十
【かが】が進水し、【艦霊】の存在が確固たるものになった時の彰の行動は、今でも昨日のことのように覚えている。初めての海水に呆気に取られている【かが】の背後を取り、当たり前のように長い髪をリボンでハーフアップに結ったのだ。当時、その事を鞍利に話すと鞍利は嬉しそうに相好を崩し口を開いた。
「次は【かが】なんだな」
その言葉は俺と彰に対する福音であった。というのも、やはりDDGに彰の世話は無理だったのだ。彰の思考や行動を察しきれず、コミュニケーションに齟齬がでる。そして、それがお互いのストレスになるのだが、彰は俺に依存して心身の均衡を保とうしているので離れられない。それなのに俺と上手くコミュニケーションが上手く取れないという、ハリネズミのジレンマとも言えるべき歪な関係だ。それが終わるのならばこんなにお互いにとって為になることはないだろう。
【かが】の進水から二年、彰が俺と加織との間を行ったり来たりするようになってからは約一年という時が過ぎた。彰が加織に着いて現世に出ている間に【いせ】が俺の執務室にやって来てこう言った。
「彰の依存を加織に遷そうと思う」
苦節八年。やっとこの日が来た。思わず目頭を押さえる俺の姿に【いせ】は大笑いする。そして笑いの収まらない内に再び口を開いた。
「時間かかるんだけどな」
「マジかよ」
「マジ、マジ。お前が異例だったの。今回は何もしないでね」
「あれは俺が悪かったけど……」
「今回、首突っ込んだら次はないからね」
「……はい」
俺の返事を聞くと【いせ】は満足そうに頷き、執務室を後にした。
翌日、早速俺の元に届いたのは『SH60-j依存先移動計画』と題された一枚のA4用紙。内容はこれからの彰との関わり方の指南書といったところだ。彰は自分を見つける人に依存する。取り分け真面目な性分を好むとのことで、八年前に俺に依存した。つまり、今日からは彰がどこかに隠れたり迷って帰れなくなっても俺が捜索し、連れ帰ることは何があってもしてはならないのだ。そして当たり前のことなのだが、航空機のことを考えるDDHには従った方が賢明だ。書き物机の引き出しをあけ、今後の訓練に関する書類を取り出す。彰や加織が参加するものも含まれるその書類を眺めながら思う。
「収まるところに収まれば一番だよな」
俺は指南書を机の一番上の引き出しにしまい、山のように積み重なった書類と再び向き合った。
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