第18話:偽装カップルの仲直り「ダメ──────────ッ!!!!!」

「はぁ……」


 せっかくの勉強会なのに空気が重い。それも全部私のせいだ。私の頭がポンコツなせいでまた、青北のやつを怒らせてしまった。


「なぁ、燈理」


 そのせいでせっかく陽くんがマンツーマンで教えてくれているのに、集中ができない。


「青北と何かあった?」


 ドキリと心臓が跳ねた。


「ど、どうして?」


 私は平常心を装って、陽くんに理由を尋ねる。


「いや、さっき青北と勉強してた時、なんだか変だったからさ。いや、今もか」

「それは……」


 少し、表情に出しすぎていた? 陽くんの前なのに落ち込むなんて私らしくもない。陽くんに青北とケンカ中であることは話していなかった。


 一花が今日、この勉強会を開催した理由は、青北と私で陽くんを嫉妬させるためだ。それには青北との仲直りが必須だ。だけど、それを理由にして、青北と仲直りをするのは何か違うと思った。


 別に仲直りがしたくないわけじゃない。なんだかそれだと私が青北を利用している様に感じたのだ。いや、それはカップルになった時からの事実なんだけど、なんていうか……とりあえず、本当に私が悪いと思っていると伝えたいのだ。作戦の妨げになるからと仕方なく、謝っていると思われたくない。


「何かあったんなら相談に乗るけど」


 陽くんはあちらのローテーブルでワイワイと教え合う、青北たちを一瞥し、私にだけ聞こえるくらいのボリュームで話した。


 でもそんな私の個人的な事情を陽くんに話して心配もかけたくないと思った。


「ううん、大丈夫」


 私は努めて笑顔でそう返す。陽くんはきょとんした顔をすると、「そうか」と小さく頷いた。


「じゃあ、勉強教えようか? 燈理今回も危ないだろ?」

「うん、じゃあ……」


 だけどここでまた一つ。

 先ほどの青北とのやりとりを思い返す。

 青北に教えてもらっていたのに私が全く理解できていなかったことを。


 今までもテストの時、私は陽くんに頼りっぱなしだった。私が陽くんに勉強を教えてとお願いすると嫌な顔せずに教えてくれた。私がわかる様になるまで丁寧に。自分の勉強だってあるだろうに。


 それも今にして思えば、自分本位だったのかもしれない。陽くんなら許してくれるから。陽くんならきっと私と勉強できて嬉しいから。そんなことを独りよがりに考えていた。


『そういう自分勝手で押し付けがましいところが桜庭に嫌がられる原因だって言ってんだよ』

『それってただの自己満だろ』


 ああ。その通りだ。

 全部、自分の我がまま。何一つ陽くんの都合なんて考えてなかった。

 その結果が、前のあれだ。廊下で青北とカップルであることを宣言したとき。怒らない陽くんが珍しく怒鳴った。


 あの時も陽くんの都合なんて考えずに私は──


「燈理?」

「え?」

「どうしたの、固まって? わからないところあれば教えようと思うんだけど」

「ううん。大丈夫。今までごめんね。今回は自分でがんばってみる」

「……!」


 変わろう。少しずつでいいから。自分の力で頑張ってみよう。

 これが自分本位とは関係ないことは百も承知だけど、これは自分を変える第一歩。まずは自分で頑張ってそれでどうしても分からなければ陽くんに助けを求めよう。よしっ! 頑張る!! 後で、ちゃんと青北にも謝る! 勉強終わったら、謝る……。


「そうか、珍しいな。頑張れよ」

「うん!」


 それから私はいつもでは見せない様な集中力を発揮し、勉強にのめり込んでいった。



 ◆


「なぁ、勉強中悪い。燈理と何かあったのか?」

「うぉ!?」

「あ、桜庭くん!」


 俺と葉月で勉強中に間に入ってきたのは、桜庭だった。初めて桜庭から能動的に俺に話しかけてきた気がする。


 先ほどまで東城と一緒に勉強中かと思ったが、終わったのか?


 そう思い、ダイニングテーブルの方を見ると一人でなにやらブツブツ言いながらすごい勢いで勉強をしていた。


「ああ。燈理、一度集中するとすごいんだ。周りが何も見えなくなるっていうか……」


 それは分かる。だって桜庭のことに集中すると周り全く見えてないもんなアイツ。


「勉強でああなるのは初めて見るけどな」


 確かに、アイツの頭の悪さは筋金入りだと感じた。それがどうしてあんな風になってしまったのか。そこに検討は付かなかった。桜庭効果か?


「それで、話戻すけど何かあったのか? 燈理の様子が変だったから」


 特に言うつもりはなかったけど、桜庭に気づかれた以上、バレるのも時間の問題だと思った。

 葉月は俺の横で頭にハテナを浮かべながらこちらを見ている。

 史哉と田崎はというと……。


「あっ、どうぞどうぞ。話を続けて」


 白々しくもこちらと目が合うとそう言った。俺はため息を小さく吐き、言うことにした。


「いや……まぁ……そのケンカしたっていうか……」

「ええ!? あかりちゃんとケンカしたの、こーちゃん!?」


 声が大きい!! 慌てて、東城の方を見るも東城は相変わらず、集中モードだった。よかった。


「ああー、なるほどな? ケンカか。どうせ、燈理のことだから何かしたんだろ? 悪いな」

「なんでお前が謝るんだよ」

「違うのか?」

「違わないけど……いや、違うな。今回のことは俺が悪かったよ。その……東城に結構、酷いこと言っちまったし……」


 俺も罪悪感は感じていた。あの時は言わなくていいことまで言ってしまったと。

 東城が傷つくとわかってて酷いことを言ったという自覚があり、顔を合わせ辛かった。


「まぁ、それでも青北にそう言わせた原因は燈理だろ?」

「……」


 アイツのことをよく分かってらっしゃる。流石幼馴染で。


「やっぱり東城のことは心配か?」

「……そりゃ心配だよ。幼馴染に初めて彼氏ができれば尚更な」


 どこか物憂げな表情を浮かべる桜庭。

 くっそ、絵になるほどイケメンだなこいつ。消しカス投げてやろーか?


 だがその表情は……。桜庭はやっぱり……?


「なんつーか、お前いいやつだな」

「なんだ、今頃気がついたのか?」


 桜庭はフッと効果音の出そうな素敵笑顔をこちらに向けてきた。女子なら失神モノの笑顔だ。


「そういうのは、顔は女子に向けろ。これだからイケメンは嫌いなんだ」

「はは、悪いな」

「否定しないのがなおのことムカつく」


 後で写真撮って女子に売り捌いてやる。そう誓った。



「なんだか、男の友情って感じがするねっ!!」


 それを聞いていた葉月がそう答えた。

 何見てそう言ったんだよ……。


 それから桜庭はまた、ダイニングテーブルの方に戻り、勉強をし始めた。


 すると今度は葉月がこちらに小さな声で尋ねてきた。


「ねぇ、あかりちゃんと仲直りしないの?」

「いや……まぁ?」

「ダメだよ、ちゃんと仲直りしないと」

「そうだけど、なんていうかキッカケがな」


 俺は少しだけ照れてしまい、後頭部をガシガシと掻いた。

 葉月はそんな俺を見つめていた。


「どうした?」

「っ! ううん。なんでもないよ! それなら仲直り、私に任せて!!」

「……なにするつもりだ?」

「ふふ、それは秘密!」


 胸を張って自信満々にそう答える葉月。その顔はどこか、寂しそうにも感じた。


「今はとりあえず、勉強ね!!」


 ……考えすぎか。



 そして勉強会を始めてからかなり時間が経った。

 もうこれ以上は集中力が続かない。そう思い、顔を上げると……。


「いっちゃん、ちょっと膝を貸してや」

「もう、仕方ないなぁ、はい。おいで」


 二人のバカップルがいちゃついていた。おい、よく人ん家でそんなことできるな? 葉月も目の前の友人カップルの珍事を前に、耳を赤くしながらも勉強しているフリをしてチラチラと見ている。


 葉月も集中力が切れてきたようだ。というか切らされた。


「んあ〜〜〜っ!!」

「な、なに!?」


 そして突如、ダイニングテーブル側から聞こえた声で我に戻った。それに葉月も驚いている。


 声の聞こえた方を振り向くと、東城が体をグッと伸ばしている。


「べんっきょうしたっ!! あっ……」


 東城は明るくそう言い放った。まるで俺たちがいることなど忘れているようだ。そして周りを見渡してから俺たちのことを思い出したように小さく声を漏らした。


 本当に集中してたんだな。


「燈理、かなり集中してたな。結構捗ったんじゃないか?」

「え? うん、まぁ……」


 東城は桜庭にそう言われ、少し照れていた。


「じゃあ、みんなの集中が切れてきたところで俺は帰るとするよ」

「え!? もう!? ご飯食べて行かないの!?」

「いや、流石に悪いしな」

「……分かった」


 東城にしてはやけに素直に潔く引き下がった。


 そうして桜庭が勉強道具を片付け、カバンを手に取ろうとした時、今度は葉月が声を上げた。


「ちょっと待って!! 桜庭くん!」


 まさか葉月が桜庭を呼び止めるとは誰も思っておらず、みんな驚いた顔をして葉月の方を見る。

 葉月はみんなの視線が集まったところで立ち上がった。


「桜庭くんが帰る前にちょっとだけ!! 言いたいことがあります!」


 な、なにを言うつもりだ? まさか……? 桜庭と付き合ってますとか……? いや、ないか。ないよな……?


「それは……」


 固唾を飲んで葉月を見守る。


「こーちゃんからです!」

「……はい?」

「ほら、こーちゃん立って!」

「な、なんだよ、いきなり!?」


 俺は葉月に無理やり立たされる。そして今度は視線が俺に集まる。


「ほら、あかりちゃんにちゃんと言わないと! 仲直り!!」

「ッ!?」

「え!?」


 ええ!? 言いたいことってそれ!? いや、そんなみんなの前で言わなくても……東城も急に名前を呼ばれたことに戸惑っている。


「ケンカしたらごめんなさいでしょ? ほら東城さんもこっち来て!!」

「ええ!? ちょっと、涼宮さん!?」


 今度は東城を無理やり連れてくる。

 そして俺と東城を正対させる。


「ほら!」


 まるで審判にでもなったかのように俺たちのポジションを確認し、謝るように促す。

 何の競技? 早謝り選手権?


 真摯な目つきでこちらを見つめる葉月。

 まさか、こんな形に持ってこられるとは。葉月恐るべし。


 俺は東城に向き直った。


「東城」

「は、はひっ」


 俺の呼びかけで何故か噛む東城。緊張してるのか?


「悪かった。あの時は言いすぎた」


 俺は頭を下げた。みんなの視線が俺に突き刺さっているのが分かる。少しだけ顔が熱い。


「か、顔を上げて……」


 東城の言葉に従い、下げていた頭をあげる。東城も少し顔を赤らめ恥ずかしそうにしている。


「わ、私こそごめんなさい!」


 そして東城も俺と同じ様に頭を下げた。


 俺たちは初めて仲直りをした。


「やっぱり、カップルは仲がいいのが一番。……全く世話の焼ける弟だなぁ」


 葉月が小さくそう呟いた。

 その顔はどこか切なそうだったのは気のせいだろうか。


 ……でもよくよく考えてみれば、そもそも別に本当にカップルというわけではないのでなんだかすごく葉月に心配をかけてしまったのが申し訳ない。桜庭にも。


「じゃあ、仲直りしたと言うことで仲直りのキスいってみよー!! それキース、キース、キース!!」

「キース、キース、キース!!」

「なっ!?」

「お前らっ!?」

「きっ──!?」


 唐突に史哉と田崎に囃し立てられる。カップルいじりだ。

 何考えてやがる!?

 史哉たちは楽しそうにニヤニヤと笑っている。


「ほらほら、さっさとしちゃえよ」


 史哉と田崎は立ち上がって俺と東城を再び、先ほどと同じポジションにつかせた。そしてグッと俺たちの体を押し込む。


「ま、待てっ!?」

「い、一花!?」


 こいつら俺らが偽装カップルってわかってんだよな!?


 必死に抵抗するも史哉たちの力は割と強く、俺と東城の顔が近づいていく。

 まずい。このままでは本当に……。


「お前らその辺に──」

「ダメ──────────ッ!!!!!」


 俺と東城の間を葉月が割って入った。


「は、葉月?」

「はぁはぁはぁ……ダメ! こーちゃん! そういうのはダメっ!」

「んん〜はづはづ、何がダメなのかな〜?」

「ダメったらダメなの! 人前でそういうのはダメっ! は、はしたないから!!」


 珍しく葉月が取り乱している。


「ほう、はしたないか」

「と、とりあえず。そういうのは誰もいないところでするのっ! みんなの前でしちゃダメだからね! いい、こーちゃん!!」


 あれ? なんで俺が怒られてるの?

 悪いの史哉たちだよね?


「まぁ、私たちは誰の前でもできるけどね! ふみくんとして見せようか?」

「おお。ええで?」

「だ、だめ! 不潔!! あかりちゃんも何か言ってあげて!!」

「ええ!? 私!?」


 どうやら葉月のターゲットは俺から史哉たちに移ったらしい。先ほどの俺と同じ様に説教をしている。


「? どうした、桜庭?」


 そこで俺はこちらを見て、何かを言いたそうにしていた桜庭に気がついた。


「いや、なんでも……俺、帰るわ」

「あ、陽くん待って! 見送るよ!」


 そう言って、東城は桜庭を見送りに行った。


 それから程なくして俺たちも解散となり、その日勉強会は終了した。

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