彰に重い穴開けパンチを投げつけられた時に白幸は言った。

「その内に落ち着くよ」

この言葉の通り、しばらくすると彰は落ち着いた。落ち着いたと言いきってしまえば語弊があるのだが、確かに白幸を見ても無暗に物を投げたりはしなくなった。そしてこの言葉から約五年が経った今日、【しらね】は除籍する。

「彰、いいのか?」

お気に入りの木の上から【しらね】の姿を見つめている彰に声をかける。彰はなにも答えない。これは数年観察して解ったことだが、彰がわざわざ目で追うモノというのは好きなモノなのだ。そして、【しらね】が近くを通る時はいつもそっと気取られないように目で追っている。それなのにいざ、間近で遭遇すると憎い敵のように扱うのは今さら態度を改められないのか、まだ陽凪のことで葛藤しているのか俺には分からない。

「【しらね】もう行くぞ。本当にいいのか?」

「いい」

もう一度問いかけると今度は短く返事があった。その瞬間に【しらね】は【道】の境界を抜けて現世へと渡っていった。次に彼が【道】に帰ってくる時は【護衛艦しらね】は世界のどこにもいない。


護衛艦の魂抜きは機雷艦艇や補助艦艇よりも一時間あまり早くに座敷童に呼び出される。力が強いために抵抗された時の時間も組み込まれているとかいないとか……子細は誰にも知らされていないが、陽凪の魂抜きの際に呼ばれる時間が早まったのでそういうことなのだろうと俺は考えている。現在の時刻は二一時五五分。そして俺は彰に引っ張られるままにDDH【しらね】の居宅の前にいた。すでに魂抜き時のお迎え役である多用途支援艦【ひうち】は玄関の中でスタンバイしているようだ。

「入らないのか?」

「いい」

入って話してくればいいのにと思ってしまうのは俺がDDGだからだろうか。不本意とはいえ五年程いっしょに過ごしているが未だに彰の考えていることは分からない。玄関の引き戸がガラリと音を立て開く。【ひうち】を前にして単姿の白幸が現れた。草履を履いた白幸が顔をあげる。すると彰と目があったようで口角を少しだけ上げ微笑んだ。白幸が【ひうち】に続いてゆっくりと歩みを進める。彰はなにもせずただその背中を見送るつもりだろう、少し下がって俺の横に並んだ。十歩程進んだ白幸が振り返る。そして愛しい者を見る顔で口を開いた。

「彰、分かってるから……ありがとう」

春の気配を漂わせる夜に、白幸の最期の言葉は優しい響きを残して消えていった。


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