第11話:偽装カップルGWデート①「わ、私は葉月じゃないよ」

 史哉たちの提案により、ゴールデンウィークの休みを使って俺たちはデートをすることになった。


 あの日、桜庭から俺たちの関係が祝福されて東城は精神的に参っていた。泣きべそを掻いた東城を連れて変えるのは骨が折れたというものだ。


 連れて帰るのも疲れたが、あの後は別の意味で疲れたことは言うまでもない。

 俺は待ち合わせ場所で東城を待つ間、その時のことを思い出していた。


 ***


「ぅぅぅ、私なんてゴミムシ以下よ……消えてなくなりたい……」


 桜庭に思いの外、祝福され、絶望の淵を彷徨っていた東城に肩を貸しながら俺は、東城の家まで送り届けた。


「東城、この家でいいのか」

「ぅぅぅ……」


 東城は唸りながらも、小さく頷く。

 体に力の入っていない東城を支える俺の姿はと言うとまるで酔っ払い、潰れた上司を家に送り届ける部下の様に見えたことだろう。


 何度もその場にへたり込む、東城を連れて変えるのには非常に時間がかかったが、将来のまだ見ぬ上司に行う経験を先行して体験することができたとポジティブに考えることにした。


 俺は東城に語りかけてから、インターホンを鳴らす。

 そもそも玄関まで来た時点で俺の送り届けるというミッションは完了しているのだが、ここに来てもなお、力の入らない東城を捨てていくことはできなかった。


 であれば家の人に後は任せようと思い、呼び鈴を押した次第だ。

 そして、ピンポーンと短い音が家に響き渡ったと同時に中から、誰かがこちらに向かってくる足音が聞こえた。


 よかった。家族の方は帰ってたんだな。あれ? というか、俺これ不味くない? 何か聞かれたらどうしよう? いやいや、普通に友達として送り届けたで良いか。いきなり厳格な父親出てきて、問答無用で切り捨てられたりしないよな?


 そんな不安があったが、それとはまた違う意味で俺の期待が裏切られた。


「は〜い」


 中から聞こえてきたのは若々しい女性の声。お母さんだろうか。


 ガチャリと俺の正面のドアが開く。


「ぁ」


 息を呑んだ。

 扉の向こうから現れたのは、東城を少しばかり、大人っぽくして更に気品さをプラスした様な綺麗な女性であった。


「どちら様──ってあら? あかりちゃん?」

「あ、えーっと、お届けに? きました」


「……」

「……?」


 東城のお姉さん(恐らく)はじっと俺の方を見つめている。こんな綺麗な人にあまり見つめられると照れてしまう。無言が気まずい。


「あなた、あかりちゃんとどんな関係?」

「あ、えーっと……」


 この関係言っても良いのだろうか。東城に確認の意味を込めて様子を窺うと、


「ぐす……私なんて……」


 未だに泣いていた。ダメだ。


「(ジー)……」

「あ、あの……」


 お姉さんはわざわざこちらに近づいてきて、まだ俺の目を見ていた。

 ち、近い……。そして何考えているのか分からない。


「もしかして、あかりちゃんの彼氏?」

「えっ!? あ、はい……あっ……」


 急に聞かれたために思わず、反射的に肯定してしまった。


 あ、あちゃ〜やってしまった。これよかったのか? 東城は許可も得ずに関係を認めてしまった。偽物なんだけどな……。


「ぅぅぅ……」


 まぁ、こんな様子だし、仕方ない。

 そしてお姉さんはと言うと一瞬、心苦しそうな顔をしたと思ったが目を見開いて手を合わせ、喜びを表現した。


 さっきのあれは、気のせいだったか。


「あかりちゃんに彼氏!! ほんとなの〜!? まぁ! まぁ!! いや〜、まさかあかりちゃんに彼氏がいるなんて!!」

「うぉ!?」

「ぅぅ……きゃっ!?」


 なんだ、急にテンションが!? 先ほどまでお淑やかで綺麗なお姉さんという印象が強かったのに急に目を輝かせて、まるで田崎の様にはしゃぎ始めた。


 そして俺の手を取ったことにより、俺は驚き、東城を離してしまった。


「彼氏くん、良かったら上がってく!?」

「え? いや、その……?」

日奈姉ひなねえっ!! ちょっと!!」

「ああ、あかりちゃん……」


 東城は我に返り、俺とお姉さんの間を引き裂いた。

 お姉さんは残念そうな声をあげた。


「青北! ここまでありがとう! ほら、もういいから帰りなさい!」

「ああ、もうちょっとお話聞かせて!? あ〜れ〜」


 そのまま復活した東城はお姉さんを扉の向こうへと連れ去り、扉を勢いよく閉めた。

 なんか掴みどころのない、変わったお姉さんだったな。

 俺はそんなことを思いながら、家への帰路についた。


 コンビニでプリンを買って。


 ***


 翌日、学校で俺は東城に怒られた。「アンタのせいで大変だったんだからねっ!!」ってさ。

 そしてそんな東城はというと桜庭の件があったせいか、一度は了承したゴールデンウィークのデートへのやる気がなくなり、イジけてしまった。

 こんな精神状態で無理にやる必要はなかったのだが、田崎の「私にまかせなさいっ!!」という一言により、彼女を派遣。


 翌週、学校にきた時にはすっかりとやる気を取り戻していた。

 一体どういう魔法を使ったのか気になるところであった。


 さて、このデートを行うにあたり、もう一つだけ気がかりなことがあった。

 一つは東城のやる気。これは解消したので問題ない。そしてもう一つは……そう。葉月だ。


 例によって俺の部屋に勝手に侵入していた葉月はベッドの上で漫画を読みながらだらけていた。お弁当事件があった翌日から葉月はまたいつもの調子を取り戻していた。彼女ができたと聞いて初めは遠慮していたのかと思ったのだが、気にしないことにしたらしい。まぁ、葉月が入り浸っても東城は本当の彼女じゃないから嫉妬もクソもない。だから俺も別に特に何も言わなかった。


 そんな葉月は俺にゴールデンウィークの予定を聞いてきた。

 しかし、葉月が遊びに誘ってきた日。その日は予定があると伝えた。東城とデートの約束があると。

 それを言った瞬間、葉月は聞こえなかったフリをして、何かをボヤキながら家へと帰っていった。


 少し、葉月の態度が気になるところではあったがそのままその話をしないままゴールデンウィークへと突入した。


「それにしても遅いな」


 俺はスマホを取り出して、時間を確認する。

 時刻は既に13時6分。


 約束の時刻は13時なのだが……?

 時間くらい守れよな、アイツ……。

 

 その愚痴を溢しながら東城がくるのを待つ。

 俺が待っている場所は駅前である。

 これから遊びに行くにあたり、電車を使って移動が必要になる。


 人多そうだな。周りを見渡し、そんなことを思った時、背後からコツコツという足音が近づいてきた。


「お、お待たせ!」

「遅い。遅刻だ──っ!?」


「な、なに?」


 遅れてきた彼女、東城の格好は、紺のワンピース、そして薄いロングカーディガンを羽織っていた。


 あれだよね。普段見ない、女子の私服ってなんだか新鮮だよね。俺もつい見入ってしまった。

 いつもと違ってかなり大人っぽい印象を見せる東城になんと声をかければいいか戸惑った。

 あの時、見たお姉さんへの印象に近かったかもしれない。

 俺は素直に感じたその服装への評価を口にした。


「そういう格好も意外と似合うんだな」

「なっ!? 意外は余計よ! それにアンタに言われても嬉しくない!!」


 東城は一瞬、戸惑いの表情を見せたかと思うとすぐに憎まれ口を叩いた。


「そ、それじゃあ、行くわよ」


 東城はそういうと直ぐに俺に背を向け、駅の方面へと歩き出した。その頬は若干赤く染まっていた様に感じる。


 なんだやっぱり照れてたのか。

 素直じゃないな、全く。


 俺は東城を後をゆっくりと追いかけた。


 ◆


「ふっ。ええ調子や」

「そうね、完璧だぁ!」


 洸夜と燈理の二人が駅の改札へ向かった頃、二人が待ち合わせていた場所が見えるカフェでサングラスをかけた二人組の怪しい男女がヒソヒソと会話をしていた。


「俺たちも行くで!」

「ラジャッ!」


 勢いよくそう言葉を交わしたのは、史哉と一花である。

 今日、二人のデートを一日見守るべく、史哉と一花は尾行することにしたのである。

 もちろん、二人がカップルらしく振る舞うように冷やかし……監視するのが目的でもあった。


「ん、あれは……?」

「どうしたの、フミフミ?」


 史哉が移動しようとした矢先。その視線の先には洸夜と燈理を付け狙う史哉たち以上に怪しい人物がいた。


 その姿は、そろそろ暑くなってきたにも関わらず、コートを羽織っており、サングラスに麦わら帽子、そしてマスクまでしていた。

 そして周りをキョロキョロ窺い、物陰に隠れながら洸夜たちを追うその姿は不審者そのものであった。


「あ、あれは……」


 一花は、そんな人物に心当たりがあったのか、ゆっくりと隠れているその人物に近づき声をかけた。


「何やってんの、はづはづ……?」

「ッ!? え!? な、なんで一花ちゃんが!? あ、いや。わ、私は葉月じゃないよ。こほん」


 不審な人物はわざとらしく声色を変え、咳払いをする。


「葉月ちゃんってこんなキャラやってんな」

「そうなんだよね。男子は知らないだろうけど、意外とアホなのよね」

「ちょっ!? 一花ちゃん!? なんでアホって言うの!?」

「ほら、やっぱり」

「あっ……」


 まんまと一花に載せられた葉月は、早々に正体をバラしてしまった。


「こんなところで何やってるの、はづはづ? ブルブルたち追いかけてた?」

「え? いや、えーっと……買い物しようとしたら偶然……そう! 偶然、こーちゃんたち見かけたから様子見てたの」

「ふーん? そんな格好で買い物ねぇ……」

「あ、いや……」


 一花は葉月をニヤニヤと見つめた。


「ふふ、分かってるよ! はづはづは幼馴染として、ブルブルがちゃんとお付き合いできているか心配だったんだね。弟みたいなものって言ってたもんね!」

「えっ!? あ、そう!! 全く世話の焼ける弟だよね!」

「じゃあ、一緒に後を追いかけよう!」

「え!? 一花ちゃん!?」


 そうして、葉月は半ば連行される形で一花たちと一緒に洸夜たちを尾行することとなった。


「あれでよかったんやろか。まぁ、ええか」


 二人が仲良く行った後、史哉も後ろから追いかけた。

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