第16話:偽装カップルの痴話喧嘩「うるさいうるさいうるさいっ!!」

 ゴールデンウィークが終われば、我々学生には試練が訪れる。

 そうそれは、中間テストという名の試練である。


 俺たちの通うこの高校では、中間テストが五月の半ばから三日ほどかけてある。

 つまり、ゴールデンウィークが終わりを告げると同時にすぐにテスト期間がやってくるのだ。


 ちなみに言えば、俺の成績は中の上。可もなく不可もなくと言ったところだ。

 ところが俺の幼馴染といえば、学年でも1、2位を争う天才で常にテストの点数は100点か、悪くても95点を下回っているところは見たことがない。


 ちなみにそんな彼女と首位争いをしているのは、俺の彼女(偽)の幼馴染こと、桜庭陽都である。

 イケメンな上に運動ができて、さらには勉強まで。天は二物を与えないというがそれは大きな間違いだ。桜庭の場合、三物も四物も与えられている。


 そしてそんなスーパー幼馴染に勉強をいつも教えてもらっているという俺の彼女(偽)はというと……下から数えた方が早い順位であった。つまり、アホなのだ。AHO。


 そしてこんな状況下でも俺たちの作戦は続く。

 あのゴールデンウィークのデート以来、東城に桜庭との様子はどうかと窺った。すると東城は初めは、「良好よ」と胸を張って行っていたが次第に元気がなくなっていき、「陽くんがまた冷たくなってきた……」と項垂れていた。どうやら、優しかったのはゴールデンウィーク中のことだけのようだ。


 そのゴールデンウィーク中に俺のいないとこで何かやらかしていたのではないかと心配になって、何をしたか聞けば、料理作ったり、部屋を勝手に掃除したり、部活で疲れて帰ってきた桜庭に対し、無理やし背中を流しに風呂に侵入したりしたそうだ。


 そりゃ、お前……。好感度下がるよ……。

 まだまだ先は長そうである。


 話は逸れたが、俺たちはテスト勉強しなくてはならない。

 例年であれば、俺は葉月に教えてもらい、東城は桜庭に教えてもらっていたが、東城は桜庭から彼氏に教えてもらえよと言われたらしい。


 そういうわけで放課後の図書室。俺と東城は二人きりで勉強をしていた。


「うぅぅ……陽くん……」


 しかし、東城は勉強に身が入っていない。そんなに桜庭に勉強を断られたことがショックか。

 俺はというと、貴重なテスト勉強の時間をこうやって借り出されているのにも関わらず、本人のやる気がないことにイライラを募らせていた。


「あのな、東城。ショックかもしれないけど今はこっちに集中しないと。お前わかってるのか? 赤点取ったら再試だぞ?」

「……分かってるわよ、そのくらい……」


 東城は項垂れていた顔を上げ、頬を膨らまして不満そうな顔をする。


「でもいつもだったら陽くんと一緒に勉強できてたのに、なんでアンタなんかと……」

「ひどい言われ様だな。こちとらお前のために時間作って勉強教えてやってるのに」

「それは! 陽くんにそう言われたんならしょうがないでしょ? それにアンタの教え方、陽くんと違ってヘタだからわからないんだもん」


 コイツ……。これが教えてもらうやつの態度か? それに俺だってお前に比べたら成績はそこそこいい方だぞ? そりゃ、桜庭みたいに頭はよくないから教え方もイマイチかもしれないけど……そこまで言われる筋合いはない。


 東城の一言により、イライラがピークに達した俺はついに言ってしまった。


「そういうところじゃねーの。桜庭に嫌われてるの」


 ボソリ。呟き程度の大きさだ。しかし、東城の耳にはしっかりと届いてしまった。


「なんですって!?」


 バン!! と机を叩く大きな音が響く。東城は怒りを露わにする。逆ギレかよ……。


「もう一度言ってみなさいよ!!」

「ああ、言ってやるよ。お前の、そういう自分勝手で押し付けがましいところが桜庭に嫌がられる原因だって言ってんだよ」


 このことは前々から思っていた。東城は自分本位に行動することが多く、周りのことを省みない。よく言えば、自分を持っていて芯があるともいいが、それによって被害を被っている人間がいることをちゃんと分かった方がいい。


「はぁ!? なんでアンタにそんなこと言われなくちゃいけないの!?」

「なんでって、事実だろ。桜庭は別に必要ないってことまで無視して東城がやってるんだろ? それってただの自己満だろ」

「アンタに陽くんの何が分かるの!? 分かったようなこと言わないで!!」

「分かるわ。お前のやってることは自己満! それで桜庭が困ってることいい加減気付けよ。そういうとこ直さねえといつまで経っても先に進めねえぞ!」

「……さい」

「ああ!?」

「うるさいうるさいうるさいっ!!」

「ちょっ!?」


 東城は怒りを露わにし、俺の胸ぐらを掴んだ。ヤバイ……殴られる──俺は目瞑った。


「ここは図書室です。静かにしてください!!」


 冷や汗を流しながら横を向くと、東城より怖い顔、鬼の形相をした司書さんがいた。


 それには流石の東城も引き下がり、手を離した。


「ったく。付き合いきれねぇ」

「……どこいくのよ」

「帰る。一人で勉強してろよ」


 俺はそのまま荷物を持って図書室を後にした。



 久しぶりの一人での帰り道。


「まさか俺がカップルらしくケンカするとはな。これが倦怠期ってやつか」


 自嘲気味にそう呟く。倦怠期っていうのは付き合って三ヶ月からだというけど、偽装カップルの場合は、そうではないらしい。まぁ、お互い好きってわけではないのでそれも当然なのかもしれない。


「はぁ、葉月に勉強教えてもらおう」


 ため息をつきながら俺は家へと帰った。


 ◆


 マズい……。完全に青北を怒らせてしまった。

 私は一人取り残された図書室で頭を抱えていた。


 冷静になって考えてみれば、今回のは明らかに私が悪い。

 勉強を教えてもらう立場だというのにアイツに失礼な物言いをしてしまった。確かに陽くんから教えてもらった方が分かりやすいし、嬉しいのは確かだけど、それでも彼氏としてアイツも私にしっかりと教えてくれようとしていた。


 自分勝手と言われるのも仕方ないのかもしれない。

 アイツの言葉が重く、矢の様に私の胸に突き刺さった。


 押し付けがましい。

 薄々、自分でもそう思っていた。さっきは言われてカッとなって否定したけど、振り返ってみれば、私の陽くんにしてきた行動はその言葉そのものだ。


 料理や掃除も他の家事も全部、陽くんからは別にしてほしいと頼まれたわけではない。むしろやってあげなくちゃと私が勝手に思って、してあげていた。それがいいんだと信じて疑わなかった。

 今にして思えば、料理一つだって陽くんはいい顔をしていなかったのかもしれない。

 どうやら、私の料理は美味しくないらしい。陽くんも青北は一言もマズいとは言わなかったけど、何か覚悟を決めた様子で私の作った料理を食べていた。


 陽くんの場合は照れてるんだと思っていたけど、青北を見て確信した。


「そういうとこなのかな……」


 頭では理解していても、やはりこれまで自分がやってきたことに自信を持っていた私は、すぐに受け入れることができずにいる。


「どうしよう……」


 とりあえず、謝らなくちゃ。だけどその方法が分からない。

 私の足は動いてくれない。


「お困りの様だね」


 そんな私に後ろから声がかかった。


「やほ!」

「うすうす」


 振り向くとそこには、一花と稲村がいた。


「な、なに?」

「いや〜? あかりんが困ってそうだな〜と思って」

「やな」


 何この二人? 何かそういうセンサーでも付いてるの? 私が悩んでいるとどこからともなく現れて助言を言いたそうにしているのはなんで?


「東城、洸夜とケンカでもしたんか?」

「……なんでよ」

「さっき洸夜とすれ違ってな。俺にも気がつかんと少し、イライラした顔して通り過ぎてったわ」


 やっぱり怒ってるんだ。

 当然ではあるけど、その事実にまた落ち込んでしまった。


「でも大丈夫!! ここであかりんにいい提案があるよ!!」

「提案?」


 アドバイスをしてくれるのはいいんだけど、なぜかロクでもないモノのような気がしてならない。

 私は半ば、諦め半分で耳を傾けた。


「そう! みんなでテスト勉強すればいいのだぁ!!」

「……みんなって?」

「みんなはみんなだよっ! ブルブルとあかりんと後、はるとんも呼ぼう。そうすればテスト勉強中でもアピール可能だし、ブルブルとも仲直りできるよ!! もちろん、私たちも参加して協力するでよ!!」


 いきなり変な言葉遣いになった一花に思わず、苦笑してしまう。そんなうまくいくかと言われれば不安しかなかったが、一花がこうやって提案してくれている。それに、アイツとも仲直りしておかないといけないし、陽くんとも。


「分かった」

「じゃあ、決定やな。そういうわけで土曜日やるで。メンバーは俺が集めとくから、東城は場所の確保を頼む。東城の家でええで」

「え!? 私の!?」

「当然だよぉ。協力してあげるんだから場所は提供してもらわないとね!!」

「それならファミレスでも……」

「それはだーめ。集中できないし、他の人のも目もあるからね」

「決定や」


 どうしよ……。どうやら決まってしまったらしい。

 まぁ、でもせっかく協力してくれるみたいだし。家には親もいないし、後はお姉ちゃんに言っておこう。私の部屋は入らないからリビングで勉強しよう。


 よし。がんばるっ!!

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