第5話:幼馴染の様子がおかしい「こーちゃんに彼女……?」
──私、この人と付き合ってるから!!!
東城が俺の腕を掴みそう宣言したときの桜庭と葉月の表情はなんとも言葉では言い表せないものだった。
まるで時が止まったかのようにその表情から感情を読み解くことはできなかった。それは桜庭も同じだ。
しかし、葉月や桜庭だけではなく、その喧嘩の様子を見ていた学年中の生徒は驚愕の表情を露わにしていた。
そして一気にざわざわと騒がしくなる。俺の汗が止まらなかった。
「あ、おい!?」
そして東城は俺の腕をそのまま引いて桜庭や葉月、その他大勢の生徒がいる前から離脱した。
◆
「こーちゃん……」
「……」
洸夜と燈理がいなくなった廊下には葉月と陽都が取り残され、そんな二人を見て周りの生徒は好き勝手に先ほどの宣言について話をしていた。
「はーると! どう? 幼馴染ちゃん寝取られた感想は?」
「別に寝取られてねぇ。それに女子のいる前でそんな言葉使うな」
「すまんすまん!」
カッカッカと笑いながら陽都に絡んできたのは、クラスメイトでもあり、同じ部活に所属する川上という少し、チャラめの生徒であった。
「いやー、意外だったね。あの二人付き合ってんのは」
「どーせ、燈理が勢いで言っちまっただけだろ。アイツ、昔からそういうとこあるしな」
陽都は意外にも冷静だった。
陽都から出たその言葉に周りは、「なんだ」「そうだったのか」「確かに東城さんなら勢いでいいそうだよね」などと口々に話していた。自滅した燈理ではあったが、偶然にも日頃の行いからか、さっきのは虚言と思われたようだ。
「ほぉ?」
しかし、川上は陽都にまだ疑いの目を向けていた。陽都もその視線に気がつき、口を開く。
「付き合ってるわけねーよ。だって──」
「燈理は俺のことが大好きだもんってか? カカカ」
「チッ」
「あいたっ!」
待ってましたと言わんばかりにからかう川上。すかさず、反撃する陽都。これはいわゆる友人同士のスキンシップであり、陽都は実際のところそこまで腹を立てていない。
「こーちゃんに彼女……?」
「ん? ああ。青北は葉月きゅんの幼馴染だったよね? やっぱりショック? 俺が彼氏候補に立候補しようか? 今なら慰めちゃうよ?」
軽薄にも葉月に絡む川上。しかし、葉月は一切、川上の方を見ていない。
そこでチャイムが鳴り響いた。
「あ、やべ。教室戻ろぜ!」
「ああ」
「こーちゃんに彼女……?」
教室に戻る陽都と川上に取り残された、葉月はチャイムがなり終わるギリギリまで洸夜たちがいなくなった方を見ていた。
「こーちゃんに彼女……?」
◆
腕を引っ張られること数分。
「ちょっ!? どこいくんだよ!?」
「うるさいっ!!」
俺の質問にもまともな答えは返ってこない。
そのまま途中でチャイムがなったが東城はお構いなしだ。
気づけば強制的に学校の外へと連れ出されていた。
靴変えてないんですけど……。
それに、完全にサボりだこりゃ……。
そしてしばらく歩いてから表情の見えない、東城にもう一度聞いた。
「なんであのタイミングであんなこと言ったんだよ……」
まさか、あんな勢い任せに宣言するなど、誰が思うまい?
昨日までじっくりと計画を立てた意味よ。東城、分かるか? 台無しだぞ?
タイミング的には最悪だったと思う。
これで俺と東城の関係は学年、いや学校中が知るところとなっただろう。
下手をすれば、放課後は野次馬どもに囲まれてもみくちゃにされていた可能性がある。ある意味サボりというのは正解だったのかもしれない。
「だって……だってしょうがないじゃない!!」
「そもそもなんで喧嘩なんかしてたんだよ?」
「陽くんが約束してたのに……無理だっていうから……」
あー、そういうことか。
今日の計画の実行にあたって、部活後約束をしていたのが反故にされてしまったからか。
確かにこの日のために、東城も準備を進めてきたし、覚悟も決めた。
だからこそ、肩透かしを食らったみたいでつい熱くなってしまったのだろう。その気持ちはわからんでもない。
東城の肩は震えていた。
「お、おい……」
俺は様子が心配になり、声をかけた。
なんだか、殴られそうな気がする。こう気が立っている時の東城は暴力的なのだ。触るな危険。
しかし、東城の反応は俺が危惧していたものとは異なるものだった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁあん!!!! どうしよおおおおおおおおおお!!!」
泣き出した。
「え!? ちょっ!?」
わんわんと子供のように泣き出す東城にどうすればいいのかわからない俺。
「え!? え!? お!? 落ち着け、東城っ!!」
俺があわあわと東城を慰め、泣き止ませようとするも東城は止まらない。
そのせいで周りは、なんだなんだとこちらを注目し始めた。
「ママー。あの人、おねぇちゃん泣かせてるー」
「こらっ! 指を差してはいけません。女を泣かすなんて最低な男にゆうちゃんはなってはいけませんよ!」
親子がヒソヒソと何やら見てはいけないものを見たような会話をしていた。
とんだ風評被害である。
俺は泣かせてないからな!?
「ふぇぇぇぇぇん……ぐすん、ぐすん……」
まずいまずいまずい。
「と、東城とりあえず、行こう!」
俺は泣いている東城を連れてその場を離れ、人通りの少ない場所へ連れて行った。
「と、とりあえずどこか、休憩できる場所へ行こうか」
未だにグズつく東城にそう問いかける。東城はコクリとうなずいた。
あ、あんなところに公園が!!
俺はちょうど見つけた公園に東城の背中をさすりながら入っていった。
今思ってもなんだか、ラブホに誘うみたいな言い方でキモかったと思う。反省した。
ベンチに座って、数分少々。自販機で適当に買った飲み物を飲んで東城はようやく落ち着いてきたようだ。
「ぐすっ……」
……気まずい。
「まぁなんだ。失敗してしまったものは仕方ない。みんなには知られてしまったが、きっと桜庭も驚いていたさ」
「……ほんと?」
ドキリと心臓が跳ねた。ぐぅ。弱ってる女の子って中々、危険。これがギャップか? ギャップなのか? いつもキツいこいつが泣いてるから……。前の時はそこまで思わなかったんだが……。
俺は嫉妬したとは言わなかった。驚いていたのは確かだが、嫉妬していたかまではわからなかったのだ。
こういう行き詰まった時にこいつも相談できる相手とかいればいいんだけどな。こんなこと相談できないけど。というかコイツ友達いるの?
「お前友達いるか?」
その言葉にピクリと小さく反応を示した。
興味本位。基本的にコイツは「陽くん陽くん」しか発さないので仲の良い奴がいるかどうか知らなかった。教室でも桜庭いない時は一人だったし。
「……私は陽くんがいればいい……」
やっぱりいないんだな。
仮とはいえ、付き合ってコイツの性格も中々なもんだと再度認識したからな。こんな性格してたら確かに友達もできねぇか。
俺も人のことあんまり言えるほど友達が多いわけじゃねぇけど。
「まぁ、作れとは言わないけど、辛い時相談できる相手がいた方がいいんじゃないか?」
「……」
東城は口を尖らせて俯いている。あんまりこの話はしない方がいいのかもしれない。葉月に相談でもしてみようか。
「とりあえず、俺たちの関係は明日には広まっているだろう」
「うっ……」
おい、また泣きそうになるな。俺もなんか傷つく。
「広まってしまったものは仕方ない。だからできるだけ桜庭の前でアピールするようにしよう」
「……アピール?」
「ああ。できるだけでいい。朝は少し様子を見て、昼休みあたりからにしようか」
東城は俺からの提案にコクリともう一度頷いた。
さて、すっかり授業も終わって放課後だな。家に帰ることにしよう。ちなみに荷物などは学校に置きっぱなしだが、貴重品は持っているのでそのままでいいだろう。
葉月には先帰ってて連絡しておいたし。そのまま直帰だ。靴変えてないけど。
「送ろうか?」
俺は立ち上がって、未だ悲しい顔をする東城に言った。
「いい……」
「一人で帰れる? 迷子にならない? ジュースもう一本買おうか?」
「いいってばっ! 子どもじゃない……」
「……。それじゃ、また明日」
ちょっとは元気になったか? 俺はそれを確認してから公園を出て家への帰路についた
◆
家に帰ると、鍵が開いていた。
基本平日の昼間に俺の家には誰もいない。つまり、泥棒……ではなく、おそらく合鍵を持っている葉月が来ているのだろう。
俺はそのままリビングへ向かう。そちら側からはいい匂いが漂ってきた。
「こーちゃん、お、おかえり!」
「ああ、ただいま。今日の晩飯はカレー?」
「そ、そうだよ! こーちゃんの大好きなお子様味のカレー!!」
「甘口と言え」
俺を出迎えたのは制服にエプロンをした葉月。これを写真に収めれば一部界隈で高く売れること間違いなし。お金に困った時の最終手段として利用させていただこう。
あの宣言から葉月が何か変わった反応を見せるかと思ったが、特におかしな様子もない。やっぱり、葉月が嫉妬するなんてことあるわけないよな。
「もう出来てるけど、食べる?」
「ああ、ありがとう。着替えてくるよ」
俺は、手洗いうがいをした後、ジャージに着替えてリビングへと戻った。
そしてダイニングテーブルに座る。目の前にはもちろん葉月もいる。俺たちの両親は互いにいつも遅くまで仕事をしている。だから葉月がよく家に来て料理をしてくれるのだ。
まるで夫婦。そう言われるのも無理はないのかもしれない。
「いただきます」
「はい、どうぞ! 味って食べてね!」
葉月はいつも通りニコニコとこちらを見ている。
俺はスプーンを手に取り、カレーと銀色に輝く炊き立てのご飯を掬った。
あれ? なんかいつもと色が違うような? あ、ルー変えたのかな?
俺は新しい味を楽しみにしながらもそれを口へと運んだ。
「っん!? ごほっ!? 辛ぁ!?」
「こ、こーちゃん!?」
むせた。とてつもない、スパイスの辛みが鼻を抜け、喉を刺激した。辛いというより痛いが適切だった。
「み、み、水!」
「ミミズ?」
そんな古典的なボケはいいからっ!
「水っ!!」
「あ、水ね! は、はい!」
俺は差し出された水を勢いよく、飲み干した。それでもまだ俺の喉は悲鳴をあげている。口の中がひりひりする。
「こーちゃん、一体どうしたの? 急に……」
葉月は俺の様子を窺う。どうしたもこうしたもない。なにこの激辛カレー。いじめ? 新手のいじめ? 俺辛いの無理だって葉月知ってるよね?
「カレー……わざと?」
「え?」
葉月はなんのことか分からないと言った様子で首を傾げている。普段見慣れていない男子が見たら天使が現世に降臨したと勘違いするだろう。いや、そんなことはどうでもいい。
俺は台所へ行き、カレーのパッケージを見た。
そこには「危険」という文字とともにドクロマークが描かれたとても人の口にいれていいものとは思えない代物があった。
これカレーだよね?
「葉月、これ、いつものじゃ……ない?」
「え? あっ……! てへっ?」
葉月は可愛らしく、頭を自分の手でコツンと叩いた。
どーなってんだ、おい。
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