第46話.初めての魔道具造り2
アグネーゼにお試し用に、と渡されたのは、イネスたちが扱っているより古い型式の【冷風機】の部品だった。
本来であれば部品に魔術式を書き、その後に別の部品と共に組み立てるものなのだが、魔道具の基礎を教える以上、まずは魔道具の外装について教えたいというアグネーゼの方針だった。
さっそくルイゼは席を立ち、一つずつ部品を手に取っていく。
(ええっと、支柱にパイプを取りつけて、っと……)
そしててきぱきと組み立てていく。
【冷風機】は一般的に多くの家庭に普及している魔道具だ。
そして広く流通しているということは、手に入りやすいということでもあり――ルイゼが
(よし、出来た!)
そうして二分ほどで完成させ笑顔で振り返ったルイゼを、すぐ後ろに並んでイネスたちが見ていた。
いつの間に仕事の手を止め、ルイゼの様子を見学していたらしい。
だが、全員とも表情が半ば茫然自失としており……ルイゼは戸惑った。
(もしかして……何か手順を間違えている!?)
慌てて組み立てたばかりの【冷風機】を見直すルイゼ。
そんなルイゼに――ぽつり、とアグネーゼが呟いた。
「……もうあたしが教えることはないかしら」
(ええっ!?)
唐突にさじを投げられて愕然とするルイゼ。
しかしルイゼが考えたような意味合いではなかったらしい。というのも、その傍に並んだイネスたちが一斉に感心したような溜め息を吐いたからだ。
「……ルイゼちゃん、本当に何かと規格外だと思っていたけど……やっぱりすごいわ」
「一度も手を止めなかったっスもんね」
「いやー、僕も驚いたなぁ。思わずまじまじと眺めちゃったよ」
「自分より二十くらい年下の女の子が優秀すぎるので、仮眠室に行ってきます……」
(それは、さすがに褒めすぎだと思います……!)
初めての魔道具造りなので、気を遣ってもらっているのだろうか。
ルイゼが頬を赤くしていると、アグネーゼが咳払いをした。
「……ルイゼさん」
「は、はい」
「小耳には挟んではいたのだけれど……あなた、よく趣味で魔道具を解体していたそうね?」
「はい……」
アグネーゼは、もしかして、と前置きした上でルイゼに問うた。
「ルイゼさんは、解体だけじゃなくて――
……ゴクリ、と何人かが生唾を呑み込む音がした。
そんな中、ルイゼは沈黙していた。
というのも、アグネーゼの指摘はその通りだったのだが……何か、嫌な予感がしたからである。
実際に、ルイゼがよく内緒で魔道具を
そもそも、貴族令嬢にあるまじき趣味だとはルイゼも薄々理解していたのだ。
珍しい魔道具のコレクターの噂なんかは耳に入ってきても、その解体経歴について語る令嬢など見たことも聞いたことも無い。
「す、すみません……アグネーゼ先生の、仰る通りで――」
「謝る必要なんてないのよ、ルイゼさん」
だがルイゼの謝罪はあっさりと遮られ、アグネーゼはこれ以上無く真剣味のある表情で言う。
「ルイゼさん。魔道具研究所で働く気はない?」
「ウィン先生まで本気の勧誘をしてる……!」と、数日前に同じような言葉をルイゼに投げかけたイネスが驚く。
イネスの言葉にも反応せず、普段は穏やかな老齢の美女は、目に爛々とした光を灯らせていた。
「あなたのそれは間違いなく
「才能……ですか?」
「そうよ。この魔道具研究所にも、魔道具の外装作製部署があるけれど……魔道具をきれいに解体する技術も、それを再構築する技術も、持ち合わせている人間はほとんど居ないと思うわ」
アグネーゼの言葉にうんうん、と頷く所員の面々。
そんな反応を受けて、ルイゼは驚きながらも……心の中で思う。
(魔法や魔道具に近い場所で、働くのが――私の小さな頃からの夢だった)
もう二度と、叶わない夢だと諦めていた。
それなのに今、こうして研究所で魔道具のことを勉強させてもらえているなんて、本当に夢のように幸せだと思う。
そして、ルイゼの趣味を嗤うでも馬鹿にするでもなく、すごいことだと目を輝かせて言ってくれるような、そんな人たちの傍でなら。
(それは本当に…………)
ルイゼは首を横に振り、淡い考えを打ち消す。
今のままでも、過ぎた幸せなのだから。それ以上を望むのはきっと間違いだ。
「それじゃ、次は【刻印筆】を使って魔術式を――」
「はい! ぜひお願いします!」
「あら」とアグネーゼが目を丸くする。あまりにルイゼの食いつきが良かったからだろう。
だが、それが喉奥まで出かかった言葉を隠すためだとは気づかれなかったようだ。
「さっそくで悪いんだけど、取りつけた羽根を外してもらって……そうそう。パイプの下部分に魔術式を書いてもらうわ」
「支柱にセットするときに、人目に触れなくなる位置ですね」
「さすがに察しが良いわね。まぁ、隠蔽術式を施すから、実際はそんなに気にする必要はないんだけれど」
アグネーゼとルイゼの会話を聞いていたフィベルトが頬を掻く。
「でもウィン先生。彼女、隠蔽術式も解いて下の魔術式も読み取ってたっていうからー……」
「………………ルイゼさん。他にもまだ隠してることはある?」
ルイゼは首をぎこちなく左右に振った。なら結構です、とアグネーゼが頷く。
「ルイゼさんの場合、言葉で説明するよりも実際に試してもらったほうが早いでしょう。【刻印筆】を持ってもらっていい?」
「はい。これで大丈夫でしょうか?」
「ええ。問題ないわ。……さて、見本はこれよ」
【冷風機】の部品一式セットが入っていた箱から、アグネーゼがもう一本のパイプを取り出す。
そこにはルイゼも以前読み取った通りの『風を送れ』の術式が書かれていた。
(やっぱり、大量生産される魔道具は魔術式がシンプルだわ)
そう思いつつ、傍らのアグネーゼに問う。
第三研究室の仕事を見学しながら、ずっと気になっていたのだ。
誰の手元にもインクボトルが置いていなかったから。
「インクは何を使えばいいでしょうか?」
「いいえ、要りません」
ぽかんとするルイゼに、アグネーゼが含み笑いをする。
「【刻印筆】を使うにも、インクは必要なんだけれど……でも、ふつうのインクでは魔術式は書けないから」
(どういう意味だろう……)
不思議に思い、ルイゼはまじまじと【刻印筆】を観察する。
通常の羽根ペンであれば先端はナイフで削られ、程よく尖っているものだ。しかしこの【刻印筆】の先端は丸まっている。
(とりあえず、やってみなくちゃ分からないわ)
よし、と覚悟を決めて机の上に置いたパイプを左手で握る。
【刻印筆】をぎゅっと握りしめ、緊張しつつその切っ先を滑らせていくと――
(…………え?)
すぐに、違和感を覚えた。
何かを手元の【刻印筆】に、吸い取られたような……そんな気がして、ルイゼはすぐその違和感の正体に気がついた。
魔法を使った直後の疲労感と、似ているのだ。
「……魔力が吸収された?」
「当たり」
アグネーゼが微笑む。
ルイゼは思わず身を震わせた。
というのも――それはつまり、
「……激務ですね……!!」
「分かってくれる!?」
だぱぁっ、と噎び泣く勢いの所員たち。
(手にした人間の魔力を吸い取って動く魔道具で、魔道具を造る人たちが居るなんて……!)
感激するやら困惑するやらで、ルイゼもパニックになりそうだ。
そもそも一般的に、魔道具に魔石が使われているのを知っていても、魔術式が刻まれているというのはあまり知られていない。
それは当たり前のことで、魔術式は魔道具の内部に小さく刻まれ、しかも技術の漏洩を防ぐために隠蔽の術式が施されている。日常的に魔道具を使う人々にとっては、魔術式の存在など知る由も無く、その機会も無いのだ。
魔道具の組み立ても、魔術式の刻印も、魔道具を大量生産する人々の努力というものは――まったく、人々には知られていない。不自然なほどに。
(ある意味それが、魔道具研究所の方々の実力が正当に評価されていない原因の気もする……)
魔道具研究所が属する魔法省には、そもそも魔道具頼りではなく自身の魔法能力に自負のある人ばかりが集うというのは有名な話だ。ルイゼの父であるガーゴイン・レコットはその筆頭と言えるだろう。
ルイゼとしては悲しく、納得のいかないことのように思えるが……ルイゼひとりが異を唱えても、どうしようもできない問題でもある。
そして魔道具を愛する人間のひとりとして、魔術式の秘密を知ってしまった以上……うずうずする他なかった。
(それにしても――この羽根ペン、中身はどうなっているのかしら……!?)
ものすごく解体したい。出来ることなら今すぐにでも。
しかし
解体したあげく、直せませんでしたなんてことになったら――あっさりと、観察員の認定証も没収されてしまうかもしれない。
そう思うと、残念だが解体は諦めた方がよさそうだ。
(個人で買い取ったりはできないのかしら……でも私、そんなにお金は持ってないし。ああでもっ、欲しい……やっぱり解体用にもう一本だけでも!)
そうして邪念と戦いつつルイゼが完成させた【冷風機】で、しばらくみんなで涼しい風を浴びて……仕事をサボっていたイネスたちはその後、アグネーゼに思い切り怒られたのだった。
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