第4話:偽装カップルの恋人宣言「陽くんなんて、もう知らない!!!」

 俺たちは東城の好きな幼馴染を振り向かせるため、恋人同士となった。

 俺たちが桜庭の前で恋人のフリをするということで相手に嫉妬をさせるのだ。


 しかし、当の本人はと言うと、


「アンタとみんなの前でイチャイチャ? 死んでも嫌よ」


 おい、待てよ。それじゃあどうやって相手を嫉妬させるんだよ。無理だろ。付き合ってることも知らせずに嫉妬なんかさせられるかボケェ!!!

 俺は超能力者じゃありません。


 少しの苛立ちを感じつつも、俺は優しく諭すことにした。

 東城はというと文句を言いつつも渋々俺の話を聞いてくれた。

 あれ? 俺東城のためにやってんだよね? この態度は一体何?


 まず、第一にこの関係を学年中に知られるのは東城にとって本意ではないということだ。

 その理由は、東城が学校ではある意味、有名だからだ。あの超絶イケメンの桜庭に付き纏う幼馴染として。

 そんな東城が、付き合っているなんて知らればどうなるだろうか。

 

 そんなものは決まってる。今まで東城によって抑圧されてきた、有象無象どもが桜庭と仲良くなろうと押し掛けてしまう。

 

 もし、その中から桜庭と付き合うところまで辿りつく奴らがいれば、俺たちの計画は水の泡だ。そうなっては元も子もないのだ。


 それを危惧した東城は妥協案として、桜庭の前でだけ関係を暴露するという計画に同意した。


 俺たちはいつその計画を実行するか打ち合わせ水面化で動き、連絡を取り合った。


 そして計画実行日まではいつも通り過ごすということ。

 ただし、毎日していた告白は行わない。


 俺はというと、特に何も気にする必要がないのでいつも通り過ごしていた。

 葉月は俺を起こしにくるし、ちょっかいをかけてくる。

 そんな葉月を見ながら、マジで付き合ってるって知ったらどんな顔するんだろうなと少しだけ楽しみだった。


 ちなみに東城の方は、ちゃんといつも通り過ごせているかと聞くと、


『当たり前よ!! いつも通り、陽くんの部屋に侵入して、布団の匂いを嗅いだり、部屋を掃除したり、服の匂いを嗅いだり、夜ご飯を作ったり、枕に顔を埋めたりしているわ!!』


 と犯罪行為すれすれの性癖を暴露された。

 アイツいつもそんなことしてんのな。ドン引きした。

 本人は当たり前のことと思っているようなので俺からは何も言わなかった。なんだか桜庭がうざがるのもわかる気がした。


 ただ、東城は度々、俺に愚痴を溢していた。「溢れる気持ちというものを抑えられないっ!!」って。気持ちは分からんでもないが計画が破綻することを言うと泣き言をぼやいていた。


 そして溢れ出すその感情を鉄の意志で制し、堪えること数日。俺たちはついに計画の日を迎えた。


 東城によれば、桜庭には放課後部活終了後に約束を取り付けたようだ。最近、遅くまで残って練習することが多く、すれ違いが多かったみたいだが今日は偶々、部活の顧問の先生が不在で練習がいつもより短いらしい。


 そしてそのまま帰ったところで暴露するという手筈だ。


「い、いよいよ今日ね」

「ああ」


 俺の返事は短い。なぜなら妙に緊張していた。実行は放課後。時間はあるというのに。よくよく冷静に考えれば、無理が多い気がしてならない。

 ここ数日、そう思うこともあり、東城に「やっぱやめないか?」と言ったこともしばしば。

 しかし、東城はそれを押し除けて、「今更何言ってんの? 怖気付いた? アンタから言い出したんだから協力しなさい!!」と言って取り合ってくれなかった。完全にこの作戦に心酔してない? 本当に大丈夫なのかねぇ……。まぁ俺から言い出したんだから今更やめるっていうのも無責任すぎだしな。最大限に努力はしようと思う。


 しかしながら、不測の事態というものは常に起こりうる可能性がある。

 どれだけ準備をしていたしても確実にうまくいく保証なんてものはどこにもないということ。俺の不安は別の意味で的中することとなる。


 ◆


 授業中、東城の方を見ると珍しく授業中にうつらうつらと船を漕いでいた。

 あの真面目な東城がな。時より、その顔をだらしなく緩ませていた。きっとうまくいった時の妄想に耽っているのだろう。東城ならありうる。


 そしてようやく、六限目が終わり、最後の授業前の休み時間になった。

 俺は史哉に誘われ、お手洗いに行き教室に戻るところだった。

 教室に続く、廊下を曲がろうとした時、男女二人が言い争う声が聞こえてきたのだ。


「そんな! 話が違うじゃない!!」

「だから、悪いって。俺にだって、友達付き合いあるんだから仕方ないだろ!?」


 うーむ。まるで新婚の夫婦の諍いのようだ。今日は早く帰るって言ってたのに、飲みに誘われたみたいな? 奥さんはカンカンだな。


「友達って誰よ!?」

「……先輩だよ」

「先輩!? 先輩ってまた、あの泥棒猫のこと!?」

「お前!? 仮にも三年の先輩だぞ!! その言い方はないだろっ!!」


 泥棒猫だのなんだの、本当に夫婦みたいだな。不倫現場だ。今度は。

 そんなことを思いながら廊下を曲がり終え、二人の姿を視認した。


「……何やってんだよ……」

「どうした?」

「いや……」


 東城と桜庭だった。

 そんな言い争う二人を見て、ボソリと呟いた俺に横にいた史哉が反応する。


「ありゃ、東城と桜庭か。なんかいつもより激しめやな」


 そう。いつも東城が桜庭に積極的に絡んでも桜庭は軽くあしらい、東城もすぐに引き下がっていた。

 それが今日に限っては違ったのだ。


 廊下にはそんな幼馴染同士の喧嘩を物珍しそうに見ている、他の生徒が何人かいた。教室からも覗いているものがチラホラ。

 あんな廊下の真ん中で喧嘩していればそれも当然だ。


「二人とも落ち着いて!!」


 そんな二人を止めに一人の女子が間を割った。


 葉月……なんてややこしそうなところに……。


 同じクラスメイトの二人の喧嘩を見ていられなくなったのだろう。葉月の性格ならあり得る。


「うっさい、アンタには関係ないでしょ!! ほっといて!!」

「きゃっ!」

「……あっ!」


 周りのことが見えていない東城は、止めに入った葉月に反射的に振り払った。そして葉月が小さく悲鳴をあげてバランスを崩す。声を聞いてからそれがようやく葉月であることに気がついたようだった。


 おい、東城。いくら何でも怪我したら洒落にならんからちゃんと周りを確認しろ。

 俺はハラハラしながらそんな様子を見守る。


「お前、涼宮さんに何やってんだよ!? 涼宮さん大丈夫?」

「あ、ありがと」


 桜庭は体勢を崩した葉月の手を取り、支えた。

 よくやった、桜庭。流石イケメンはやることが早い。あんなことされれば葉月も好きになるんじゃないか?


「な、何よ! 陽くん、私よりその女を優先するっていうの!?」

「はぁ!? 何言ってんだよ? 今のは涼宮さんが転びそうになったからだろ!? 最近、マシになったと思ったけど……もう我慢ならねぇ! 涼宮さんに謝れよ!!」

「はぁ!? な、なんで私がっ!!」

「ふ、二人とも落ち着いて……」


 売り言葉に買い言葉。

 東城は我を忘れている。多分、先ほど葉月だと気がついた時は、俺との関係を知っている手前、申し訳なさもあったのだろう。


 だけど、桜庭が別の女を庇った。これがよくなかった。ただでさえ、最近は桜庭に関する過干渉をやめていたんだ。溜まりに溜まった鬱憤がここに来て爆発してしまったようだ。

 そして今まで我慢をしていたのは桜庭の方も同じだった。


 葉月が見ていて痛々しい。あの葉月が珍しく狼狽えている。まぁ、人の修羅場なんてそうそう出会うことないもんな。いいもん見れた。そろそろ俺も間に入ろう。葉月を助けてやらないとな。


「何よ、何なのよ!! 陽くんが悪いんじゃない!!」

「……チッ。お前は昔から俺のやることなすこと束縛しやがって!! いい加減にしてくれよ!! 迷惑なんだよッ!!!」

「ッ!」


 俺が駆け出した瞬間だ。もう一歩で二人の間に入り、喧嘩を治めるところだったのだ。

 その前に二人の口論は激化し、桜庭が東城に厳しい言葉を投げかけた。

 それに東城は目を大きく見開いた。その目からハイライトが消えた。


「ぁ……」


 そしてそれを見た桜庭は小さく吐息を漏らした。

 東城は俯き、顔に暗い影を落として、桜庭の横を黙って抜けようとした。


「ちょ、燈理!」

「触んないでッ!」


 桜庭は自分の失言に気がついたのか、慌てて東城を止めようと腕を掴む。しかし、東城はそれを強く振り払った。


 そして二人の間に割ろうとして目の前まで近づいていた俺と視線がぶつかる。


「こーちゃん……?」


 桜庭の後ろから、俺の存在に気がついた葉月が名前を呼んだ。その顔は驚きに満ちている。なんでここにいるの? っていった表情だ。俺が聞きたい。


 俺はその場で固まってしまった。


 空気が重いぞ……。こんな空気になるんだったら飛び出さなきゃよかった……。こういう時どうすればいいの?


 だけど、そんなこと東城には関係がなかったようだ。

 東城は目の前に立つ俺に気が付くと、カッと目を見開き、俺の腕に自身の腕を絡ませた。


「ちょっ!?」


 そして桜庭の方へ体を反転させた。


「──私、この人と付き合ってるから!!! 陽くんなんて、もう知らない!!!」


 Oh……。

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