第11話.秘書官は驚く
「…………えっ!? もう二回目のデートの約束を取りつけたんですか!?」
机に向かっていたルキウスの左手が、ピタリと動きを止める。
大量の書類仕事を裁くルキウスと、その補佐を行うイザック。
他にも処理後の書類を運ぶ数名の事務官たちが、何度も執務室から入退室を繰り返している。
帰国してからというものの、【通信鏡】でやり取りしていた以上の情報もルキウスに回されるようになったので、こうしてルキウスやその周囲は毎日のように多忙を極めていた。
それでもどこか全員の顔には、喜びと安心感があり、それはイザックも同じだった。
仕えている主の姿が直接確認できるだけで、全体の士気がここまで違うのだ。
「……声が大きいぞイザック」
「すみません、思わず」
「それとデートではない。前回は共に図書館で本を読んだだけで、今回は王都で魔道具店巡りをするだけだ」
(それをデートと呼ぶんだろ!)
イザックは心の中で激しくツッこむ。
そもそもアンタ、そんな風に二人きりで親しくするような女性は今までにひとりも居なかっただろうと。
(昔っからとにかくモテるのに、素っ気ない対応ばかりでよく泣かれてたからなぁ……)
そう。ルキウスはとにかくモテる。
というのも当たり前の話だ。第一王子で、このルックスで、頭脳明晰でと来れば、モテないわけがないのである。
王族らしく、小さい頃から見合いの話も散々あったのだ。
しかしルキウスはその全てを「必要ない」の一言で切り伏せてきた。
イザックも、「こいつマジで恋愛事に興味ないんだな」と思っていたのだが……最近の様子を見るに、そういうわけでもなかったらしい。
(嬉しそう~~な声音で、図書館デートのことも語ってたもんな)
婚約破棄の同意書を書かされる彼女についていくと聞いたときはルキウスの気遣いに感心したものだったが、どうやらお目当ては別にあったらしい。
地下の禁書庫でのふたりきりでの読書の時間。
それを過ごした翌日は、心なしか表情筋を緩めてイザックに語ってみせたのだ。
「ルイゼはやはり聡い」
「炎の魔石の量を抑えて土の魔石を取り入れれば、【発火札】は充分実用化できるはずだ……なんて手法をすぐに思いつくなんて、大学にもそんな人間が何人居るか」
「しかも地上の図書の六割を読み終わっていたんだ。六割だぞ? あの難解な蔵書の数々を」
「ルイゼはすごい」
「ルイゼは賢い」
いつものように淡々とした口調ではあったが、イザックには声に含まれる楽しげな、嬉しそうな響きが明瞭に聞き取れて。
そもそもあんなに口数の多いルキウスというのも生まれて初めて目にしたような気がする。
(まあ、何言ってんのか半分くらい分かんなかったけど)
それを思い出しつつ、イザックはすこぶる良い笑顔でルキウスに訊いた。
「ちなみにそれっていつです?」
「来週頭だ。それまでに必要な仕事はすべて進めておく、心配するな」
「そりゃー結構ですけどね……その目立つツラとナリで市井に出る気ですか?」
「【認識防止グラス】を使う。誰にも悟られはしない」
よっぽど予定を妨害されるのが嫌なのだろう、用意してきたような台詞をスラスラと述べるルキウス。
ここまで頑なな態度で来られれば、もちろん邪魔する気にはならないが……しかし側近の立場として、言うべきことは言っておくことにする。
「護衛は何人か連れていってくださいよ。デートの邪魔でしょうけど」
「だからデートではないと言っている」
しつこいぞ、とペンの先で紙の上をトントンと叩くルキウス。
「俺とルイゼはいわゆる"同好の士"だ。男女の仲ではない、下卑た勘ぐりをするな」
ほほーう、と顎に手を当てたイザックは、ふと思いついた悪ふざけを実践することにした。
「じゃあ魔道具店巡り、オレもついてっていいですか?」
「――――――は?」
ルキウスの動きがピタリ、と止まった。
それから、顔を上げると無言でイザックを睨みつける。
しかしイザックは慣れたもので、腕組みをしたまま飄々とした笑みを返すだけだ。
そのあまりにも殺気だった空気に恐れおののいたのだろう。
他の部下たちが「胃の痛みが」「喉が痛くて」などと口走り我先にと部屋を飛び出していく。
「…………」
「…………」
部屋が静まりかえり、無言のにらみ合いが続く中……。
先に口を開いたのはルキウスだった。
ものすごい仏頂面で。
「別に構わないが」
(嘘つけ!!!!!)
イザックは思わず叫びたくなった。
実際にイザックがデートの現場にのこのこついていったら、その場でルキウスに斬られる。間違いなく。
そして怯えるルイゼ嬢には「これは最近王都に出没している変質者でな」とか雑に説明しそうだ。そんな死に方は絶対イヤだ。
イザックはいよいよ頭を抱えたくなりながらも、どうにか言葉を返す。
「ルキウス。これはお前の秘書官としてじゃなく、兄貴分としてのアドバイスなんだが……いまオレに対して感じた気持ちは、大事に覚えといた方がいいぞ」
「よく分からないが、分かった」
存外素直に頷くルキウスに、イザックは「おう」と軽く返した。
それが嫉妬だ、やきもちというやつだ、なんて単語で教えてみたところで、この男は納得などしないのだろう。
結局、恋愛事など他者にどうこう言われるより実際に体験してみるのが最も手っ取り早い。
(それにしても――)
どうやらイザックの考えている以上に、ルキウスはルイゼ・レコットという少女に夢中らしい。
本人には未だ恋愛の自覚は無いようではあるが。
(まぁ確かに、可愛い顔の令嬢ではあったけどな)
ここまでのめり込んでいるとなると、理由はそれだけではないだろう。
十年前から好意を持っていたというから、よっぽどのことがあったのだろうが……イザックとしても、ルイゼがどんな人物なのかは気になるところだ。
何せ彼女は「氷のよう」などと揶揄される男の心を、掴んで離さないのだから。
(これはルキウスにバレないように、個人的に会ってみるしかないか?)
でももしバレたら殺されそうだよなぁ、と密かに肩を震わせるイザック。
そんな秘書官の思考には気がつかず、ルキウスはペンを走らせながら訊いてきた。
「ところで、レコット家についての調査はどうなっている?」
「ああ、もちろん進めてますけどね。なかなか厄介な案件というか……」
後半はボソリと小声で呟くイザック。
情報屋にも探らせ、だいぶレコット家の内情については見えてきたところではある。
ルイゼ・レコットを取り巻いてきた過酷な環境。
彼女が今まで晒されてきたであろう
(ルキウスなら、もう大体の事情は推測しているのかもしれないが)
イザックに調査を命じたのは単なる推測の裏づけ、と見るほうが妥当だろう。
その報告を果たしたとき――果たしてルキウスがどんな手段に出るのか、イザックにはまだ見当がつかない。
「報告にはまだ少し時間をいただきたいです。いいですか?」
「分かった。それで構わない」
「じゃあ来週のデートのために、残りの仕事も張り切っていきましょう!」
「……だからお前は何度言ったら」
ルキウスの溜め息と共に、蜘蛛の子のように散っていった補佐の事務官たちがちらほら戻ってくるのだった。
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