第12話:偽装カップルGWデート②「私のこと守ってね?」

 私たちは電車に揺られ、目的地へと向かう。


 本当は今日のデートは来る気ではなかった。それほどまでに陽くんに祝福されて、私が受けた精神的ダメージは大きかったのだ。後、姉の日奈未ひなみに青北を彼氏認定されたこともプラスした。いや、間違ってはないんだけども!! でも違うのっ!!


 だけど、そんな私を勇気付ける初めてとも呼べる友人が私の様子を心配して態々家に来てくれたのだ。いや、友人というよりは師匠に近い。恋愛マスター、一花。彼女はそう名乗った。


 ***


『いい? はるとんを嫉妬させるにはそれなりの覚悟が必要だよ』

『か、覚悟?』

『そう、それは好きでもない男とのイチャラブ経験が必要なのだっ!!』


 そう言われた時、腑に落ちない気持ちだった。

 確かに今のままでは青北とはカップルに見えないかもしれない。

 だけど、陽くんでもない男と必要以上にイチャラブする意味はあるのか。それは何のためか。それが分からなかったのだ。


 そんな私の様子を察して、一花はニヤリとほくそ笑んだ。


『ふっふっふ。分からないって顔してるね。いいかい、あかりん? はるとんを本気で嫉妬させたいなら普段の会話から何気なく、彼氏とのエピソードを盛り込んでいかないといけないよっ! どこどこでデートしたとかー、どこどこにご飯食べにいったとかー。それを楽しそうに話す。そうすることによって自分の幼馴染がどんどん違うやつに染められていくという感情を植え付けるのだっ! そのためにはデートでしっかりと思い出を作ってこないといけないってこと』

『な、なるほど?』


 私はスマホを開いてその時、言われたことを思い出しながらメモを取っていた。


『そう! これは最終的に陽都くんと付き合うためだからね。最初は相手に「おや?」という感情を持たせるの。違和感っていうのかな』

『……それでその後はどうするの?』

『まぁ最初は基本的に彼氏と仲睦まじいアピールをどんどんしていくしかないね。その後は、だんだん彼氏の悪い部分を話していくの。最初はいい彼氏だったんだけど段々、本性が出てきたみたいな? ブルブルにはDV彼氏の役でもやってもらお。そうすれば、はるとんも燈理は俺が守らなきゃって、俺が燈理の彼氏だったらって思うわけ』


 勝手にDV彼氏へと仕立て上げられる青北。私はその案に乗っかっていいのだろうか。


『まぁ、私に任せなさい。恋愛マスターの私にかかれば、はるとんとあかりんをラブラブにすることなど造作もない……ッ!!』

『陽くんとラブラブ!?』

『そうです。だからこれは試練なのです。陽くんとイチャつくためにブルブルと予行演習をしましょう。そうやって私はフミフミとの真実の愛を手に入れたのです』


 うっ、眩しいっ!?

 後光が差した様に感じた。一花も一花でまるで菩薩の様に目を閉じ、優しい表情で両手を広げていた。

 それと結構気になることを言っていた。一花も稲村と付き合うまでに何かあったのだろうか。


『でも一花はどうして友達になったばかりの私にそこまでアドバイスしてくれるの?』

『……友達を想うことに理由なんていらないのさっ』

『っ! 一花〜〜〜〜っ!!!』

『わぷっ』


 私は思わず、一花に抱きしめた。私のためを思って一花がここまで協力してくれるとは! そのことに感動してしまった。友達っていいな。そう思った。


 だけど、だけど……。


『もし、それでダメだったら……?』


 一花を離した私は不安げに聞いた。


『ふっ。それはもう手に負えないね。きっと本当にあかりんのことに興味がないか、幼馴染を寝取られて興奮を覚える一種の性癖の持ち主だねっ!!』

『ね、寝取られ……』


 やはり不安は拭きれなかった。


『大丈夫大丈夫! それと、はるとんの方には私から探りを入れておいてあげるから! あかりんとどう? ってね』


 調子良く、そういう一花。アフターケアまでばっちりとは……恐れ入った! よしっ! 頑張るわよ。私ッ!!


 ***


 それがつい先日のこと。一花との友情パワーで私は再び、陽くんを落とすためのやる気を出したのだ。

 一花とは友達という上も下もない関係だと言うのに、しばらく私は彼女に頭が上がりそうもない。


「思ってたより、人多いな。ゴールデンウィーク舐めてた」


 一花の協力に報いるためにも今日一日、私は青北と本当のカップルを演じて見せるっ!! あと一応、こいつの協力にも。


 覚悟を決めた私は人混みを気にする青北に向き直る。


「確かに多いわね。こういう時は彼氏であるアンタがちゃんと私のこと守ってね?」


 できるだけ上目遣いでお願いをした。

 するとどうだろう。青北もそれに対して、少し慌てた様子だった。


「あ、ああ! 任せろ!」


 青北はそう言うと次の駅で乗車してきた人混みから私を守るため体を引き寄せ、他の人との間に壁を作った。

 そして私たちのいる位置はちょうど、電車の扉横付近。そこで青北は私を電車の壁と自分の体で挟み込み、まるで壁ドンのような状況を作り出している。


 気がつけば周りはすし詰め状態だった。


 な、なにこの距離感!? 自分から守ってねって言ったけど近すぎるっ……!!


 先ほど言ったことを思い出し、そして今自分がどういう状況にいるかを意識すると急に恥ずかしくなってきた。

 暑い。乗車率が高いせいかしら? それとも……。いやいやいやいや。相手は青北よ? 陽くんならいざ知らず。これはただ単に私が男慣れしていないだけね。ただそれだけなんだから!!


 そんなことを思っていたタイミングで電車は横に揺れる


「キャッ!」

「うぉ!?」

「ん……」


 思わず目を瞑ってしまった。そして、声が漏れる。

 次に私が目を開けた時、青北は私の体を片手で抱きしめ、あろうことか腰回りをギュッと掴んでいた。


「〜〜〜〜ッ!!」


 思わず、声を叫びそうになる。


 この変態!! ドサクサに紛れてなんてとこ触ってんの!? 最初からそれが目的だったのね!? このケダモノ!! は〜な〜し〜て〜!!


 私は青北の腕の中で必死にもがいた。


「ちょっ!? 東城!?」


 私の今の顔は真っ赤だ。私は今、痴漢を受けています!! 誰かっ!!


 そう思って周りを見渡した時。

 周りも同じ様に揺れに耐えている様子が目に入った。そして肝心の青北はというと他の乗客から押され、すごくバランスを保つのが辛そうだった。


「ぁ……」

「わ、悪い。もうちょっと我慢してくれ」


 そしてそんな青北と目が合う。


 青北は私のことを気遣ってくれた。私は先ほどまで考えていた愚かな思考を恥じた。


 そんな状態のままようやく、目的の駅へと降車した。


 何よ。青北の癖に! 

 私は電車での出来事を通して、ちょっとだけ青北が頼もしく思えた。ちょっとだけね。ちょっとだけ……。


「ああ〜やっと着いたな。さっきは悪かったよ」

「べ、別にいい!!」

「大丈夫だったか?」


 大丈夫だった。青北のおかげで。だけど、それを言葉にするのは私にとってはまだ難しかった。でも何も言わないわけにはいかない。私は小さな声でそれを口にした。


「あ、あ……と!」

「え?」

「何でもないッ!!」

「冗談だって。珍しく素直だな」

「〜〜〜〜ッ!!」

「イテッ」


 私はからかわれたことに気がついて、青北をお尻を蹴った。


「ほら、彼氏でしょ! 手繋ぎなさい!!」

「あっ、え?」


 私は青北に手を差し出した。

 それに対し、青北は再び、慌て始める。


 そしていつまでもその場から動かない青北に痺れを切らした私から、青北の手を握ってやった。


「え? おぉ?」


 ふふ。慌てちゃって。意外とこいつってウブなのよね。いつもはいかにも余裕ありますよ感出して、偉そうに言ってるけど、からかうのも悪くないわね。というか楽しい。


 そんな様子を見て、今日は一日、青北をからかい続けてやることを目標とした。

 因果応報。私をからかうなんて百年早いのよっ!! 恐れ入ったか!!


 ◆


 なんか今日はやけに東城が積極的だ。デートに来たこともそうだし、電車での発言も今、自ら手を握ってきたこともそうだった。


 やっぱり一花から何か言われたことが関係しているのか。

 慣れない恋人つなぎは確かに俺の心臓の鼓動を早めた。


 さっきから落ち着かない。

 俺と東城は手を繋いでからお互いに無言で目的地へと足を運んでいる。


 自分から繋いできておいて無言ってどーよって思ったけど、あまり東城の方を見ることができなかった。単純に葉月以外の女子とこんな長い時間手を繋ぐなんて経験したことなかったので、緊張してしまったのだ。

 くっ。これだから童貞はっ!



 今日のデートの予定は映画だった。

 これは事前に俺から提案したものだったが、場所や見る映画は史哉に指定された。そしてわざわざチケットまで用意してくれた。


 映画館のある商業施設に入ってから、俺たちは最上階にある映画館を目指してエレベーターに乗り込む。

 流石、大型連休ともあって、中は大混雑。乗るまでにいくらか時間がかかってしまった。


 エレベーターに乗ってからも俺たちは無言である。

 しかし、時折、視界の端に映るサングラスにマスク、そしてキャップを被ったカップルがこちらに見せ付ける様にイチャついているのがわかった。

 明らかに俺たちを意識している。


 それを俺と東城が気がついて見るものだから、なんだか余計に居た堪れない気持ちになってしまった。


 エレベーターを降りたときには、お互い妙な空気感が漂っていた。


「い、いくわよ」

「あ、ああ」


 俺たちは薄暗い映画館フロアへと足を踏み入れた。

 そして映画館フロア全体を見渡すとカップルが多い様に感じた。ドイツもコイツも人目を憚らず、イチャイチャとしていた。


 ここは魔境か!?

 突っ込まずにはいられない。


 そのせいで先ほどのベタベタとイチャつくカップルをいやでも思い出した。どこへ行ったんだろうか。


 カップルの他には大体が女子同士のグループだった。

 家族連れや男子のみグループというのはあまりいない様に感じた。


 それもそのはず。

 今日、この映画館では恋愛フェアなるものをやっているらしいのだ。

 なんでも原作が大ヒットした漫画の実写映画が今人気沸騰中だとか。


 あんまり、漫画の実写映画って期待できないんだよなぁ。それに恋愛映画とは……あまり得意なジャンルでないことは確かだった。

 そう思っていたがそんな俺の思いとは裏腹に東城は目を輝かせている。


「嬉しそうだな」


 俺は思わず、そんな東城に声をかけた。


「当たり前じゃない!! 私はこの映画も原作漫画を全巻持ってるのよっ!! めちゃくちゃ楽しみなんだからっ!!」


 さっきまでの緊張感はどこへ行ったのやら。

 なんかもう普通に楽しむモードに入っている。結構ミーハーなんだな。


「じゃあ、上映までに時間あるし、俺何か買ってくるわ」

「何? 珍しく気が利くじゃない。よろしく頼むわ」


 一言余計だが、俺は彼氏らしくポップコーンや飲み物を買いに行くことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る