九 初恋狂騒曲

【艦霊】にはこの世に生まれると同時に授かった機能がある。DDGならば遠くまで見通せる目を、音響観測艦ならば全ての音を漏らさず拾う耳を、そしてDDHには航空機を慈しむ心をといった具合にだ。ところがこの機能たちは時折、誤作動を起こす。人に望まれ作られ生まれた彼らだ。それもまた必然なのだろう。

 

 【かが】こと加織は悩んでいた。悩みに悩んだ末についに先輩DDHに相談することにした。護衛艦の居住区の一角にある【いせ】の家。先代の【伊勢】も使っていたというその邸宅の一室で加織は【いせ】と膝を付き合わせていた。

「【いせ】さん」

「どうしたの?」

「僕、彰のこと好きかもしれない…… 」

加織の言葉に【いせ】が一瞬固まる。そしてゆっくりと腕を組み頷き口を開いた。

「そうか……加織もはもうそんな時期なのか」

一人で満足そうに頷く【いせ】に置いてけぼりにされた加織が不安そうな顔で【いせ】を覗きこむ。

「【いせ】さん?」

「あっごめん。出凪とはまた違うなぁと思って」

「出凪?」

「出凪はまず鞍利さんに相談してたから、俺のところに来るとは思ってなかったんだよ」

「そ、そうですか……あの彰のことなんですけど」

首を傾げる加織に【いせ】はイタズラっぽく笑う。

「その答えはそう遠くない未来に見つかるよ。大丈夫、俺たちはDDHだから」

「はあ……?」

【いせ】の曖昧な投げやりともとれるアドバイスに、結局加織はなんの答えも得ずに帰るしかなかった。


 加織が彰に抱いた思い……仮に恋心をとしておこう。恋心を自覚してからというもの、加織の毎日は激動であった。彰が自分の方を見ただけでも心臓が高なり、隣に座ろうものなら愛しくて堪らなくなり、しまいには歩く姿を見るだけでも心の底が暖かくなるのだ。そして、彰も知ってか知らずか加織を試すようにすり寄り甘え、極めつけには上目遣いで見つめてくるのだ。これはもう恋というやつだ。これが恋でなければ何なのだと加織はそう確信した。そんな加織の目の前には人だかり……否、一般公開の見学者たちが列をなしていた。その中には親子連れも多く、各々が休日を楽しんでいる様子が伝わってくる。

「お母さん! だっこ!!」

歩き疲れたのだろう子供の声が聞こえる。加織が振り返ると、抱き抱えられ満足そうに笑う子供と少し疲れた様子の母親が目にはいった。

「彰みたい……」

一番に思い出したのは愛しい彰のこと。言葉は少ないが表情豊かに自分の要求を伝えてくる姿が重なった。勿論母親の位置には自分が自然に重なる。ふと湧き上がったのはこの恋心への疑問。自分の得た知識の中では親子は互いに恋愛対象にはならない。そして、自分は子供に彰を、母親には自分を重ねた。これは果たして恋なのだろうか。

「……もしかして、これは恋じゃない?」

口をついて出た言葉は恋心への否定の言葉だった。果たして自分は彰と恋仲になりたいのだろうか。その答えが知りたくて親子から視線を外し、辺りを見回せば仲睦まじく手を繋いで歩く恋人がいる。お互いを見つめ合う二人には彰はもちろん、自分すらも重ならなかった。思い出したのは進水したての頃に【いせ】に掛けられた言葉。それはDDHに与えられた本能とも言える性能のことだった。

「航空機を慈しみ、尽くすように僕たちは……できている」

小さな声で、ゆっくり噛み締めるようにその言葉を唱える。すると、胸の中の靄が瞬く間に晴れていく。この彰への愛情は恋ではない。

「僕、お母さんだったんだ」

それは僕の初恋が終わる言葉。魔法が解けた瞬間だった。


後日【いせ】に素直に教えてほしかったとの苦情を入れ「一回経験しとくのもありだったろ?」なんてあしらわれるのだが、それはまた別の話。


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