第30話.第三研究室

 


 魔法省直轄組織――魔道具研究所。

 本省の隣に配置されたその施設の偉容に、ルイゼはすっかり萎縮していた。


(遠目に見たことはあるけれど……まさか、自分がここに来ることになるなんて)


 ルキウスと再会してから、目まぐるしい出来事ばかりだ。

 しかし緊張しっぱなしのルイゼと異なり、ルキウスは普段通りだった。


「俺は子供の頃から、よく入り浸っていたから」


 というのは、つい先ほど馬車で聞いた話だ。何もかも規格外なルキウスは、ルイゼと同じ特別補助観察員の認定証を五歳の頃には授かっていたという。


 ドレスでは失礼だろうと、今日のルイゼは簡素なワンピースの上に白衣をまとっている。

 アグネーゼから預かった認定証のカードは、木製のケースに入れ首から提げていた。


 そしてルキウスの首にも、同じカードが揺れていて……ルイゼはそれを見ると、胸が高揚するような、その反対に落ち込みそうになるような不思議な心持ちに陥っていた。



「ルキウス様。その……私は、今日は何をすれば良いんでしょうか?」



 そっとルイゼは問う。

 アグネーゼより認定証を授けられてからというものの、いつも以上に寝つけず、ずっとそんなことを考えていたのだ。


「魔法や魔道具は好きですが、ただの素人ですし……アグネーゼ先生に認定証をいただきましたが、自分に何ができるかどうか」


 この魔道具研究所で働く人々は、全員が魔道具のプロフェッショナルだ。

 ルイゼ自身ももちろん、"魔道具研究所特別補助観察員"なんて立派な肩書きを与えられたからといって――自分に大それた真似ができるなどと、到底思ってはいないけれど。


(だからといって、ただの見学気分で居てもいけない気がする)


 ここで毎日、熱心に仕事に励んでいる人々がいるのだ。

 彼らの力があればこそ、生活魔道具や冒険魔道具が人々の暮らしを発展させてきた。


 そこに土足で踏み入り、邪魔をするようなことがあってはならないと思う。


「そう気負う必要はない」


 ルキウスはあっさりと返してきた。

 しかし適当にルイゼの言葉を聞き流しているわけでないのは、彼の目を見れば一目瞭然で。


「思ったことがあれば遠慮せずに口にすればいい。君にはそうするに足る実力があると、ウィン先生が認めたのだし――そしてそれ以上に、俺が認めている」

「ルキウス様……」

「それに、もしものときは俺が止める。だから心配はいらない」


 ルキウスが優しく微笑する。


(それだけで前向きになれてしまうなんて、ちょっと単純すぎるのかしら……)


「そろそろ行こうか、ルイゼ」


 だがルキウスの呼びかけに、ルイゼはようやく凛と応じることができた。


「はい、ルキウス様」




 魔法学院の卒業生の進路として、最も華やかにして栄誉たりえる道と言われるのが魔法大学への進学である。

 その次に魔法省、それに魔法警備隊や、珍しいところだと魔法騎士への配属といった推薦スカウトもあるそうだが……その中だと魔道具研究所は、若干だが見劣りする名前だとされる。


(何故かというと、魔道具の開発元の多くは魔法大学だから)


 しかし――ルイゼにとっては、魔法大学と同じくらいに魔道具研究所は憧れの場所なのだ。


「わぁ……」


 研究所に一歩入り、思わずルイゼは感嘆の吐息を漏らした。


 研究所の中は白一色で統一された空間だった。

 天井は高く、見上げるだけでも階層がいくつも分かれているのが見て取れる。

 それに、見たことのない不思議なものを見つけて――目線を奪われるルイゼの横で、ルキウスが説明してくれた。


「あれは【昇降機】という魔道具だ」

「【昇降機】……」

「主に、人や荷物を運搬するのに使われる魔道具だな」


 吹き抜けの天井まで続く白い筒の中を、切り取られた床が上下に自在に移動している。

 その床の上には、重そうな青いカートの手すりを握る研究員が立っていて……目当ての階層に着くと筒の側面が左右に割れ、そこから出入りができるようだ。


「すごい……」


 ルイゼは口元を押さえて呟いた。あれほど巨大な移動式の魔道具があるとは。


 規模でいえば、王宮図書館地下の禁書庫を上回るだろう。あれは失われた文明ロストテクノロジーによって造られたものだというから、原理や仕組みはまったく違うのだろうが。


「一年前に大学で開発された物で、実験的にここでも取り入れられている。大学の場合は、至る所に設置されていたがな」


 その光景を思い出しているのか、口元を緩ませるルキウス。

 ルイゼは思わず疑問を口にした。


「あの……どうして他の皆さんは、【昇降機】を使わずに階段を使っているのでしょう?」

「大方予想がつく。基本的には、移動の際は階段を上り下りするように達しが出ているのだろう」

「やはりコストの面で問題があるのですか?」


 あれほどの規模の魔道具となれば、大量の魔石を消費するはずだ。

 しかしルキウスは緩く首を横に振った。


「いや。これも予想だが――適度な運動が必要な研究員が多いからだな」


 ルキウスが冗談を言ったと気がつき、ルイゼはくすりと笑う。

 その頃には身体の緊張はだいぶ解けてきていた。


 受付を通され、多くの白衣姿の研究員とすれ違いつつ、アグネーゼが顧問を務めるという第三研究室の前に到着する。


 ルイゼを推薦してくれたアグネーゼはといえば、今日は学院の授業もあるので不在だという。

 数日後には様子を見に来てくれると言っていたので、今日は彼女の紹介なく、研究員たちに挨拶しなければならない。そう思うと自然とルイゼの身体には力が入った。


 そうしてこれもやはり、魔道具だという――自動開閉式の扉の前で、ルキウスがルイゼを振り返った。


「ルイゼ、先ほどはああ言ったが……この第三研究室の職員たちは変わり者だらけだ」

「?」

「何というか、その……いろいろとフラストレーションが溜まっている連中でな。最初は君に失礼な態度を取るかもしれないが、許してやってくれ」


 普段は歯切れの良いルキウスが言葉を濁しているのを見て、ルイゼは驚いた。




 ――そしてその三分後、ルキウスの言葉の意味がわかった。


「初めまして。ルイゼ・レコットと申します」


 もはや五度目ともなる挨拶だったが、めげずに頭を下げるルイゼ。

 しかし返ってきたのは、



「ええ、おかしくない? この魔術式回路、誤作動起こしてんじゃん」

「いや、そんなはずはないよ……現に魔石との連携には問題ないはずで」

「ハズハズハズって、だからどっかでミスってんでしょ? いいからアタシに貸しなさいよ、ホラ早く」

「喧嘩しないで! また暴発でもさせたら今度こそウィン先生の雷が落ちるっスよ!」

「だから、今日は顧問が来ないから魔道具開発のチャンスだって話でしょ!?」

「不在時に問題起こしたら室長の僕の責任になるんだけどなぁ……!?」



 ……という、まったくもって挨拶とは無関係の会話だけであった。


(……誰も聞いてないみたい)


 エントランスホールは広々と、染み一つ無い空間が広がっていたのだが、この研究室はまったく違う。


 中央には、コードがいくつも繋がった巨大なマシンのようなものが配置され、その周りに四人の研究員が集まっていた。

 少し部屋が手狭なのもあるのか、壁際には寄せ集められた資材や箱が積まれていて、今にも崩れそうでハラハラする。

 壁や床には焦げたような跡や、抉れたような痕跡があり……ルイゼが抱いていた物静かな研究所のイメージとはまったく違う。



(そして何よりすごいのは、第一王子が居るのにこの態度ということ……!)



 一度だけひとりの男性が振り返り、「あ、どうも」と頭を下げていたものの……それきり放置されている状態だ。とてもじゃないが、王族への態度とは思えない。

 だがルキウスは驚くこともなく、呆れたような溜め息を吐いただけだった。


「すまない、ルイゼ。ここは俺が通っていた十五年ほど前からこんな調子なんだ」

「そ、そうなんですね……」

「突っ立っていても仕方が無いし、少し覗いてみるか?」


 ルキウスの誘いの言葉に、ルイゼはコクコクと頷く。


(せっかく魔道具研究所に来たのだもの。魔道具のことを少しでも学んで帰りたい!)


 研究員たちの背中から、そっと彼らの手元を覗き込んでみる。

 思った通り、どうやら新しい魔道具の開発研究を行っているようだ。

 魔道具研究所では開発よりも生産が主だと聞いていたが、そうでもないのだろうか。


(もう魔道具の形は出来上がってる。見たところ、水晶を象った洋燈ランプに見えるけれど……)


 だが、ただの洋燈ではないだろう。彼らの手元には、光の魔石だけでなく水の魔石があるから。


(水晶の中身が空洞になっていて、その中に光と水の魔石を仕掛ける……うん、目的はだいたい分かった気がする)


 どうやら研究員たちは、魔道具の中に刻み込む魔術式に苦戦しているようだ。

 どの魔道具にも例外なく魔石が使われ、そして対応する命令を信号として送る魔術式が刻まれている。つまり魔術式が完成していなければ、魔石が組み込まれていても魔道具は正しく作動しないのだ。


 そして水・炎・風・土・光・闇――。

 六系統の魔法の中でも、水の魔法は土系統と並んで最も扱いやすい。

 だがどの魔石も、他の種類の魔石と連結させると格段に設計上の難易度が抜群に跳ね上がるのだ。


「…………」


 しばらくは無言のまま、彼らの手元をジッと見つつ。

 ルイゼは思いつきを小さく口にした。



「この魔術式だと――水の発生を阻害しているのかも」



 単なる独り言のつもりだった。


 しかし瞬きの後には、研究員たちが一斉にルイゼを振り向いていた。



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