第45話.初めての魔道具造り1

 


 その日の第三研究室にはいつも通り所員四名とルイゼ、それに特別顧問のアグネーゼが顔を揃えていた。


「あなたたち。魔道具開発も良いけれど製造作業もサボらないようにね。納期に遅れちゃうわよ」

「はいはーい。分かってますよ、ウィン先生」


 軽口を叩くイネスに、まったくもう、とアグネーゼが肩を竦める。


 今日のイネスたちは、大量に発注がかかったという【冷風機】の術式刻印に励んでいる。

 【冷風機】は風の魔石を原動力とし、スイッチを入れるだけで羽部分が回転して涼やかな風を発生させる魔道具だ。


 これから夏真っ盛りの時期となる。市場では最新型含めどの【冷風機】も大人気で、生活魔道具専門の部署は総動員で対処に追われているのだという。



 そしてそんな中――机の一つを借りて、ルイゼはアグネーゼと向かい合う形で座っていた。



「寮での暮らしはどう? ルイゼさん」

「とても快適です。近くのお部屋のイネスさんも良くしてくださっていて」


 ルイゼが名前を出すと、「アタシも楽しいわよルイゼちゃん!」とイネスがブンブン手を振ってきて、またアグネーゼが仕方なさそうに苦笑している。


 実際に、寮での生活には不自由がない。何より魔道具研究所が近いところが気に入っている。

 今こうして、研究に向かう最中も護衛騎士に見守られているのは落ち着かないが……それもルキウスが気遣ってくれたからこそだ。


(傍に居なくても――ルキウス様が守ってくださっているって思うもの)


 それでも分からないことはあった。


 公爵家の長子ハリーソン・フォルが口にした魔道具のこと、それにルイゼの名前のことだ。


(きっと今も、ルキウス様やタミニール様が調べてくださっている)


 ルキウスやその秘書官であるイザックが連日のように忙しなく動いているのは知っている。それはきっと、ハリーソンの件の調査も含んでのことだろう。

 報告できる段階になればすぐに伝える、とルキウスは言ってくれたが……あの日のことを思い出すと、どうしても胸がざわついた。


(リーナは今頃、屋敷に戻っているのかしら……)


「それじゃ、いい? ルイゼさん」


 呼ばれたルイゼが弾かれたように顔を上げると、アグネーゼがにっこりと笑っていた。


(考え事をしている場合じゃないわ。目の前のことに集中しないと)


「今から、魔道具造りの基礎を教えます」



 ――そう。今日は、初めて魔道具の製作に挑戦するのだ。



(もちろん、さっそく治療用魔道具を造るわけじゃないけど!)


 とにかく本を読んで不足している知識を吸収している真っ最中だが、まだまだ本格的な挑戦に臨むには準備も経験も足りなさすぎる。

 というわけでまずは、既存の魔道具の組み立てから魔術式刻印までを行い、それが正常に動作するかどうか……そこまでを、アグネーゼに一から教えてもらうことになったのだ。


 ちなみにルイゼの夢を聞いたアグネーゼはかなり驚いていたのだが……「そういうことなら力になりたい」と申し出てくれたのだった。


「よろしくお願いします、アグネーゼ先生」

「といってもルイゼさん、既に研究所の仕事にも携わっているみたいね? イネスたちに聞いて驚いたわ」

「私はただ他の部署の皆さんが組み立てた後の魔道具を、術式刻印の前に検査しているだけですから」


 恐縮して小さくなるルイゼに、アグネーゼが苦笑する。


「それが本当に大したものなのよ。部品がひとつ欠けているだけで、魔道具は正常に動作しないのだから」


 アグネーゼに褒めてもらうと、ルイゼは嬉しいようなくすぐったいような心持ちになる。



(魔法学院でのルイゼ・レコットは、誰かに褒めてもらえるような人間ではなかったから……)



 だからこそ――今こうしてアグネーゼに教えを乞うているのを、とても幸せなことだと思える。


「それじゃあルイゼさん。まずはこれを差し上げます」

「これは……」

「そう。我が国では【刻印筆こくいんひつ】と呼ばれる、魔術式を書くために必要なペンね」


(わあ……!)


 ルイゼは目を輝かせた。

 アグネーゼから受け取ったそのペンは、サイズは小さめだが外見自体は羽ペンによく似ている。

 しかし羽部分に使われている黄金の羽は、今まで目にしたこともないほど上品で美しい。


 イネスたちが使っているのを何度か見学してはいたが、まさか自分専用のものがもらえるとは思っておらず……うきうきと顔を綻ばせるルイゼにアグネーゼが微笑んだ。


「ルイゼさんなら大丈夫だろうけど、貴重なものだから紛失しないように。……ちなみにハーバーは入所半年後に、一本無くして大変なことになったわ」

「えっ」

「あのときのことを思い返すと、今も食べ物が喉を通らなくなります……」


 うひひ、と奇妙な笑い声を上げるハーバーを、イネスやフィベルトたちが同情的な眼差しで眺めている。

 事の重大さをしっかり理解していないルイゼとアルフは揃って首を傾げた。


「おれも前に、その話はちらっと聞いたことありましたけど……そんなにヤバかったんスか?」

「ヤバいなんてもんじゃないわよ。――まず魔法省の幹部連中への謝罪と釈明、そして謝罪」

「三ヶ月間の減俸処分」

「そしてその後の半年間は"ペン無し"と呼ばれ、一部区画への立入りが制限されたりも」


「聞けば聞くほど怖いっス……」と震え出すアルフが、自分の【刻印筆】をぎゅっと胸に抱きしめている。


 ルイゼも両手の上に置いたその羽ペンを見つめた。



(――、ということは……このペンは、現代の魔道具とはまったく別の魔術体系で動いているということになる)



 しかも、そこまで貴重な代物であるということはつまり。


「【刻印筆】は失われた文明ロストテクノロジーの産物なんでしょうか?」


 満足そうな微笑が返ってくる。間違いなく、ルイゼの推測が正しいという意味だった。


「その通り、【刻印筆】は遺跡を掘り起こして発見された古代の魔道具のひとつよ。消耗品ではないけれど、数に限りがあるの」


 隣国のイスクァイやカッサルに比べても、アルヴェイン王国には古代遺跡が多いと言われている。

 しかし【刻印筆】がなければ魔術式が書けないというのならば、その発見の有無と発掘量の差はかなり魔道具開発の分野に響きそうだ。


 それに、とルイゼは考える。


(消耗品ではない、ということは……魔石も使われていない?)


 現代の魔道具は、時間差はあれどすべて消耗品だ。

 調子が悪くなれば中の魔石を取り替える。そして、魔道具の外装自体が壊れたり接続不良を起こしたときは廃棄して買い換える。


(ルキウス様に連れていっていただいた"小さな大学"もそうだけれど……本当に失われた文明ロストテクノロジーは謎だらけだわ……!)



 だからこそ総称して、と謳われるのだろうが――その仕組みは気になって仕方が無かった。



 ルイゼの思考がとっちらかっているのに気がついてか、ちょっと慌てた風にアグネーゼが言った。


「……さて! ちょっと余談が長くなっちゃったわね。そろそろ外装の組み立てから始めましょうか」



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