第31話.問われる真価
まず口を開いたのは、強気そうなツリ目の女性だった。
「それってどういう意味? 言ってみて」
「え、でも……」
急かすように言われ、ルイゼは思わず尻込みする。
彼ら彼女らは魔道具に関するエキスパートなのだ。
対してルイゼは魔法学院で基礎だけ学んだだけの、ほとんど素人と変わらない知識しか持っていない。もちろん本を読んで独学で勉強はしていたが、それだけだ。
どうすればいいか分からず、ルイゼは傍らのルキウスを見る。
しかしルキウスはルイゼに、小さな笑みと共に頷きを返すだけだった。
その仕草を見て――ルイゼは思い出す。
(『思ったことがあれば遠慮せずに口にすればいい』って、ルキウス様は言っていた……)
それに、もしもの時は俺が止める、とも。
ルイゼはおずおずと前に進み出ると、注視する研究員たちの前で造りかけの水晶を指し示した。
「えっと……先ほどそちらの眼鏡の男性が仰っていたように、魔術式と魔石の連携自体は問題ないと思うんです」
でも、と中の空洞部分に刻まれた長い魔術式の三行目を指で指す。
「この、『光と同時に水を湧かせる』の記述の部分なんですが、これだと末尾の『虹色』の部分が、同時に『水』にも掛かってしまっています。水の魔石は単体では光を発さないので、そのため先ほどから水晶が光るだけで、水の発生が阻害されている――のではないかと」
……ゴクリ、と誰かが唾を呑み込む音がした。
ルイゼにとっては、一時間よりも長く感じられる数十秒の沈黙の後――
「……さすがだな、ルイゼ」
まず、傍らのルキウスが満足そうに笑った。
それからはほとんどお祭り状態だった。
「……そうか……そうだよ! 書き換えるべきは三行目と四行目――『虹色の光と同時に水を湧かせる』式にしないといけなかったんだ!」
「それなら四行目は書き換えて……というよりコレ、三行に省略できるんじゃない?」
「うおお、そっかぁ……単純ミスっすねこれ。『点滅』と『虹色』に重きを置きすぎて、字面の格好良さに目がいってたから……」
「ふむ、なるほどねぇ……そこが要因だったか」
またワイワイギャイギャイと騒ぎながら、気弱そうな眼鏡の男性が魔術式を消し、新たに書き直して――そしてようやくだった。
彼らの想定通りなのだろう。
スイッチをオンにすると魔石を動力源として、水晶型のランプの中央から水が湧き出し――また、水晶は虹色に点滅し始めたのだ。
「わぁ……」
ルイゼは両手を合わせ歓声を上げる。
魔術式を見て思ったとおり、それは何とも美しい光景だった。
……しかしその数秒後には、大量に溢れ出した水が机と床の上にだばだばと流れ出していた。
「ギャー!!」
「受け皿を用意しておかないからよ! ていうかどうして誰も気づかないのよ?!」
「もし発売するとなったら水晶台も設置しねぇと……」
「ていうかさぁ、半永久的に水が流れ出たら大惨事になるんじゃ……」
濡れる! 濡れる! と言いながら慌てて三人が逃げ出し、眼鏡の男性はスイッチをオフに切り替える。
一連の流れをポカンと見守っていたルイゼだったが……そんなルイゼに、勢いよくつり目の女性が近づいてきた。
「って、そんなことどうでもいいわ! ――アナタ、どうして分かったの?!」
「ひゃっ」
肩を掴まれ飛び上がるルイゼ。
「おい」とルキウスが止めようとするが女性はそれすら振り切り、
「二種以上の魔石を使った魔道具は、世間的には限られてるわ。そしてその多くは魔術式に隠蔽の術式が重ねがけされているの! それなのに魔術式について一目で指摘できたのは何故!?」
ギラギラと燃えるような視線に、ルイゼは思わず素直に答えていた。
「それは、あの……たまに家で、魔道具の解体をしていまして」
『……は?』という顔でその場の全員が固まる。
ルキウスも驚いた顔をしていた。
(やっぱり魔道具の解体なんて、一般的ではないのかしら……!)
不安になりつつ、さらに目線で『続きを』と圧力を加えられているので答えるしかないルイゼ。
「『片目の
後ろの研究員たちがざわついてきた。ますますルイゼの不安が募る。
「『片目の梟』はアタシもよく行くし、そのオルゴールのことも覚えてるけど……え? あれってだいぶ高くなかった?」
「そうですね……半年間は、他に何も買えませんでした」
詰問はそれで終わりのようだった。
しばしの沈黙。それから顔を上げた女性は――人を殺せそうな鋭い目力で、ルイゼを見つめた。
その口から迸るのは、熱い勧誘の叫び声で。
「……素晴らしい才能を感じる。そして溢れる変人の才もね。アナタ、
「えっ!?」
(あんまり褒められていないような……!?)
愕然とするルイゼだったが、他の男性研究員たちはやれやれと呆れた様子だ。
「イネスちゃんは相変わらず頭良いけどアホだなぁ。こーんな優秀そうな子、すでに魔法省のエリート官僚候補まっしぐらでしょ」
「そこをどうにか騙くらかして引っ張ってくるのが室長の仕事でしょう!?」
「騙くらかしてって言っちゃってるよー! イネスちゃん!」
中年男性と、イネスという名前らしい女性が言い合いをする最中、眼鏡の男性に、焦げ茶の髪の若い男性が話しかけてくる。
「先ほどはありがとうございました。凄まじい分析力ですね」
「よかったら、お名前教えていただいても?」
ようやく自己紹介ができそうだと気づき、ルイゼは改めて頭を下げた。
「はい。私はルイゼ・レコットと申します」
それから、用意してきた挨拶を述べる。
「その、アグネーゼ先生には魔法学院でお世話になっていて――この度、魔道具研究所特別補助観察員としての認定証を授かりました。でも私、いろいろと悪い噂があって、皆さんにご迷惑を掛けてしまうかと……」
そんなことを、この場で述べる意味があるのかは分からない。
単に空気を悪くしてしまうだけかもしれない。それでもルイゼは、出来る限り説明しておくべきだと思ったのだ。
(社交界では悪い噂だらけ。第二王子に婚約破棄されて、婚約者は妹に取られて――そんな女が、歓迎されるとは思えないから)
ルキウスはそんなことまるで気にしていなかったが……他の人たちが、全てそうだとは限らないと、ルイゼは充分すぎるほどよく知っている。
しかし研究員たちの反応はといえば、あっけからんとしたものだった。
「あー、スミマセン。我々そういう世情には疎くて」
「貴族だろうと平民だろうと、実力があればって感じっスもんね」
「そもそもウチで貴族なの、特別顧問のウィン先生だけじゃない」
「ちょっと待ってー! 室長の僕も一応地方貴族の三男なんだけど!」
本当に、そんなことは心底どうでも良さそうに首を傾げて。
それからイネスがケラケラと楽しそうに笑う。
「ルイゼちゃんね、オッケー。アナタみたいな子を観察員に
(……ルキウス様が、『気負う必要はない』って仰った通りだった)
誰も、ルイゼのことを気にしていない。
というより……ルイゼの評判や風評を、気にしていないのだ。そんなことはどうでもいいと、この場に居る誰もが心から思っている。
それを感じ取り、ルイゼが顔を綻ばせると――そこでようやく、彼らはもう一人の来客の存在に気がついたようだった。
「あれ? っていうかルキウス殿下だ。やだ、久しぶりですね。七年……いや、八年ぶりくらい?」
ルキウスがぼやく。
「お前たちは、十年経ってもまったく変わらないな……」
「「「「――いや、確かにメンツ的には変化してないですけども!!」」」」
あまりに息の合った返しにびっくりするルイゼを、庇うようにすすっと前に出るルキウス。
「魔道具研究所ってぶっちゃけ落ち目の落ち目というか、人材の墓場というかね……」
「新卒入所してこれからの未来に目を輝かせていたおれも、今やくたびれた三十路手前っス……」
「しかし一応、給料的には上級役人ですしっ? 実家に仕送りできてますしっ?」
「実家の話はやめて! いつ結婚すんだって延々とうるさいんだから!」
そこで焦げ茶色の髪の糸目の男性が、にやにやと笑いながらルキウスとルイゼを交互に見る。
「というか殿下こそ、ここに女の子連れて来るなんて初めてじゃないスか。もしかして……婚約者だったり!?」
思いがけない指摘に一瞬どきっとするルイゼだったが、
「いや、違う」
ルキウスはきっぱりと否定する。
一瞬、胸がちくりと痛むが……ルキウスはすぐに続けた。
「口説いている真っ最中だからな」
それを聞いたルイゼの頬に一気に熱が上る。
(くっ、口説いているって!)
あのバルコニーでの宣言からすれば、その通りなのかもしれないが……そう言葉にされてしまうと、恥ずかしいやら困るやらで、ルイゼはどうしようもなくなってしまう。
だがその動揺を分かっているのかいないのか、ルキウスはなぜかルイゼの方を見ようとしない。
「で、殿下の方が口説いてるの!? 何それふたりのなれそめを詳しく!」
「いつのまに成長して……おれが入所した頃は、まだこーんな小っちゃい坊ちゃんだったっスのに」
「この若さは、四十路が浴びるにはあまりに眩しすぎるなー……ちょっと仮眠室行ってきます」
「あ、自分も行きます……」
からかわれているのか本気なのか、騒いだり沈んだりしている四人にあたふたしていると。
――急に、足元がぐらっと揺れた。
「きゃっ」
転倒しかけたルイゼの肩を、すかさずルキウスが支えてくれる。
視界の端では眼鏡の研究員も水で滑って転んでいたのだが、それは無視するルキウスである。
「あ、ありがとうございます。ルキウス様」
「……ああ。しかし大きな地震だな」
ルキウスの言うとおりかなりひどい揺れだ。
だがそれも数秒も経てば収まった。ほっと息を吐くルイゼを安心させるように、イネスが微笑む。
「大丈夫よ。ここじゃよくあることだから」
「でもここまでの揺れは初めてだな……」
「よっぽどひどい暴発でもあったんじゃない? まあ、そんなことよりも」
イネスに目線を飛ばされた――室長だという中年男性が、分かっているというように頷く。
彼はルイゼの元に近づいてくると、そっと右手を差し出してきた。
「ルイゼさん、見た通り賑やかな職場なんだけれど……これからよろしくね」
「――はい。こちらこそ」
その手を、強くルイゼは握り返したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます