第一章 休暇のすすめ

第1話

 そこは中世ヨーロッパ風の建物が立ち並ぶ街の中だった。ガヤガヤと市場の喧騒が響きわたり、とても活気がある。すれ違う人を見れば、普通の人はもちろんのこと、頭に獣耳をつけた女の人や、髭を蓄えた小さな男の人。

 耳が長くとんがっている人やトカゲのような鱗を生やしている人など、多種多様な種族の人々が行き交っている。

 

 

あまりの違いに呆然とそれを眺めている私に構うことなく肩の上に止まっている小さな鳥が口を開く。


 「ねえねえ、シオリ。早速おいしいものを探しに行きましょう!」

 

 はぁ……。

 なんでこんなことになっているのだろう。





#3日前#


 



 私は神部しおり。27歳独身。ブラック企業に勤めてもう4年も経つ。会社ではサービス残業、有給なしは当たり前。パワハラも普通のように行われ、それで会社を辞めていく人も多い。

 

 私も4年勤め、部下を持つ立場にもなったが、限界を感じ会社を辞めることにした。会社に残る部下たちには申し訳ないが、辞めた後はしばらく休みを満喫するつもりだ。

 

 これからあの職場で働かなくて良いとなると開放感のあまり大声で叫んでしまいそうだ。


 読もうと思って積んだままになっているラノベを読んだり、大学生のとき以来行くことのできなかった旅行に行くのもいいかもしれない。

 

 そう私は希望に満ち溢れた未来のことを考えていたはずだ……。

 はずなのだが、気づいたら机とパイプ椅子だけがポツンと置いてある真っ白な空間にいた。


 そして私の目の前にはこの世のものとは思えない程の美人がいた。

 すらっとした長い足、モデル体型のようで出るところはしっかりと出ている。

 髪は静かな輝きを放つ白銀色、そして瞳は大海を思い起こさせるような碧色をしている。

 私が見惚れていると、その人はおもむろにこう言った。

 

 「混乱するかもしれませんが、単刀直入に申し上げます。私は中級神ナリアと申します。ここは死後の世界であり、あなたは先ほど亡くなってしまいました。」


 そう言われた途端、頭の中に記憶が流れ込んできた。

 

 そうだった。私は居眠り運転の車に轢かれて死んだんだ。せっかく会社を辞め、これから自分の好きなことをしようと考えていた矢先にこれか……。何かに負けた気がして悔しくてならない。


 「心中お察しいたします。そんなあなたには、これからのことを選べるチャンスが与えられます。」

 「裕福な家庭に生まれ直しますか?それとも天才と呼ばれるような才能を持って生まれなおしますか?あなたは何を望みますか?」


 産まれ直せるのか。でもせっかくなら、いろんなところを旅してみたいな。おいしいものを食べ、きれいな景色を見てみたい。でも、転生ってことは記憶は無くなってしまうのよね。


 「あの。転生したら記憶は無くなってしまうのですか?」 

 私が不安そうに言うと、ナリア様は、


 「記憶をなくしたくないのであれば、地球とは別世界への転生をお勧めします。いわゆる異世界転生ってやつですね。その世界は地球とは違い、剣と魔法の世界になります。ステータスが存在し、魔物を討伐するなどするとレベルが上がる仕組みです。」

 

 「その世界の住人は一人一つ職業を持っています。成人の時に教会で職業が神から与えられます。」

 

 

 なるほど。ファンタジー世界でゲームのようなステータスがあると。 

 

 私の好きなラノベの異世界ものに出てくるような世界ってことか。そちらの方が私好みだ。迷う必要などない。

 

 「私は異世界転生をしたいと思います。歳は今よりも少し若めで。」 

 

 せっかく転生するのだから、若い方がいいでしょう。



 「少しでも良いので魔法が使いたいです。」

  

 やっぱり、魔法はロマンだからね。これは絶対に外せない。

 

 

 「あと、せっかく転生したのにすぐに死ぬのは嫌なので、少し頑丈にして欲しいです。」

 

 病気とかにかかったりしたら、洒落にならない。医療が発達しているとは限らないし。

 旅をするんだから、きれいなところばかりじゃないと思うからね。

 これで私の希望は全て言ったかな。そうナリア様に伝える。

 

「承知いたしました。ではステータスはこちらの方で調整いたします。向こうの世界のある程度の知識も付属させておきます。最後に職業の選択をお願い致します。」

 

 どんな職業にしようかしら。選択欄にあるのは、

 ・戦士 ・魔術師 ・弓術士 ……etc.


 うーん。たくさんありすぎて迷うな。

 一人旅は寂しいから、旅のお供が欲しいなかな。1人のとき魔物に襲われたら、やられちゃうかもしれないしね。

 そんなことを考えていると一つの職業が目に入った。

 ・テイマー

   動物や魔物を使役することができる。


 私にうってつけの職業じゃない!!

 これにしましょう!!


 「ナリア様。職業はテイマーにします。」


 これなら、転生した後も一人ぼっちでいることなく楽しくすごすことができそうだ。


 「それではさっそくですが転生の儀に移りたいと思います。しおりさん、この円の中心に立ってください。」

 

 ナリア様に示されたところには、巨大な魔法陣のようなものが敷かれていた。

 私がそこに立つと、円が眩いほどの光が溢れた。



 「神部しおりさん。2度目の人生を楽しんでくださいね。」

 「はい。ナリア様、ありがとうございました。」


 そう言って、私は新たなる人生への第一歩を踏み出した。



##




さわさわ。さわさわ。


 恐る恐る目を開くとそこはあたり一面草原だった。そよ風や暖かい日差しを感じる。どうやら私は無事に転生できたようだ。


さわさわ。さわさわ。


 「うーん、風が気持ちいわね!」


 

 さわさわ。バッ!


 「うわっ!!」


 草むらから急に何かが飛び出してきた。

白い毛玉みたいなものだ。何かと思い、覗き込むとツノの生えたうさぎがそこにはいた。


「ほんとに地球じゃないのね……。」


 これからどうするかをぼんやりと考えていると、目の前にパネルが出てきた。

 

神部 しおり(15)Lv1

HP 120/120 MP 30/30

 

 職業 テイマー

 

 称号 異世界人 神$し%も〒€


 固有スキル 使役Lv1 意思疎通Lv1


スキル 鑑定Lv1 身体能力強化

     魔法適正(火、水、土、風属性)

     アイテムボックス

 

 ギフト有り 「召喚」と唱えてください

 

 

 

 おお!ゲームとかにあるステータス画面みたいなものね。なんだか、こういうのを見るとワクワクするわね。

 魔法もちゃんと使えるみたいだし、後で試してみよう。

 それと、鑑定か。これはそのままの意味でいいのよね?

 

 「鑑定」


 私が声に出すとこんな画面が表示された。


 ・草

   

 

 こんな感じで表示されるのね。これも後でじっくりと検証しましょう。

 色々とステータス画面を見ていると、下の方に他のものとは少し違うものが表示されていた。

 

 おや?ギフトってなんだろう?

とりあえず、となえればいいのね?

 「えーと?召喚?」


 そう唱えると、目の前に小さな魔法陣が現れた。


 「うわ!眩しい!」


 その輝きは段々とつよくなり、しばらくしておさまった。

 目を開けるとそこには、白銀の羽を持つ小さな鳥がいたのだった。



 

#sideナリア#


 


 「ふー、言ったわね。」


 「はい。あの方も、二度目の人生を楽しんでくれたら良いですね。」


 天使ちゃんはしんみりとした顔をしていた。



 「大丈夫よ。ちゃんと楽しんでくれるはずだわ。」

 「そうですよね。今度こそ神による介入が起こる訳ないですから。」



 ごめんね。天使ちゃん。

 そういうことではなく……。


「私も地上に行ってサポートするからね!!!」


 「え?!」


 天使ちゃん。女の子がその顔をしては男が逃げてくわよ。



 「ちょっと待ってください!どういうことですか!?」

 「あの子が選んだテイマーって職業、初めの一体だけはノーリスクで、使役することができるのは知っているわよね?」



 そういうと天使ちゃんは、


 「はい。特殊転生によるギフトですよね?」

 


 そう。特殊転生には、どの職業にもギフトというものがつく。テイマーの場合はどんなものでも初めの一体だけは必ず使役できるというものだ。



 「そうよ。どんなでも使役できる。それってつまり、神も使役できるってことじゃない?」


 すると天使ちゃんは顔を青ざめた。


「ナリア様。もしかして、テイマーの使役欄にご自分の名前を書かれてはいませんよね?」

 「あははは!いやだな天使ちゃん「そうですよね。書くわけ」書くに決まってるじゃない!」


 天使ちゃんの顔は青色を通り越して、もう真っ白だ。お!今度はタコみたく赤くなってきた。


 「なんてことをしたんですか!!!これは大問題ですよ!!神が人間に使役されるなんて!!!」


 「良いわよ別に。誰もかまいやしないわ。所詮中級神ですもの。それよりも、私にとっては休みの方が大事なのよ!!」


 そうよ!これを逃したら今度はいつ休めるかわかったもんじゃないわ!!


 2人で言い合いをしていると、それを中断させるかのように、私の周りを転移魔法陣が包み込んだ。


 「ごめんね天使ちゃん。呼ばれてるみたいだから、あとのことはよろしくねー!」

 「待ってください!ナリア様!お戻りください!ちょ…、ちょっと…、ちょっとま…、ちょっと待てって言ってるでしょー!!!」


 なんか天使ちゃんらしくない叫び声が聞こえたな。空耳かな?まあ良いか。

 ついに溜まりに溜まった疲れを癒すときがきた。


 

 


 

 

 

 

 

 

 


 

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