第13話:偽装カップルGWデート③「ねぇ、暗いし、チューしちゃう?」

 俺は売店にてポップコーンとドリンクを買うために並んでいた。何味がいいか、何のドリンクがいいかは聞くのを忘れていた。

 今から戻って聞くのも煩わしいかったので、ここは俺のフィーリングに頼ることにした。


 ドリンクはそうだな。コーラでも買っておこう。コーラが嫌いな人間など見たことがないからおそらくこれが無難な選択肢だ。

 そしてポップコーン。いつもであれば、俺は断然塩派であるがここでアイツがキャラメル派と言った暁には文句を言われかねん。だから俺はサイズは大きくなるが、ハーフ&ハーフ。つまり塩とキャラメルが半分ずつ入ったものを買った。


 購入し、受け取ったドリンクとポップコーンを専用トレーに乗せて東城の方へ進む。


 東城は少し、緩んだ顔で映画のポスターを眺めていた。


「お待たせ」

「ありがと!」

「ナンパされてないとは偉いじゃないか」

「どういう意味よ」

「いや、されてたら面倒だなって思っただけ」

「そこは彼氏らしく、守りなさいよ」

「別に俺がいなくてもお前一人で相手なぎ倒せるだろ? イタッ」


 蹴られた。

 ついつい東城相手だと軽口を叩きたくなってしまうのは何故だろうか。コイツは基本的に誰に対してもツンケンしているが、話してみると割と話しやすかったりする。俺に対してもある程度心を開いてくれたということだろう。


「じゃあ、そろそろ入場しようぜ」

「ええ」


 俺たちはスクリーンがある入場口へチケットを持って進む。

 しかし、チケットを確認の際にスタッフに止められてしまった。


「あ、こちらカップル専用シートのご案内ですね」

「え?」


 な、なんて? カップル専用……? いやいや、聞いてないぞ?


「えーっとそれって普通の席じゃないんですか?」

「はい。カップルがより近い距離で愛を深めることのできる特別空間を提供しております」


 初耳なんですけど!!

 東城もそのことは知らなかった様で、「あ、愛……」とぼやきながら顔を引きつらせていた。


「よろしかったら今ならカップル様限定であちらの等身大パネルとご一緒にお写真を取らせていただいております。一枚記念にどうですか?」


 記念ってなんのだよ。

 等身大パネルというのは今日見る映画のものだ。実写の俳優と原作となった漫画のイラストが描かれているものだった。


 いかにもカップルらしい行いに少しの照れが生じる。正直本当のカップルではないのでそこまでする必要はないのだが、これも東城のため。俺は一肌脱ぐことにした。

 そうして俺は、東城の手を取った。


「あっ……」

「お願いします」


 俺はスマホを渡して、入場ゲートから数歩それた場所で等身大パネルと一緒に登場と並ぶ。


「はーい、撮りますよ〜。あ、彼女さんもっと近く寄ってください! もっと! もっとです!! あ、もっと笑顔でお願いしま〜す」


 東城が戸惑いながらも俺との距離をミリ単位で詰める。しかし、それをスタッフのお姉さんは許さなかった。結局、密着という距離まで詰めさせられ、俺たちの記念写真が撮られた。


「はい、ご確認ください!」


 俺はそのままお姉さんからスマホを受け取る。そこには引きつった表情の東城がいた。

 俺とはそんなに嫌かよ。……まぁ仕方あるまい。


「だいじょ……?」


 俺はお姉さんに大丈夫ですと言おうとした時、その写真に違和感を覚えた。

 別にホラー的な何かが写っているわけではない。


 そこには撮影した場所から遠く後ろの方に、コートにマスク、サングラスに麦わら帽子という不審者丸出しの人物が映り込んでいた。俺は写真が撮られた方向を目を向けたがそこには怪しい人物はいない。


「どうされました?」

「いえ、大丈夫です」


 ここで本当のカップルだったら撮り直ししてもらうのかもしれないけど、そこに拘っているわけではないし、東城ももう一度撮ると言うと嫌な顔をする予感がした。だからその場は誤魔化して気にしないで入場することにした。


 これもある意味ホラー要素だったか。変な人がいるもんだ。



 劇場内に入ると、既に一般席には多くの人たちが詰め込まれていた。

 スクリーンには本編前に流れる、別映画の宣伝などが流れていた。


 俺たちはチケットに記された番号が記す席へと向かう。


「ここだな……っ!」

「何よ、早く座りなさいよ?」


 後ろから着席を催促される。しかし、俺は目の前に用意された席にただただ、立ち尽くすしかなかった。


 カップルシートってこれ……? 


 そこには赤色のソファ席が存在していた。そのソファは決して大きいものではなく、二人がちょうど腰掛けることのできるくらいの大きさだ。


「──ッ!?」


 東城も後ろから覗き込んでそのソファ席のあまりの狭さに驚いたようだ。


「と、とりあえず座るか」

「え、ええ……」


 これには流石の東城も軽く根を上げていた。


「……」

「……」


 狭い。

 体と体がほぼ密着している。女子とこんなに密着することなんて葉月を除いて今までに経験したことはない。電車の時とはまた違った緊張感が襲う。


 電車の時でも割と気まずくて頑張っていたのに、これはこれでマズい。

 電車は周りに他の人たちがすし詰めにされていたからそちらをより意識することで東城のことは考えない様にしていた。


 だけど、ここの劇場内にいくら人がいるといってもカップルシートというのはまるで二人きりの様な甘酸っぱい空間を演出してくれる。


 つまり、先ほどよりより東城の女の子らしい、いい匂いや柔らかさがダイレクトに伝わってきてしまうのだ。


「も、もうちょっとそっち行きなさいよ」

「こ、これ以上は無理だって……」


 東城が堪らず、注文を告げるが俺にはそれに答えることができるほどの余裕がない。物理的にも精神的にも。


「と、とにかく映画に集中しよう。そうすれば、この程度の距離、気にならなくなる」

「わ、私は別に気にしてなんかないから!! あんたとなんてっ!!」

「分かったから!! 声が大きい!」

「ッ!」


 周りのカップルシートからこちらをチラリと覗く視線を感じる。俺は視線を正面のスクリーンへと戻した。


 今日は東城もできるだけカップルらしく振る舞おうと頑張ってきたのだろう。だけど、ここでボロが出始めている。

 俺だってそうだ。俺なりに慣れないデートで頑張ってはいるもののやはり、女子と二人きりで、こう……距離感が近いとどうしても慌ててしまう。


 デートって難しんだなぁ……。

 葉月と二人で遊んでる時はどんなんだったけ? 自然すぎてあまり思い出せない。


 前のスクリーンでは来月公開予定のハリウッド映画の予告をやっていた。

 俺が好きなシリーズのSF映画だ。来月か……。葉月と見にこようかな。


 そんなことを考えていると隣のカップルシートからイチャつく声が聞こえてきた。


「はい、ふみくん。あーん。どうおいしい?」

「うん、美味しいよ。次はいっちゃんね。あーん」

「ん〜〜っ! おいしいっ!」


 隣の席である俺たちにギリギリ聞こえるか聞こえないかくらいの絶妙なボリュームでイチャつく二人。


 いや、やめて欲しいよ、ホント。ただでさえ、何か東城と気まずいのに……。そのカップルの熱気に当てられてしまい、俺と東城の間に流れる空気は重い。


「ああ、やっぱポップコーンといえば塩やねんな」

「ええー、そう? 私はキャラメル派! ってちょっとっ!!」

「あっ……」


 ……ねん?

 どこかで聞いた語尾である。

 それにしてもポップコーンにまだ手をつけていなかった。これを話の種にしよう。


「東城はポップコーン何派だ? 俺は塩はなんだけど、一応、キャラメル派を考慮してハーフ&ハーフを買っておいた」


 どうだ、できる男だろう? そう言わんばかりに少し胸を張って東城に言った。


「普通ポップコーンって言ったらバター醤油でしょ。バカじゃないの?」

「なっ!? バカとはなんだ!? 好みわからない相手に対して塩派でもキャラメル派でも楽しめる様にハーフ&ハーフを買うという名采配に対してバカだと!?」

「それがバカだって言ってんの! 普通彼女の好みくらいリサーチしておくものでしょ! 後、コーラって。私、炭酸って苦手なのよね」


 ……なん、だと? まさかのダメ出しの連続。

 大体、バター醤油とかそんなの売ってなかったし!! しかも、炭酸苦手とか……マジかよ。


 くそっ。失敗か。というか、久しぶりに東城と言い合いした気がする。やっぱり隣のカップルのせいで東城も気が立っていたのだろうか。


「まぁ、塩とキャラメルも悪くないわ」


 そう言いながら東城はポップコーンに手を伸ばし食べ始めた。

 きっと気を遣ってくれたのだろう。


「ねぇ、暗いし、チューしちゃう?」

「お? ええで」

「ちょ、言葉遣い!」

「え? ごめん……」


 そして横のカップルは未だイチャついていた。

 それにしてもどこかで聞いたことある声だと思った。まさかな……?



 そしてそんなやりとりをしている間に本編がようやく始まった。


 これで気を紛らわせられる。そう安心したのは内緒だ。


 今日見る恋愛映画というのは、好きな人に振り向いてもらえない主人公、沙耶さやが男友達のりつと協力して、好きな人である、みなとに振り向いてもらうためにアレコレと画策するといったものだった。


 なんだこの、リアルタイムな話は。まるで俺たちのような関係である。別に偽装カップルとかそんなことまではしていないが。


 場面は仲のいい男友達に協力を頼んでいるところだった。


 恋愛映画なんて──と思っていたが、ストーリーを追えば追うほど俺たちの状況にフィットする場面も多く、気がつけば夢中でその展開を見守っていた。


 東城もあれだけ、ポップコーンの味や飲み物に文句を言ったのに無言でその味を堪能し、映画のよきお供としていた。


 そして気がつけば物語は佳境。


 ようやく湊とのデートをすることになり、告白をする計画を沙耶が律から聞いているところだ。


『この関係も終わり』


 律からのその言葉を聞いて、沙耶の心にはわだかまりができていた。


 そんな状態のままデートに赴き、そんな沙耶の様子に気がついた湊は声をかけていた。


『今、一番大切な人は誰?』


 そして湊の一言により、沙耶は自分が本当は誰が好きなのかを自覚させられるのだ。


 沙耶は協力者である律のことが好きになっていた。

 そして律もまた、沙耶のことが好きになっていたのだ。


 そのことに気がついた沙耶は最終的に律の元へ向かい、自分の想いを伝え結ばれる。


 という話だった。


 不覚にも感動してしまった。

 涙こそ出はしなかったが、心を揺さぶられた。


 東城は原作を知っていると言っていたが、この話をどういう気持ちで見ていたのだろうか。

 この話の流れで行けば、俺と東城が本当に結ばれることになるな──って何考えてんだ、俺は。これはあくまで物語なんだからそんなことあるわけがない。

 だけど、割とシチュエーションが似通っていることが気になった。


 物語が終わり、某歌手の歌声と共にエンドロールが流れる。


「ぐすん、ぐすん……よかったぁ……」


 東城はというと感動のあまり号泣していた。

 涙腺は結構ゆるい様だ。今日の東城の表情は照れたり、怒ったり、泣いたりと大忙しだな。


 偽装カップルになるまでに感じていた近寄りがたい感じは、今はそれほど感じなくなっていた。


 そしてエンドロール中に隣の登場ではなく、誰かが一際大きく泣く声も聞こえた。女性の声だった。

 どこかで聞いたことのある声だな……気のせいか?


 俺は東城が泣き止むのを待って、エンドロールが終わってから劇場を後にした。






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