第34話.秘書官は呆れる

 


(ルキウスって、いったい手足何本あるんだろうなー……)



 いつもの東宮の執務室にて。


 イザックはそんな馬鹿なことを考えつつ、ちらちらとルキウスの仕事ぶりを観察していた。

 何せ数人の事務官が書類を運ぶよりも、ルキウスがそれを処理するスピードの方が上回っているくらいだから。


 そんなことを思うイザック自身も、ルキウスの日々のスケジュールを分刻みで綿密に組み立て、それを各所の都合を考慮しながら即座に【通信鏡】で連携しているわけなので……事務官たちからすると、どちらもバケモノに違いなかったのだが。


 そして休まず脳と腕を動かし続けながらも、ふたりはその合間に呑気に雑談をしていた。


「ルキウス、今日は研究所には行かねぇの?」

「お前がそういう予定を立てたのだが……まぁ、毎日は難しいな」


 イザックがそんなことをわざわざ訊いたのには理由がある。



 というのも、ルキウスが目下片想い中の相手――ルイゼ・レコットが、毎日朝から晩まで魔道具研究所に通い詰めているからだ。



(治療用魔道具の開発が、ルイゼ嬢の長年の夢だったんだとか)


 だが魔道具といっても、一朝一夕に開発できるものではない。

 しかも今まで世界の誰も生み出すことができていない領域の代物となれば尚更だ。


 それを重々承知しているルイゼは、まずは魔道具そのものの勉強に励みたいと、他の所員たちの仕事っぷりを熱心に見学し……ルキウスによれば、その仕事の一部をすでに任されているらしい。

 しかも王宮図書館の受付にさりげなく聞いてみたら、連日のようにそちらにも姿を見せているんだとか。


(なんかすげぇなあ、ルイゼ嬢……)


 また近いうちにルキウス話に花を咲かせたいと思ったのだが、多忙な彼女に余暇時間が出来るのは先のことになりそうだ。



 そして魔道具研究所といえば、ちょうどルキウスとルイゼが第三研究室を訪問したのと同日にとある事件が起こった。



 事件の舞台となったのは魔道具研究所二階の第一研究室だ。

 橋の解体用にと発注されていた小型の魔道具が誤作動しての爆発事故が起こり、当面の間、二階は全面的に封鎖されることとなった。


 表向きにはそういうことになったのだが――事実は異なる。



 なぜなら、事故の直接の要因はにあったからだ。



(……さすがに今回は、笑い事じゃ終わらないだろうな)


 箝口令が敷かれたため、事実を知る者は少ない。

 しかしすでに魔法省幹部には情報共有がされ、聞き取り調査と現場検証が進んでいる。


 昨日は、魔法省のトップであるガーゴイン・レコットも研究所に姿を見せた。

 国内外の行事への出席が求められることが多く王都を留守にすることが多いガーゴインだが、さすがの彼も膝元での不祥事を無視できなかったのだろう。


 しかもその中心に居るのが、実の娘なのだから――当然、彼にも相応の責任が求められるはずだ。


「フレッド殿下とリーナ・レコットの件は、ルイゼ嬢には伝えたのか?」

「伝えていない」


(まぁ、そりゃそうか)


 先日、食堂で話しただけのイザックでも分かる。

 自分の双子の妹が犯罪まがいの真似をしでかし、しかも王子や研究員たちを放置して逃亡したなんて知ったら――あの真っ直ぐな少女は、自分自身の罪のように重く責任を感じてしまうことだろう。


 魔道具研究所という新天地が見つかった矢先にそんなことになれば……ルイゼはきっと、また一つの夢を妹のために諦めることになる。


(そんな必要ないだろうに)


 イザックとしては少々呆れる。

 もちろん、ルイゼにではない。


 そんな大それた事件を起こし、多くの人間に迷惑を掛けながらも今も部屋に引きこもっているというリーナ・レコットにだ。


「んで、どうするんだ? フレッド殿下もリーナ・レコットのことも、このまま放ってはおけないだろ?」


 イザックの問いかけに、ルキウスがペンを止める。


「そのことなら、俺は今のところ関与する予定はない」


 意外な返事にイザックはぱちぱちと瞬きする。

 リーナの行為に、ルイゼと近しいルキウスこそ怒りを感じていると思っていたのだが。


 しかし、続いた言葉に一瞬にして気を取られる。



「王妃がどうにかするそうだ」

「……は? 王妃殿下が?」



(マジか?)


 イザックは唖然とした。

 まさかここで、そんな大物の名前が出てくるとは思わなかったのだ。


 ルキウスと並び合うと、まるで兄妹のように見えるほど若々しい美貌の女性――それが第一王妃、オーレリア・アルヴェイン殿下だ。

 国王が側室を持たないのも、オーレリアひとりに寵愛を向けている故というのは国内では有名な話である。


 氷のようと揶揄されるルキウスと異なり、オーレリアはいついかなるときも慈愛の笑みを絶やさないことから、月のようだと謳われる。

 静かなる輝き。大いなる癒し。万民に降り注ぐ清い光だと。


 実際に王妃と何度か対面したことのあるイザック自身の感想も、概ねは変わらない。オーレリアは誰に対しても等しく優しく、大らかな態度を取る方だ。まさに国母に相応しい人格者と言える。


 しかし――だからこそ王妃はのだと、ルキウスが漏らしていたことがあった。



『……あの人の場合、あの笑顔にのが不気味なんだ。あれほど心の読めない相手というのも他に居ないだろうな』



 とても、実の息子が母親に向ける感想とは思えないが……。


(これはリーナ・レコット……無事じゃ済まないだろうな)


 イザックが心の中で十字を切っていると。


「それよりもイザック。気になる件がある」

「ん?」


 ルキウスが処理していた内の一枚の書類をイザックに向けてくる。

 それを受け取ったイザックは素早く目を通し――それから首を傾げた。


「王都で数人の魔術師が不審死……?」


 それだけならば決して、取り立てて注目するような内容でも無い。

 魔術師の多くは街や村の外で、魔物を狩って生計を立てているからだ。毎日が死と隣り合わせというのも珍しくはない。

 数年前にも、墓地荒らしで死霊の呪いを喰らった冒険者たちが相次いで不審死を遂げた事件があったくらいだ。


 だがそこでルキウスはさらにもう三枚の紙を手渡してくる。

 三枚ともに目を走らせて、イザックはなるほどと頷く。


「この数週間だけで、王都内で合計八名の魔術師が死んでいる……ってことか」

「それ以外に共通点が一つだけある」

「……全員が、闇魔法の使い手」

「そうだ」


(これは確かに、妙だな)


 水・炎・風・土・光・闇――六系統の魔法の中で、闇魔法の使い手というのは希少な部類に入る。

 そして闇魔法の多くは数百年前にと呼ばれ、葬られた。人の心を惑わせ、洗脳させ狂わせる――そういった精神への多大な干渉を可能とする闇魔法が存在したからだ。


 その影響もあり、現代でも闇魔法の使い手というと敬遠される傾向がある。

 冒険者を生業とする者の中で、闇魔法の使い手が少ないというのはそういうわけだった。つまり、単純に人気がないのだ。


「分かった、調べとく。何か分かったらすぐ報告する」

「そうしてくれ」


 どこか返事に覇気が無いのを感じ取り、イザックは書類から顔を上げた。


「なんか前にも増して疲れ気味だな。大丈夫か?」


 イザックとしては秘書官としてルキウスの体調を気遣ったつもりだったのだが、ルキウスが本当にげっそりと溜め息を吐いたのでぎょっとしてしまった。

 そんな風に、ルキウスが疲労を表に出すのはかなり珍しい。


「……研究所に行くようになってから、だが」

「お、おう」

「……ルイゼとふたりで居られる時間が減った」



(――――単に拗ねてるだけだコイツ!!)



 唖然とするイザックの前で、ルキウスはボソッと呟いた。


「だが彼女が楽しそうにしているのは嬉しいんだ」


 おいおい、とイザックはますます呆れる思いだった。


(――それ、間違いなくお前のおかげだと思うけどな)


 イザックと話しているときも、それなりに楽しそうにはしていたが。

 それはきっと話のほとんどがルキウスの話だったからだ。自分の知らないルキウスの話を聞けるのが、ルイゼには本当に楽しくて仕方が無かったのだろう。


 そして今、彼女はルキウスと同じ、魔道具開発の領域に一歩を踏み出したわけで――そりゃあ楽しくて仕方が無いだろうと、イザックだって考えればすぐに分かる。



 ……とか思いつつも面白いので本人には黙っておいて、「そりゃあ複雑だな……」とか雑な相づちを打つ秘書官なのであった。



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