四
陽凪が最期まで気にかけていたことが二つあった。一つは自分を慕い依存する彰の今後のこと。そしてもう一つは自分のCICを譲った後輩【しらね】こと白幸のことであった。白幸はCICの火災後より長らく意識不明のままであったが、陽凪の消失の五ヶ月後に目を覚ました。一時は除籍すら検討された白幸の再出発を【道】中の【艦霊】たちは祝福した。ただ一人、彰を除いて。彰は決して白幸が嫌いでは無かった。むしろ陽凪がドック入り等でダウンした時は、白幸が代わりを務める程の信頼を得ていた。その関係が一変したのが【しらね】の火災であった。この火災で除籍を予定していた【はるな】の延命が検討されたことにより、彰は大変喜んだ。白幸が代わりを務められるといっても一番は陽凪だったからだ。所詮代わりは代わりでしかない。しかし、彰の希望とは裏腹に【はるな】は役目を終え、【しらね】は【はるな】の一部をもらい受け生き延びることになったのだ。その時の彰の動揺は普段あまり関わらない俺の耳にも入る程だった。彰からすれば白幸は陽凪と少しでも長く過ごすための希望を奪い去った仇敵になってしまったのである。
白幸が目覚めてからというもの彰の不安定さは一層勢いを増し、白幸の顔を見るだけでも全力で威嚇し手近な物を投げるといった有り様だ。それなのに理不尽に当たられた白幸は悲しそうに「仕方がない」と言うだけで決して叱りはしないのだ。そして、その手の報告は今日も俺のもとに届いている。
「彰、白幸に刀を投げたらしいな」
俺のベッドでイラついた様子で足踏みをする彰に声をかける。聞こえていないはずはないのだが彰は答えない。DDHが言うには言葉が咄嗟に出ないだけで、彰には彰の言い分があるとのことだが関係ない。仲間に刃を向けるなんてことはあってはならない事だ。
「彰」
呼び掛けても彰はこちらを見ようともしない。そして布団を踏み固めることに飽きたのか、ベッドの上に転がった。衝撃でギシリと鳴ったベッドを彰は片足の先でポンポンと叩く。その仕草は【あきづき】の飼い猫にそっくりである。あくまで話に耳を貸さない心積もりのようだ。
「いくら嫌いでも、白幸は仲間だ。日本の海上自衛隊のDDHの【しらね】だ。それを傷つけるなら俺はお前を許さない」
彰の肩がピクリと揺れ、顔がやっとこちらを向いた。その目はどこまでも広がる夜の海のように静かで、感情を読み取ることはできない。
「……それにお前、いつか後悔するぞ」
彰は拗ねたようにふいっと顔を背けてしまった。俺の警告が効果を発揮するかは分からない。だが、伝えなければならないと思ったのだ。
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