第7話:幼馴染の様子と彼女(偽)の様子「それ以上近づかないで?」
ピピピ、ピピピ、ピピピ。
煩わしい電子音によって、俺は夢から覚めた。
俺は寝ぼけ眼のまま、スマホのアラームを解除し、むくりとその重たい体を起こした。
そこで違和感を覚えた。
あれ? おかしい。アラームはいつもかけているが、俺がアラームで起きることは少なかった。起きれないっていうことではない。
いつもなら、葉月のダイビングボディプレスで目が覚める刺激的な朝を迎えているはずだ。
なのに、今日は平和だった。
眼を擦り、不意にドアの方面に気配を感じた。
「何やってんだ?」
「え? あー……別に?」
葉月がなんだかよそよそしい。髪をクルクルと指で回してこちらを見ようとしない。
「ご飯用意できてるから。着替えたら降りてきてね」
それだけ言うと葉月は部屋から出て行き、降りていってしまった。
どうしたんだ?
少しの間、ベッドで未だ覚醒しない頭を使って考えた。
ああ、そういうことか。彼女できたから遠慮してんのね。そういうの気にすんだな、葉月も。
「ははっ」
少々意外な一面を見たことに笑いが込み上げた。
俺は制服に着替えてから下に降りた。
朝食は平均的日本人の朝食といったところだろうか。
白ごはんに味噌汁。焼き魚にだし巻き卵。どれをとっても平凡な品なはずなのに葉月が作るとどれもこれも自分で作るよりも美味しそうに見える。
昨日の失敗が嘘のようだった。
「いただきます」
俺はまず、だし巻き卵を箸で取り、口に運んだ。
出汁の香りが口いっぱいに広がる。うんうん、だし巻きといえばこれだよね──って辛い!?
塩っからすぎる!? 出汁どんだけいれたの!?
俺は思わず、口を抑えた。
「どうしたの?」
「いや、だし巻き……、ちょっと塩っ辛い」
「え!?」
葉月は慌てて、自分のところにある、だし巻きをとり、口に運んだ。
「ええ!? なんで!?」
葉月はどうにかその味の濃い、だし巻きを眉間にシワを寄せながら飲み込んだ。
そしてそのまま味噌汁で流し込む。
「っ!?」
と思ったら今度は味噌汁の容器を慌てて、離した。
まさかな……?
俺は味噌汁をほんの少しだけ口に含んだ。
「……」
やっぱり塩辛かった。
「ご、ごめん……作り直してる暇ないし、食べられなかったら残しておいて。お魚とご飯は普通だと思うから」
「い、いや。せっかく作ってくれたから食べるよ。食べられないほどじゃないし」
全体的に味が濃い。だけど、食べられないほどじゃない。
あの葉月が二日連続でそんなミスするなんて珍しいよな。疲れてんのかな? もうちょっと労るとしよう。
それから俺たちは家を出て学校へと一緒に向かった。
家を出てからもなんだか、葉月とは気まずい雰囲気が漂う。
俺の気のせいだろうか? いつもなら葉月からにこやかにちょっかいをかけてくるのに今日は俯きながらブツブツと何か呟いて歩いている。
ちゃんと前見ないと危ないぞ。
そう言おうとした時だった。
「危ないっ!!」
「え?」
チリンチリン。
曲がり角から急に飛び出して来た自転車に葉月は気が付かず、あわやぶつかりそうになった。俺はとっさに葉月を抱き寄せて自転車を避けた。
「ったく……もうちょいスピード落とせないのかね。すみませんくらい言ってくれてもいいのに」
「ああああ」
「葉月?」
「ああああ」
あれ? 葉月が壊れた。
「おーい?」
「は、離れて!!」
「うわっ!!」
葉月は急に俺の腕の中で暴れ出し、押し返した。
それによって俺は後ろへとバランスを崩した。
「ど、どうした葉月?」
「ご、ごめん。こーちゃん、それ以上近づかないで?」
え? なんで? なんか嫌われるようなことしたか?
「おいおい、いつもお前から積極的に抱きついてくる癖に何を今更──」
俺はそう言って、葉月に歩み寄る。
「フリーズ!!!」
葉月は両手を前に構え、止まれの意を唱えた。なんで英語?
「いい? こーちゃん。今日は私に半径2メートル以内に近寄らないでね」
「なんでだよ」
「ほら、あれだよ。こーちゃん口臭いよ」
辛辣ぅぅ……滅茶苦茶傷ついた。下手な暴言より、酷い。泣きそうになった。
いや、朝だって歯磨きちゃんとしたし!!
「俺ってそんなに──」
「ストップ。こちらに。近寄ら、ないで。」
なんで、そんなアメリカ映画みたいな喋り方なんだ。
というかマジ? 本気でショックが大きい。幼馴染にこれほどまでに言われるくらい今の俺の口は相当臭いのだろう。うぅぅ……今日帰ったら絶対三回は磨いてやるっ!!
「だから。今日は。近寄らないでね」
「とは言ったって隣の席だろう。半径2メートルは無理があるくない?」
「大丈夫。こーちゃんは今日一日保健室にいれば良いからっ!!」
そんな素敵な笑顔で言われても……。
俺には授業を受ける権利さえもらえないらしい。俺ってそんなに臭い? 俺は自分の手で口を覆って少し息を吐いてみた。
「……」
自分の息ってわかんない。今日一日、口を開かないことを決意した。
学校についてからも葉月の様子は相変わらずだ。
というか、学校の連中も俺のことをチラチラと見て何か噂しているようだった。
あー、これは。きっと東城とのことが広まったんだろう。
あんなみんなの前で宣言すれば当たり前か。俺としては別に構わんけどな。東城はどう思ってるだろうか。いや、決して俺の息が臭いからチラチラ見ているのでは断じてない。
そんなことを思いながら下駄箱を開けた時、後ろから不機嫌そうな声が聞こえた。
「どきなさい!!」
「……」
俺は振り返り、何も答えることなく、道を譲った。
「ふんっ」
朝からなんであんなに不機嫌なんだ、あいつ。女の子の日か?
俺は東城の背中を見送り、葉月とともに教室へと向かうことにした。
「葉月、行こうか」
「……」
「葉月?」
「え? うん、いこいこ!」
葉月も東城を見ていたようだ。これはあれか? 品定めってやつ? 私の大切な弟に相応しいか見極めてあげる! 的な? 葉月ならあり得そうな気がしなくもない。
教室に入ってからも好奇な視線は止まない。居心地が悪いとかいうレベルじゃない。聞きたいことがあるならはっきりと聞きに来てくれれば楽なのにな。
その中、一際鋭い視線を感じた。
俺はその視線を感じた方を見ると、桜庭が見ていた。
そして俺と目が合うと桜庭はすぐに視線を外した。
こりゃぁ、中々、いい手応えなんじゃないか?
俺は前の方で不機嫌そうにしている彼女(偽)にエールを送った。
そして俺は隣から葉月がそんな俺を見ていることなんて気が付きもしなかった。
昼休み。
俺はいつも葉月と一緒にご飯を食べている。もちろん、葉月の手作り弁当である。朝ごはんからお弁当に夜ご飯。本当に葉月には足を向けて寝ることができない日々である。
容姿は言わずもがな、成績だって優秀だし、運動だってできる。そこに料理の腕が完璧となれば、絶大な人気を得ているのは自明の理である。
本当に俺にはもったないくらいに良い幼馴染だよ。葉月を嫁にもらう男がいれば、そいつは幸せもんだな。
とはいえ、今日の葉月はどこかおかしい。朝食の味付けから始まり、授業中もボーッと何かを考え事をしていることが多く、先生に当てられて珍しく慌てふためいていた。いつも授業態度がいいので怒られはしなかったが。
そして朝から息臭い宣言を食らった悲しき私目は、葉月に話しかけようとすると、手で制されるのであった。
お昼なんだけど、お弁当どうするんだろう。そんなことを思っている時だった。
ドン。
俺の目の前に何かが力強く置かれた。
置かれた布に包まれたそれは紛れもなくお弁当箱であった。
そして俺はそのお弁当箱を置いた主人を見上げる。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ。
そんな効果音がなりそうな迫力で東城がこちらを睨んでいた。
なんですかい?
「お昼一緒に食べるわよ」
いいけどその雰囲気どうにかなんない?
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