第14話.あなたと王都で3

 


 昼食の後、ルイゼとルキウスは二店目の魔道具店へと向かうことにした。


 魔道具専門の、『片目のフクロウ』。

 大通りに看板を構えた『無限の灯台』とは異なり、裏路地にひっそりと佇んでいる店だ。


 それに『片目の梟』では入手困難である魔道具ばかりを取り扱っているため、庶民が簡単に手が出せないような価格の品ばかりが並んでいるのも大きな違いである。

 かく言うルイゼも自由にできるお金がそう多くは無いため、未だ『片目の梟』で商品を購入したのは数えるほどだ。


 ルキウスが外開きの扉を開くと、ホゥ、とアンティーク調のフクロウのドアベルが鳴く。

 暗い店内へと足を踏み出してすぐ、ルイゼは店の壁際に目を向け、彼に向かって笑顔で話しかけた。


「ウク、久しぶり」


 切り株の上に居るのは、フクロウのウク。

 昼間だからか、面倒そうにチラッとだけ片目を開けたウクが……ルイゼに向かってモニョモニョ、とくちばしを動かす。

 その仕草が、まるで「久しぶり」と返してくれたように感じられてルイゼは顔を綻ばせた。


 ルイゼの視線の先を追っていたルキウスが訊いてくる。


「そのフクロウはウクというのか。知らなかった」


 ルキウスも何度か『片目の梟』には足を運んでいるそうだが、ウクの名前については知らなかったようだ。


「はい。他の猛禽類にウクが左目を抉られて死にかけていたところを、このお店の御主人であるモーガンさんが助けたんだとか」


 もちろん、店名の由来はウクである。……とルイゼは思っているが、モーガンはとても寡黙な老人で、確かな答えをもらったことはなかった。

 約一年前――魔法学院に入る前のルイゼが挨拶のために訪れたときも、小さく頷いただけで返事がなかったくらいだ。


 そしてモーガンはといえば、杖をつきながら木椅子に座り、静かにこちらを眺めているだけだった。

 というより、灰色の髪の毛とひげによって顔はほとんど覆われているし、背も丸まっているので、実際にルイゼたちの方を見ているのかは分からなかったが。


「お久しぶりです、モーガンさん」


 ルイゼが声を掛けてみても、やはり返事はない。

 この時点で、新規の客は店の雰囲気に怯えて逃げ出す場合が多いのだが――常連の部類に入るルイゼもルキウスも、もちろん怯むことはなかった。




 一つ一つの棚を、ルキウスと共に見て回りながら――ルイゼはひっそりと吐息を吐く。


 決して、品揃えに失望したわけではない。

『片目の梟』の魔道具はどれも本当に魅力的なものばかりなのだ。


(南のエ・ラグナ公国で開発されたものの、不良品としてすぐに回収された【発火札】……公国のさらに南の小さな国で、王族の婚姻儀礼に用いられたとされる【聖印の槍】の実物……)


 この場所以外では二度とお目にかかれないだろう貴重品ばかりだ。

 そのすべてが興味深くて、ずっと見つめていたいくらいに好奇心をそそる。


 それでも――やはりここでも、ルイゼの目当てのものは見当たらない。


 型式の古い【眠りの指輪】と。

 それにもうひとつ、


「……やっぱり、治療用の魔道具は無い」

「治療用の魔道具?」


 ……しまった。声に出ていた。

 と気がついた頃には時既に遅く、ルキウスは不思議そうな面持ちをルイゼに向けている。


 誤魔化しが効かないと悟ったルイゼは、素直に白状することにした。


「はい。ずっと前から探しているんですが」

「俺もそういう類のものは目にしたことはないな」


 魔道具開発において他の追随を許さない大学出のルキウスがそう言うのだ。

 それに『片目の梟』ほどの店にも置かれてないのだから、やはり、世界のどこでもそんな物は存在していないのだろう。


 ルイゼはそうですよね、と落胆を隠して頷こうとしたのだが。



「――どこか怪我をしているのか?」



 出し抜けに、ルキウスがそんなことを心配そうに訊いてきた。

 ルイゼは勢いよく首を横に振る。


「ち、違うんです。私じゃなくて、ええと……そういうものがあったら便利なのにと思って」

「……そうだな。光の魔石を中心に用いるとなると、実用化は難しそうだが」

「!」


 ボソッと呟くルキウスに目を光らせるルイゼ。


「そうなんです。光の魔石は【光の洋燈ランプ】のように、一定出力の魔力を放出し続けるのには向いていますが、治療用となると話が違ってきますものね」

の魔法になるからな。となると、この【聖印の槍】の仕組みは少し参考になるかもしれない」

「確か風の魔石を関節部に駆使していて、槍の形状を四種類に自在に変化させるんですよね」

「そうだ。といっても大学で論文を発表した学生によると、単に風の魔石を用いているわけじゃないらしい」

「もしかして……光の魔石も?」

「そういうことだ」


 そのまま、ふたりの魔道具談義にはいつも以上に花が咲いていく。


 呆れたように、壁際のウクがホゥ、と小さく鳴いた。




 +++




 店を出たときには、辺り一面はすっかり夕焼け色に染まっていた。


(……ルキウス殿下と一緒だと、時間が過ぎるのが早いわ)


 楽しい時間はあっという間だ、などと、そんな風に思うのは何年ぶりだろうか。


 ふたり分の影を長く伸ばしながら、ルイゼは隣の彼をちらりと見上げる。

 迎えの馬車に辿り着くまで、あと数分はある。


 その間に、彼に伝えておきたいことがあった。


「今日は……今日もとても、楽しかったです。ありがとうございます、ルカ様」


 しばらくルキウスは無言だったが、やがてぽつりと返事をした。


「これからも、呼び方はそれでいい」


 あまり堅苦しいのは好きじゃない、と付け足すルキウス。

 素っ気ない物言いだ。それでも、ルキウスの言いたいことをルイゼは明敏に感じ取った。


 人目がないのを確認してから。

 おずおずと、声にしてみる。


「では……ルキウス、様?」

「……それでいい」


 ふわりと。

 きつめの目元が柔らかく和むように、ルキウスが微笑んで。


 それを至近距離で直視してしまったルイゼは、慌てて目線を下ろした。

 自分でもどうしようもないくらい、ドキドキしてしまっている。



(頬が、熱い……)



 ルイゼはその熱に浮かされたように、掠れた声で呟いた。


「……ルキウス様と再会してから、毎日、夢のように楽しいです」

「…………」

「このまま穏やかな毎日が、続けばいいのにと思うくらい」


 そんな日々は、あり得ないと分かっている。

 多忙なルキウスの温情によって成り立っているだけの奇跡の時間だと、知っているからこそ。


 ルイゼは眉を下げて笑って――涙が出そうになるのを必死に堪えていた。


「……ルイゼ」


 ルキウスが立ち止まったので、ルイゼは数歩遅れて振り返った。

 彼はジッと、ルイゼのことを見つめている。


「今度、王宮で夜会を開く。良かったら来てくれないか?」

「私が……ですか?」

「ああ。俺が帰国したことを祝う、という名目の会なんだが……昔なじみばかりを呼ぶ小規模な会だ」


 ルイゼは目を見開く。


 ルキウスにとって親しい者だけを呼ぶ会。

 つまり、フレッドとリーナはその場には来ない――ということだ。


 そして、どうしてルキウスがその場にルイゼを呼ぶのか?

 そんなことは、もう、聞かずとも分かっていて。



(私の汚名を、すすぐため……)



 ルイゼは唇を引き結ぶ。

 やはり怖いという気持ちは少なからずある。

 それでも、彼の思いやりを無下にしたくはなかった。


「行きます。必ず」

「そうか」


 ルキウスは頷いた。あくまで淡々と、普段通りに。

 それでルイゼは、少しだけ身体の緊張が和らぐのを感じた。


「……ありがとうございます、ルキウス様」

「礼を言われるようなことじゃない」


 ああそれと、とルキウスが付け足す。


「分かっていると思うが、エスコート役は俺が務める」

「……えっ!?」

「嫌か」

「い、嫌なはずありません! でも、さすがにそこまでご迷惑は……」

「君が関わることで、俺にとって迷惑なことなど何一つ無いよ」


 やはり、何でもないようにそう言い切って。

 ルキウスは風を切って歩き出す。その背中を、ルイゼは呆然と見つめた。


 さきほどは真っ直ぐ引き結んだはずの口元さえも、小さく震えている。


 どうしようもなく。疑いようも無いほどに。



(ああ、私にとっていちばん怖いのは……他の誰でも無い。ルキウス殿下なんだわ)



 そんな風にルイゼは思う。



 その優しさを――都合良く勘違い、してしまいそうになるから。



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