第6話:幼馴染の気持ち「うううう〜、わかんない……」」
『ずっと好きだった。付き合ってくれ』
初めてその言葉をもらったのは、中学一年の終わりの頃だった。今でもはっきりと覚えている。
こーちゃんこと、青北洸夜くんは私の幼馴染だ。
私たちは家が隣同士。親同士も仲が良く、私たちは昔からよく一緒に遊んだ。
私はこーちゃんといることが自然だったし、私自身こーちゃんのことが大好きだった。
4歳くらいの頃だったかな。こーちゃんから言われた『大きくなったら結婚する』なんて言葉は小さいながらに本当に嬉しかったし、絶対にそうなるとも思っていた。
だけど、成長していく過程で気がついた。こーちゃんってば、なんだか世話のかかる弟みたいだと。
きっとこーちゃんも私のことを姉みたいに思っていると思っていたのだ。
それなのに中学生になって、こーちゃんからその言葉を言われた時の私といえば、驚きだった。まさか私にそんな感情を向けていたなんて。
好意を向けられるのは嬉しかったけど、今更こーちゃんに向けてそんな気持ちを抱くことはできなかった。あくまでこーちゃんは仲の良い弟のような存在。
こーちゃんには悪いけど、その告白は断らせてもらった。
とはいえ、自分が振っておいてなんだが、私からこーちゃんの元を離れるつもりはなかった。こーちゃんほど、気を許せる人物もそうはいなかったし、私自身、こーちゃんといることは楽しかったのだ。
こーちゃんもフラれてから少し気まずそうにしていたが、しばらくするといつもの私たちの関係に戻っていった。
高校に入ってもその関係は相変わらずだった。家でも学校でも毎日一緒にいた。
なのに、二年生になってからその関係が狂い始めるなんて思ってもいなかったのだ。
『──私、この人と付き合ってるから!!!』
廊下での一幕。
私のクラスメイトである、桜庭くんの幼馴染である東城さんと言い争っていった。そしてケンカの末に、東城さんが飛び出してきたこーちゃんの腕を掴んでそう発言したのだ。
その言葉が耳に届いた時、私は一瞬頭の中が真っ白になった。そして思い出すのは、こーちゃんの焦った顔。なに? あの満更でもない感じ。そして湧き上がる何か。なにこの感情?
しかし、授業を受けて、ようやく頭が冷えてきた。
そうだよね。こーちゃんもお年頃。彼女くらいできるできる。さっきは急だったから驚いていただけだったんだ。ふぅ、こーちゃんめ。驚かせやがって!
あれ……? いつの間に東城さんとそんなに仲良くなったんだろう?
ま、まぁ、いいや。帰ったらこーちゃんに馴れ初めでも聞いてやろう。ふっふっふ。こーちゃん、待ってろよ! 今日はこーちゃんの好きなおいしいカレーでも作ってあげよう!
そんな決意を胸に、私はあまり授業に集中できずに終わった。放課後。授業をサボったこーちゃんから先に帰っててくれという連絡が入っていた。
ちょうど買い物もしようと思っていたし、私は先に家に帰って夜ご飯を作ってあげておくことした。
「それにしても彼女ができたこと私に言わないなんて水臭いよねー……」
私は、こーちゃんの家でカレーの鍋をかきましていた。
私の中にはなぜかモヤモヤが立ち込めていた。
幼馴染なんだからさ。一言くらい、私に先に言ってくれててもいいのに。
そんな不満が溜まっている。
それにしてもこーちゃんに彼女かぁ。しかもあの東城さんね。東城さんって結構、キツめの性格してたと思うけど、大丈夫かな? こーちゃん優しいからなぁ……。
私は東城さんとこーちゃんが一緒にいるところを想像した。
***
「あれ、買ってきて」
「はい、今すぐにっ!!」
「次は肩揉んで」
「はぃぃ!!」
「足舐めて」
「ペロペロ」
***
なんか、こーちゃんだと尻に敷かれそうな未来しか想像できないな。うん、これは幼馴染として相談に乗ってあげるしかないな。それしかないっ!!
帰ってきたら根掘り葉掘り聞いていじってやろ。
「こーちゃん、まだかな……」
私は少しだけワクワクした面持ちでこーちゃんが帰ってくるのを待った。
ん? そういえば、カレーがいつもと違う色な気が……。まぁいいか!
そしてカレー煮込み始めて数十分して玄関が開く音が聞こえた。こーちゃんが帰ってきたのだ。
帰ってきたこーちゃんは、みんなの前であんな宣言をしたにも関わらず、いつも通りだった。
今日はこーちゃんの大好きな甘口のカレーだ。こーちゃんは舌がお子様だから辛口は苦手なのだ。
この葉月ちゃん特製の甘口カレーでご機嫌をとったところで東城さんとの話を聞かせてもらおう!
そう思っていたのに……。
「っん!? ごほっ!? 辛ぁ!?」
こーちゃんがカエルが潰れたみたいな悲鳴をあげた。
私は訳がわからないうちにこーちゃんに見せられたカレールーのパッケージを見た。
そこには、「激辛100倍・死」の文字が記されていた。
あ、あれー? こんなルー買ったっけ……? 記憶にないな……というか買い物全般の記憶ないかも……。
私を見るこーちゃんの目が冷たいものだったので、私はつい、いつも通り戯けてその場を乗り切ることにした。
結局、その後、私が作ったカレーを食べることを断念した。
私も一口試しに食べてみたのだが、口の中がおかしくなった。
「み、みふぅ〜」
「ほら、分かっただろ? これは人の食べるものじゃない」
せっかくこーちゃんのために作ったのにあんまりな言いようだ。
私がルー間違えたのがいけないんだけど。私はこーちゃんから渡された水を飲み干した。
その日は仕方なく、たまたまあったカップラーメンを夜ご飯とした。
「ごちそうさまでした」
「……」
「どうした?」
「え?」
私は無意識のうちにこーちゃんを見つめていたらしい。あ! そ、そうだ。こーちゃんに東城さんとのこと聞くんだった!!
「こ、こーちゃんはいつから東城さんと付き合ってたの?」
「え?」
こーちゃんは質問がくるとおもっていなかったのか一瞬固まった。
ほう、焦ってるな? ほれほれ、お姉さんに話してみ?
こういう話にはこーちゃん慣れてないからきっと照れて、モゴモゴ言いそうだ。
ふっふっふ。そんなこーちゃんを見るのが楽しみだ。
「一週間前くらいかな?」
「ほえ?」
意外にもこーちゃんはあっさりと白状した。
なんでなんで!? 全然焦ってない!? しかも一週間前? え? 全然、そんな素振りなかったよね!? こーちゃんが私に黙って逢引を……。こーちゃんのくせに生意気だな!!
「話してみたら意外と話があって、なんとなくな」
な、な、なんとなく!? 今時の子ってそんなので付き合うの!?
あ、私も今時の子か。じゃなくて!! わ、私でもまだ誰とも付き合ったことないのに……。
「なんだよ、黙り込んで」
こーちゃんはなぜか私を少し面白そうに見ていた。
「べ、別になんでも? そ、そうなんだ……」
「それだけ? 大切な幼馴染に彼女ができたこと祝ってくれないのか?」
相変わらずこーちゃんの楽しそうな顔は続く。
なんだか、ムカつく……。
「お、おめでとー」
「なんか棒読みだな」
「あーうるさいうるさい! こーちゃんの癖に先に彼女作るなんて生意気!! 私もう帰るからっ!!」
私はなんだか居た堪れなくなり、席を立って帰ろうとした。
「あ、おい!」
「なに?」
それをこーちゃんが引き止める。
「まぁ、俺に彼女できたけど、これからもよろしくな」
「う、うん……」
私はそれだけ言って、こーちゃんの家を後にした。
それからシャワーを浴びて、私はすぐに寝ることにした。まだまだ寝るには早すぎる時間だった。
それでも今すぐ、このモヤモヤした感情を忘れたかったのだ。
私らしくもない。こーちゃんになんだか八つ当たりみたいなことを言うなんて。
というか、八つ当たりって何に対する?
「うううう〜、わかんない……」
私は枕に顔を埋めた。
それに彼女出来たのによろしくって何? あんな普通に言われるといつも通り普通にしちゃうよ?
ベッドに入ったのは早かったのに、寝付くまでに時間がかかってしまった。
結局、モヤモヤはなくならなかった。
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