第15話:偽装カップルGWデート⑤「今日はすっげぇ一日だったぜ」

 映画が終わってから、俺たちは施設内をブラブラしていた。この施設には映画館の他にフードコーナーやファッションの店、雑貨店など様々な種類のお店が軒を連ねる。


 時間としては、まだまだいい感じの時間だし、どこかカフェにでも入ろうかという話をしていていたところだ。


 カフェを探すついでにいろいろな店を見て周っていた。東城はというと、先ほどの映画の感想を楽しそうに話してくる。普段、桜庭のことばかりを話し、それ以外のことは全く話さない東城だが、やはり自分の好きなもののことを話す時ばかりは、普通の女の子らしい一面があった。


 そうしてブラブラと周っている時だ。

 俺たちの視界には見慣れた姿が映った。


「陽くん?」

「葉月?」


 思わず、俺たちは声をかけた。

 俺も東城もあまりに異色な二人に少しだけ、戸惑いが生まれる。


「燈理?」

「あっ、こーちゃん……」


 葉月の顔が引きつった様に見えるのは気のせいか? 俺に見られたくなかった?


 俺は隣にいる桜庭を見る。なんで葉月とこんなところにいるのだろうか。


「ははははははは、陽くん。なななななんで涼宮さんと一緒に?」


 落ち着け東城。焦りすぎて声が震えまくってるぞ。

 が、しかし、気になるのは俺も同じ。


「葉月、こんなところで何してたんだ?」

「え!? あ、えーっと……そう! 桜庭くんと遊んでたの!!」

「ッ?!?」


 え? 桜庭と? ということはつまり、デート!?

 ま、まさか付き合ってるのか? いやいや、そう考えるのは早計だ。よくよく考えれば桜庭は部活のジャージ姿だ。ということは部活後に遊んでたのか? それくらいに二人の仲がよかったのか? わ、わからん。二人がそんな感じだったなんて全く知らなかった。桜庭の反応を見るにそれを隠したかった様にも見える。


 なんだかよくわからんが、少しモヤモヤとした。


 しかし、俺以上に東城は感情が顔に出ていた。

 顔が青い。比喩でなく。


「陽くんがでーとでーとでーとでーとでーと……」


 壊れてしまったラジオの様に同じ言葉をブツブツと何回も繰り返している。これは重症だ。

 ま、マズい。これは早くこの場を離脱しなければ、取り返しのつかないダメージを東城が負ってしまう……。


 俺は自分の中のモヤモヤよりも東城の心配を優先した。


「と、東城大丈夫か?」

「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 譫言の様に小さな声で呻く。


「はぁ……何言ってんだよ。涼宮さん。俺は部活帰りにたまたまここに寄っただけで、涼宮さんと会ったのも偶然だろ?」

「え? あぅ……」

「陽くん、ほんと!?」


 なんだ、葉月のやつ、嘘ついてたのか。しかし、何のために嘘を……?

 東城はというと分かりやすく顔色を復活させ、目をキラキラと輝かせながら桜庭に詰め寄った。


「そうだけど……燈理たちはその……デートしてたのか?」


 桜庭は頬をポリポリと掻きながらなんだか気まずそうにそう言った。

 おや? この反応はもしかして……?


 ふっふっふ。先ほどは焦らせてくれたからな。ここからは俺たちのターンだ。さぁ、桜庭存分に焦れ。


「ああ、今日はすっげぇ一日だったぜ」

「ちょっ!?」


 俺は東城との仲の良さをアピールするため、肩を組んだ。

 東城は俺の行動に一瞬驚き、桜庭は顔をしかめた。


 我ながら三流のチンピラみたいな言い方だったが、これで少しでは寝取り男の雰囲気を出すことができたのではないか?


「(ちょっと! 陽くんの前でどういうつもり!?)」

「(まぁここは俺に任せて。できるだけイチャついて嫉妬させよう)」


 しかし、俺の思惑を知らない東城は俺にしか聞こえない声で抗議した。俺もそれに答える様にヒソヒソと話す。東城は俺の返答にハッとした様子で頷いた。


「そ、そうなの。すっごく楽しかったわ!!」

「そうなのか……」


 これはいいぞ。桜庭は明らかに幼馴染が取られて困惑した様子だ。寝取られが大好きでなければ、これは心にくるぞ! イケメン、苦しめ。

 ちょっと、わざとらしすぎる気もするけど。


「へへ、よかったぜ」

「ちょっと、二人の前でやめてよ、もうっ!!!」

「いたっ!?」


 調子に乗って抱き寄せると演技だっていうのに東城は本気で嫌がった様に俺を叩いた。


「……なんか燈理無理してないか?」

「え?」


 ま、マズい。バレる!? 流石桜庭だ。東城の不自然な演技を見破りかけている。これがハイスペックイケメンの実力か!?


「そんなことないよ!! 今日二人は一日ラブラブだったんだから!!」

「! へ、へぇ……そうなんだ」


 ん? 若干引いないか? 気のせい?

 というか葉月、なんでそんなこと知ってるんだ? 親指立ててないで教えてくれ。


「……」

「……」


 気まずい空気が流れる。なんだ、この空気。みんな一体何を考えているのか。桜庭はこちらに目を合わせない様にしている。嫉妬しているように思わなくもないがどうだろう。

 葉月は、仕事した感を出した後、なぜか頭を抱えて唸っていた。


「そ、そういえば、二人はこの後どうするんだ?」


 その空気に耐えられなくなった俺は、この後の予定について二人に聞いた。


「俺は特に。もうそろそろ帰ろうかなって思ってたところ」

「私も何もないから帰ろうかなって……こーちゃんたちはどうするの?」

「俺たちは……」


 東城の方に視線をやるもなんだかこれ以上デートを続ける様な雰囲気ではなくなってしまった。


「帰るか」


 それに東城も頷いた。


 ◆


 あの後、俺たちはみんなで電車に乗って最寄り駅で降りた後、それぞれの家の方面ごとに解散した。つまり、俺は葉月と、東城は桜庭と帰っていた。


「それにしても葉月。なんでそんな大荷物なんだ?」

「え!? こ、これは、別に何でもないよ!? あっちで服いっぱい買っちゃったから……」


 それにしても新品の袋ではない。まぁ、あまり詮索されたくない様なので深くは聞かなかった。


「葉月は結局、一人でなんであそこにいたんだ?」

「それは……たまたま……」


 葉月はどうしてもあそこにいた理由を言いたくないらしい。

 そこまでして隠されると俺も気になってくるっていうものだ。


「まさか、本当に桜庭と遊んでたとか?」


 なんとなく俺は先ほどと同じ質問を繰り返した。


「え? いやいや、遊んでないよ。桜庭くんは私が変な人に絡まれてるところを助けてくれただけだから!!」

「……そっか」


 どうやら嘘は言っていない様子。

 ……よかった。

 なぜかそれを聞いた時、俺は安心してしまった。理由はさっぱり分からなかった。


 ◆


 今日は波乱に満ちた一日だった。

 まさかこーちゃんのデートを一日尾行するとは。

 それに最後は鉢合わせしちゃうし……それにしても尾行がバレなくてよかった。桜庭くんを巻き込みそうになったのは後で謝っておかないとね。


 こーちゃんと二人で歩く帰り道。

 なんだかすごく久しぶりのようにも感じた。


 私はこの時間が好きだ。

 お互い言葉がなくても落ち着ける。


 それでも私はそんな沈黙を破ってこーちゃんに聞きたいことがあった。


「こーちゃんって東城さんとなんで付き合い始めたの?」


 こーちゃんが東城さんと付き合い始めたのは四月中頃。そんな雰囲気を全く感じさせなかったのには驚かされた。

 今日一日二人の様子を見て私は違和感を覚えた。

 カップルという割にはなんだかお互いにすごく遠慮しているようにも見えた。

 まだまだ初々しさが取れないカップル……という風にも思わなくはなかったけど、なんていうか、ぎこちなかったのだ。


 前に聞いた時は、話していたらなんとなくだと言っていた。

 だけどもっとはっきりとした理由があってもいいはずだ。


 こーちゃんは、なんとなくで付き合うようなタイプの人間じゃない。

 こーちゃんは私の至って真剣な様子に目を見開いた。


「うーん、まぁ。放っておけなかったからかな」


 放っておけなかったから?

 意外にも大したことのない理由で拍子抜けしてしまった。


 放っておけないってどういうことかな。守りたくなるってこと?

 やっぱり男の人ってそういう女子の方が好きなのかな……。


 ふん、どーせ、私は守りたくなる様な女子じゃないですよーだ。


「おい、なに拗ねてんの?」

「べっつにー! 今日の夜ご飯は激辛麻婆豆腐決定ね!!」

「え!? それは勘弁して!?」


 やっぱりモヤモヤは取れない。

 このモヤモヤはいつになったら取れるのだろう。

 私はこーちゃんの前を走り、あっかんべーをした。


 ◆


 私は陽くんと並んで家に帰っている。

 まさかデート先で会うとは思わず、涼宮さんと陽くんが二人で遊んでいたと聞いた時は頭が真っ白になった。


 だけどそれが嘘だとわかって心底安心した。

 ……なんであそこで涼宮さんがあんな嘘をついたかはちょっとわからなかった。


 ふと陽くんを方をこっそりと見た。

 陽くんの横顔が夕陽に照らされる。


 ああ、やっぱり陽くんはかっこいい。


「青北とはいい感じなんだ」

「えーっと……まぁ。付き合ったばかりだし?」

「ふーん……」


 中々無茶な演技だったけど、少しは陽くんも私のこと気にしてくれたように思える。

 帰り道でも私と青北との関係について興味がある様子。


 それに私は少し、嬉しくなってしまった。


「なに? もしかして気になるの?」

「そりゃな」

「!?」


 てっきり否定されるものだと思っていた私は陽くんの素直な言葉に面食らってしまった。


 これって陽くん絶対私のこと意識し始めてるよね!?

 よしよしよしっ!! じゃあ、作戦はうまく行き始めてるってこと!?


 私は陽くんにバレないように小さくガッツポーズした。


「青北とのことで辛いことがあればいつでも言えよ。燈理は俺の大切な幼馴染なんだから」

「……うん」


 陽くんはやっぱり優しい。


「今日帰ったら、久しぶりにご飯作ってあげるねっ!!」

「……いや、それは遠慮しておく」

「な、なんで!? ダメだから! 絶対だからね!!」

「……」


 早く。早く、陽くんの彼女になりたいなぁ。

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