第二章 しおりと少女

第1話

 異世界に転生して、早1ヶ月。私は毎日充実した生活を送っている。朝起床し、顔を洗い、女将さんの美味しい朝ごはんを食べ、仕事に出かける。

 

 最近は薬草採取だけでなく、角ウサギの討伐依頼も受けている。初めのうちは、生き物を殺すことに忌避感があった。でも、それが私たちを生かしてくれている。そう思い、感謝しながら狩りをしている。

 

 そんなこんなでお金は貯まり、防具やナイフなどの装備はしっかりと整ってる。

 今は遠距離攻撃はシルヴィアの魔法頼みなので、いずれ私も魔法のスクロールを買って魔法を覚えるつもりだ。

 

 この世界では魔法を使えるのは珍しいらしい。魔法適正スキルは滅多に出てこないもので、スクロールも初級魔法のものでも、数10万ゴールドはするため、平民にはなかなか手が出せないものみたいだ。


 この世界は貧富の差が激しい。私が今いる国であるエクシード王国は周辺諸国よりも貧富の差はマシみたいだ。多種族国家でもあり人種差別は厳罰が処されるらしい。

 他の国では人族至上主義だとか、亜人差別や奴隷などたくさん負の面があるそうだ。

 

 日本での価値観や倫理観を持っている私としては、忌避感を感じ得ない。しかし、この世界では珍しいことではなく、私1人の力ではどうすることもできないだろう。


 旅をしながら世界を見てみたいと思う私にとって、いずれ向き合わなければいけない問題なのは確かだ。


 


##



 私とシルヴィアは街より少し離れた森の中を探索している。冒険者ギルドから指名依頼が来たためだ。最近森に出る魔物の数が少しおかしいと冒険者からの情報がギルドに届けられた。しかも、普通なら森の深いところにしか見られなかったものも、浅いところに出てきているようだ。

 

 そのため、依頼を受けておらず、なおかつ森の探索に向きそうな私たちにその原因の調査を依頼されたのだ。

 戦闘能力はここ1ヶ月、ギルドの講習会に参加して、基礎は体に叩き込んだ。基本装備は短刀で投げナイフも用意している。身体強化スキルもあることだ。不足の事態になっても逃げることはできるだろう。

 

 そんなこんなで依頼を受諾。森を探索し始めてから、3時間が経過しようとしている。

 道中、動物や魔物を複数見たが、特に変わった様子がなかった。強いて言うなら、何かを気にしているような気がした。私たちが近づいても、気づかずに森の中心の方に意識を向けていたみたいだ。


 「そうね。森の奥の方から何か強い魔力を感じるわ。動物たちもそれを感じ取っているんじゃないかしら。」

 「魔力か……。」

 

 そうすると、強力なモンスターが生まれたのが、森が荒れている原因かもしれない。


 「一旦引き返した方が良いかもしれないわね。あなたはどう思う?」

 「たしかにこの魔力の大きさから考えると、このままいくのは少し危険かもしれないわ。」

 「とりあえずギルドに報告に行くわよ。」


 私たちは一旦ギルドに報告しようと思い、森を後にした。森を出て街道を通り門についた。

 

 「よう、お疲れさん。仕事の方は順調か?」


 以前あった門番さんだ。


 「はい。やりがいがあって楽しいです。」

 

 「そうかそうか。でも、危ないと思ったらすぐに逃げるんだぞ。命あってのもんだからな。」


 「はい。ご忠告ありがとうございます。気をつけたいと思います。それじゃあ、ギルドに報告に行くので失礼します。」


 「おう。頑張れよ!」


 そのまま私たちはギルドに直行し、受付に向かった。ギルドは混んでいるのか、少し騒がしかった。

 いつものカウンターに行くと、マリーさんが笑顔で迎えてくれた。


 「お仕事お疲れ様です。依頼の報告ですか?」


 「ええ……。ちょっとまずいことになりそうなんだけど……。ギルド長も含めて、話せない?」


 「……分かりました。2階の個室にご案内します。」



 私たちは2階の個室に案内された。個室は小さなテーブルと向かい合うソファーが置いてあるだけのシンプルな部屋だ。

 

 マリーさんが出してくれた紅茶を飲みながら待っているとギルド長がやってきた。この人はまだ凄腕冒険者だったらしく、今も現役で活躍できそうなほどごつい体をしている。ちなみに40代で若い奥さんがいるらしい。しかも美人で凄くラブラブなんだそうだ。

 

 「待たせたな。それで、森に何か異変が起こったか?」


 「はい。森の奥地の方に、強い魔力の反応がありました。動物などもその魔力を気にしている様子でした。多分その魔力に怯えて、魔物たちも森の浅いところに出てきているのではないかと思われます。」


 「魔力の反応?魔法の適性があるのか?」


 「はい。それで、魔力を感じ取ることができました。」


「そうか……。森の奥地まで入ってないんだな?」


 「すいません。私の手にはおえなそうだったので、安全優先で引き上げてきました。」


 「あぁ、攻めてる訳じゃねーよ。しっかりと自分の力量がわかってて、撤退できたんなら、それが一番だ。今のは単純に確認ってやつだな。それで、魔力に怯えたものが森の入り口まで押し出されてるようなら、この先まずいことになるかもしれないな……。」



 ギルド長は難しい顔をしながら、少し考えをまとめている。そんな、ギルド長を見て、マリーさんは何か思い当たることがあったみたいで、ハッとした顔をした。



 「ッ!まさか……、魔物氾濫スタンピードが起こるってことですか!?」


 「そのまさかが起きるのかもしれない。」


 「魔物氾濫スタンピード?」


 「ああ、知らないのも無理はない。そんなこと滅多に起きないからな。魔物氾濫スタンピードとは、魔物が増えすぎることによって森から魔物が溢れ出す現象のことだ。以前起きたのは20年前だ。その時は、100匹くらいの魔物が、溢れていた。街に被害は及ばなかったが、討伐に出ていた冒険者の3割が亡くなってしまった。数の暴力はとてつもない。それがまた起きようとしているんなら、今度こそ犠牲を最小限にしておきたい。」



 そう言って、昔とことを思い出したのか、悔しそうな顔をしている。もしかしたら、ギルド長もその時の討伐に参加していたのかもしれない。だからこそ、その脅威が一番わかっているのだろう。


 

 「そうするとギルドはどのような対策をするんですか。」


 「そうだな。まず、情報が足りていない。なので、腕利きの冒険者パーティーに斥候を務めてもらう。マリー、今この街にいる冒険者で任せられそうなものはいるか?」


 「斥候となると、《赤羽の蝶》はどうでしょうか。猫獣人のパーティーなので、身体能力的にも、この依頼向きかと。」


 「そいつらに指名依頼を出しといてくれ。依頼内容は森の奥地で起きている異変の調査及び、魔物氾濫スタンピードの可能性の調査だ。」


 「わかりました。その内容で依頼書を作成します。」


 そう言ってマリーさんが部屋を出て行こうとすると、ギルド長は少し考えて


 「いや。もう一つ付け加えてくれ。その依頼に同行者をつける。なので、そいつの援護も頼む。」


 「はぁ、それで誰を同行者にするおつもりですか?」



 するとギルド長は私の方を見て、ニヤッと笑った。これはもしかすると……。


 「ここにいるしおりに行ってもらう。」



 はぁ……、やっぱり。


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