、いったい何を……)
そのとき、泥沼に陥りそうになる思考を遮るように、キィ――と音を立てて。
隣の寝室の扉が開いていた。
そこから姿を現した人物を前に、ルイゼは目を瞠る。
「お父様…………」
青白い顔をしたガーゴインが、そこに立っていた。
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