第17話:偽装カップルとテスト勉強「いえええええい!!!」

 土曜日。俺と葉月は二人で東城の家へと向かっていた。


「あかりちゃんの家初めていくけど、どんなところかな!」

「別にふつーの一軒家だったぞ」

「なっ!? こーちゃん、もうあかりちゃんの家に行ったことあるの!?」

「あるけど……」

「そ、そうなんだ……」


 別に普通に家まで送っただけだけどな。というか今向かってるけど。

 葉月の声が小さくなった気がした。


 それにしても、本当に気が乗らない。


 東城と図書室でケンカしてから俺たちは一言も話していない。それなのになぜ、東城の家に行くことになったのか。というのも史哉のやつがテスト勉強をしようと言い出したからだ。

 俺はてっきり、史哉と二人でするものかと思っていたら前日になって、東城の家で田崎と桜庭も一緒にするということになっていた。

 それを聞きつけた葉月が、「わ、私も!」と手をあげて参加することになったというわけだ。


 それに対し、初め田崎は少し渋ったが、葉月がなぜかハブられそうになっているのが可哀想だったので俺が葉月の味方をし、参加する運びとなった。


 田崎と葉月でケンカでもしたのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。これも嫉妬作戦の一環の様だ。だからある意味、不穏分子である葉月がいることによって場が荒れないかを田崎は危惧した様だった。


 まぁ、田崎の気持ちも分からなくないが場が荒れるってどんなだ? 葉月と桜庭がいい感じになるみたいな? 大丈夫だろ、多分……。あ、でも前のこともあるし……。


 俺は不意にゴールデンウィーク二人が一緒にいたことを思い出した。


 しかし、葉月本人が桜庭とは何にもないと言っているのだから大丈夫だと思う。それにそれを理由に葉月だけ仲間外れというのは、心苦しかった。


 だが、問題はそこではない。

 俺は今東城と絶賛ケンカ中である。だからできれば参加したくはなかった。そんな状態で桜庭を嫉妬させることもできるとは思えなかった。そのことを田崎には伝えたが、田崎は、「うんうん! ちょうどいいねっ!!」と訳のわからないことをほざいていた。


 よって俺は今とてつもなく憂鬱である。


「も、もしかしてもう部屋でその……」


 考え事をしていたら葉月がチラチラとこちらを見ながら聞いてきた。


「なんだ? 部屋で?」

「あかりちゃんの部屋で…………スとかしたの?」


 ごにょごにょっと葉月が言うものだから最後の方が聞き取れない。


「なんだ、はっきりと言ってくれ」

「だから!! キスとかしたのっ!?」

「なっ!?」


 葉月は顔を真っ赤にして叫んだ。

 どんな質問が飛んでくるかと思ったらそういうのね……。やはり、葉月も女子高生ということで他人の色恋沙汰というのは気になる様だ。それも幼馴染なら当然か。


「してねーよ。誰がするか」


 東城と? 考えたくもないね。今の俺に東城の話題は禁句。別にそれほど嫌いってわけではないが、なんかケンカ中なのにそんな話をする気にもなれない。いや、実際にしてないからね?


「ほ、ほーん? そうなんだ?」


 なんだ葉月のやつ。急にご機嫌になったな。


「まぁ、そんなことだろうと思ったよ。こーちゃん、そういうのヘタレそうだからね!! えへへ!」


 なんて素敵笑顔。そんなに俺のヘタレ具合が嬉しいのかよ、この幼馴染は。

 というかそもそも部屋すら入ったことないからそこから勘違いしてるからね?


「はいはい。もうそろそろ、着くぞ」



 なんてことのない幼馴染トークをしているうちに俺たちは東城の家へと着いた。

 そういえば、今日はあのお姉さんはいるのだろうか。


「……」


 俺はインターホンの前で固まっていた。非常に億劫だ。


「どうしたの? 押さないの?」

「いや……」


 葉月にはケンカ中ということを話していない。余計な心配をかけたくなかったと言うのもあるし、別に本当に付き合っているわけでもないため、一々言うことではないと思ったのだ。

 それにこういうのってなんだか幼馴染には話しづらい。絶対偉そうに説教してくるのが目に見えてるしな。


 葉月に変に勘ぐられても嫌だと思った俺はできるだけいつも通りを装う。そして、インターホンを鳴らした。


 ピンポンと短い電子音の後に、マイクから音が聞こえてきた。


『開いてるから上がってー!!』


 その声は東城のものではなかった。


「あれれ? 一花ちゃん早いね」

「こういうの好きそうだしな、あいつ」


 俺たちは鍵のかかっていないドアを開き、東城家にお邪魔した。



 玄関に入った俺たちにお出迎えはなく、俺たちは声の聞こえる方へと様子を窺いながら進む。

 おそらくリビングの方だろう。廊下をまっすぐ行った扉の向こうから元気な田崎の声が聞こえてくる。


 そしてリビングへと通ずるドアを開けた。


「お邪魔します」

「お邪魔しまーす!」

「あ、どうぞ、上がって上がって!!」

「一花! ここ私の家なんだけど?」

「にゃはは、気にしないしない!」


 リビングではすでに勉強会が始まっており、四人で地べたに座り、大きな机を囲っていた。

 東城は俺たちが入ってきたと同時に立ち上がり、出迎えた。


「ごめん、こっちの机は四人までしか座れなくて……。そっちのダイニングテーブル使ってもらってもいい?」

「うん、分かったよ!」

「っ!!」

「?」


 東城は葉月にそう言って、俺と目が合うと気まずそうに視線を逸らした。葉月はそれを見て、首を傾げていた。

 やれやれ。


「葉月、座ろう」

「……? うん!」


 俺と葉月はダイニングテーブルに備え付けられた椅子を引き、座る。そして各々のカバンから勉強道具を取り出した。


「それにしてもお前ら早くないか?」


 俺はいつから来ていたのか、史哉に尋ねた。


「いや、俺らもさっき来たとこやで。なぁ、桜庭!」

「え? ああ。青北たちが来るほんの数分前だ」

「そうなのか」


 いつから史哉は桜庭と仲良くなったんだ? そんなことを気にしているうちに女子たちも仲良く話していた。

 葉月なんてさっきまで椅子に座っていたのに、田崎と東城の隣に移動しておしゃべりに勤しんでいる。


 ……勉強しに来たんだよな?


 だけど、世間話は少しだけでここで田崎から号令が入った。


「それではみんなが揃ったということで勉強会を始めたいと思います!!」

「いえええええい!!!」

「い、いえ〜い……」

「? いえーい!」


 上から史哉に東城に葉月。

 何このノリ?

 史哉はノリノリだが、東城はやらされてる感が半端ない。

 葉月はというと訳もわからずそのノリについていっているざまだ。


 桜庭は……静観していた。


「そういうわけでせっかくなのでカップルごとに席を分けたいと思います!!」

「ええ!? ちょっと一花! そんなこと聞いてないわよ!?」

「え? だって言ってないもん」


 どういうわけだ、おいこら。カップルごと? 俺が東城と? 今ケンカ中だって言わなかったか?


 俺は田崎を睨みつけると軽くウインクをしてきた。


 やろうッ!! 分かっててやってんのかよ……。くそっ、迂闊だった。田崎がいればこうなりそうなことは予想がついたはずなのに……。


「えっと、私は??」

「あ、はづはづは相手がいないから、はるとんと一緒によろしく。いいね、はるとん?」

「まぁ、いいけど……」


 そうして俺たちは田崎に誘導されるがままに、東城と二人で勉強することになった。


 ダイニングテーブルで俺と東城が二人で座り、ローテーブル側には四人で座っている。史哉の隣には田崎が、葉月の隣には桜庭がいるような位置関係だ。


「……」

「……」


 しかし、気まずい……。

 東城も同じ気持ちだろう。先ほどからこちらをチラチラと見てはいるが一言も発していない。


 まぁいい。別に無理に話す必要はない。俺は自分の勉強だけ集中していればいいんだからな。



 そうしてしばらく沈黙の中、俺は自分の勉強に没頭していった。

 しかし。


「なぁ、これはどうやるんや?」

「えっとねぇ! この化学式を使って……」


「よし、できた!」

「流石、涼宮さん。早いね」

「ううん、桜庭くんの方こそ、その応用問題やってるんだ! すごい!」


 和気藹々とテスト勉強をする、あちらグループ。

 これぞ、勉強会って感じだな。


 それに引き換え。


「……」

「……」


 俺たちは相変わらず、無言だった。

 俺が勉強中も東城はしきりにこちらの様子を窺っていた。それが分かっていながら俺から東城に話しかけることはなかった。


「ね、ねえ……」

「なんだ?」


 そしてようやく東城の方から話しかけてきた。

 おそらく、東城もあの時のことは悪いと思っているのだろう。あの性格のキツい東城が今日はやけに下手に出ている。

 しかし、そんな東城に対しても俺はぶっきらぼうに冷たく返事をしてしまった。


 東城はそんな俺を気にかけながらも口を開く。


「この問題わからないんだけど……」


 小さな声で教えを乞うてきた。

 俺は東城の指し示す問題を覗き込む。


「ああ。これはxにこれを代入して……」

「だ、大乳? へ、変態……」


 待て。なぜ代入して変態呼ばわりされなければならん?

 また、俺を怒らせたいのか? 軽く東城を睨みつけるも東城は首をひねる。


 まさか、本当に意味が分からないのか? こいつよく進学できたな……。


「はぁ。だから、これをここに──」


 それから俺は一つの問題をゆっくりと東城にもわかる様に解説して行った。


「な、なるほど……?」


 しかし、東城は一向に理解をしようとしない。流石に俺もこの前のこともあり、イライラがまた募ってきた。


「ごめん……。もう大丈夫……」

「どう考えても大丈夫じゃねえだろ」


 俺に迷惑がかかると思ったのか、東城は無理やり理解したフリをした。そんな分かりやすすぎる嘘に反論する。


「大丈夫だから……」


 東城は力なく、そう言った。

 俺もそれ以上は何も言わなかった。


 そしてまた無言になった。


 そんな俺たちの間に広がる空気を読まずして、田崎が宣言した。


「はい、それではここで席替えを発表致します!!」


 合コンか!!

 心の中でツッコまずにはいられなかった。

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