第3話:東城燈理は付き合う「カップルよ!!」
「──俺と恋人にならないか?」
俺がそう言った時の東城の顔と言ったら酷く、不快そうな顔をしていた。苦虫を噛み潰したよう、とはこの表情のためにあると言っても過言ではない。
あ、これ完全にかける言葉を間違えたわ。こんなこと言うつもりなかったのに……。
しかし、言ってもしまったものは今更後悔しても遅い。
「アンタ、私をバカにしてるの?」
強い語気を孕んだその言葉とともにこちらを射抜かんとばかりに睨みつけている。
傍目から見ても分かるほどに東城の顔は真っ赤に染まっている。もちろん、嬉し恥ずかしで顔を赤く染めているわけではない。完全なる怒り。ブチ切れてますわ……。
だって拳握って今にも殴りかかってきそうですもん。
赤みのかかった髪が揺れる。まさに苛烈。その表現がぴったりであった。
「あ、いや、誤解だ」
「何がよ!!」
怒鳴り声。誰もいない教室に響き渡る。他の生徒に見られたら完全に俺が東城を怒らせてしまったように見えるだろう。というかそうなんだけど。
「ま、待て、その拳をおろせ。俺はお前に協力してやりたいんだ」
「どこどう間違えたら、その告白が協力になるわけ!?」
「落ち着け。まずは話を聞いてくれ」
「……」
こっちを相変わらず、訝しげに見つめるその様子に俺は苦笑を浮かべ、今日、史哉から言われたことを思い出して東城に話し始めた。
「そういうことね」
俺の話を聞いた東城は、何かを深く考える仕草を見せた。
東城の表情は一切変わらなかった。ずっと眉間にシワを寄せながら俺の話を聞いていたのだ。疲れないのかね。もっとリラックスしてもいいんだよ?
俺が話したのは、偽装カップルの話。要は、偽の恋人関係になって桜庭を嫉妬させようって話だ。
自分から提案しておいてなんだが、こんな話引き受けるわけがない。
──そう思っていた。
「アンタ、天才?」
「え?」
「いいわね!! それなら陽くんを夢中にさせられるっ!!」
あ、コイツ、バカだ。
勢いで言った手前、説明したがそれを聞いてコイツはなぜか、非常に納得してしまったらしい。
「えへへ、陽くんをが嫉妬するんだ……それで私のことを夢中になって……えへへ……」
今の東城は何かをブツブツと呟きながら、先ほどまで泣いていたのが嘘のように顔をだらしなく綻ばせている。まるで餌を与えられたペットのようだ。尻尾をぶんぶん振っている様子を幻視する。
というか、東城ってこんなキャラだったのか? 崩壊してない?
どちらにせよ、中途半端に口走ってしまった提案でここまで喜んでもらえると思っていなかったので罪悪感がすごい。
まさか受け入れられるとは思っていなかった。
「というかなんでアンタはそんな提案をしてきたのよ。あ、もしかして私のことを狙ってる? 偽物でもいいからみたいな? 無理よ、近寄らないで」
「おい、体を抱きしめて引くな。そんなつもりは毛頭ない。第一、お前のことなんて好きでもなんでもねぇよ」
「……じゃあ、なんでよ。アンタにメリットなんて一つもないじゃない。もしかしてアンタも涼宮さんを振り向かせたいとか?」
「……」
「あ、図星? それなら早くそう言いなさいよ」
「ちげーよ」
俺と葉月が幼馴染というのはほとんどの人が知っている。そして俺たちが恋人同士ではないということを東城も知っているようだ。
史哉の言っていた通り、葉月の反応というのが気にならないわけではない。だけど、今の俺にそこまでして葉月を振り向かせたいという欲求はなかった。
そうだよ。確かに、俺にメリットなんて一つもありゃしない。
でも、何でかな。さっき泣いてる時、思っちまったんだ。東城にはその恋を叶えてほしいって。
俺が諦めてしまった幼馴染への恋ってやつを。
それが協力してやろうって思った理由かも知れない。バカバカしいけどな。
「まっ、俺も俺なりに思うところがあってな。お前を応援してやりたいって思ったのさ」
「ふーん?」
なんだ? 東城は目を細めて俺を見る。まるで品定めされているような。
「アンタってお人好しそうだものね」
ほっとけ。
「まっ俺から言い出したんだから東城が望めば協力してやるよ。お前のフィアンセを嫉妬させてやろうぜ!」
「フィアンセだなんて、もう!!!」
「ぐへっ!?」
顔が痛い。なんだ、こいつ。照れると手が出ちゃうタイプの人間か?
鼻血出たぞ……。
俺は片方の鼻を抑えながら東城を見た。東城はフィアンセ呼びが余程嬉しかったのか、血を流す俺のことなどまるで気にする素振りがなく、クネクネと顔を赤らめている。
少しくらい、こっち見て心配しなさい。
「そういうわけで、いいんだな?」
「……ええ。いいわ」
俺は改めて念を押す。それに対して、東城は少し間を置いてからこちらを見て頷いた。
そして俺は手をゆっくりと差し伸ばす。それに東城は答えるように手を合わす。これで契約成立。うまくいけば、東城は桜庭と結ばれ、俺は自分の中に長年溜め込んでいたモヤモヤが解消される。
それにあのイケメンが慌てる姿っていうのも面白そうだしな。あ、こっちは完全に興味本位。
俺たちは互いを見据え、口を開いた。
「俺たちは──」
「私たちは──」
「「カップルだ(よ)!!」」
こうして偽装カップルは誕生した。
「まぁ、アンタが最初告白してきた時、マジでクズなのかと思ったわ」
「え? なんで?」
「泣いて心が弱っている女の子を狙うっていうのはチャラ男とかの常套手段じゃない? まぁ、それでうまくいくこともあるっていうのが否定できないところだけど」
ぐっ……確かに言われてみればその通りだ。弱みにつけ込んでなんてことを言ってしまったんだ俺は……。
俺は単に本気で力になりたかっただけなんだが、そんなもの言われた本人からしたら知るかって話だよな。次からは気をつけよ。次なんてないけど。
◆
私には幼馴染というものがいる。
物心ついた時からずっと一緒にいた大好きな人だ。
初めは隣に住んでいるだけで仲の良い遊び相手程度にしか思っていなかった。
一つ目のキッカケは幼稚園だった。
幼稚園で私が積み木で遊んでいるといわゆるガキ大将的な体の大きな男の子が横から私の積み上げたものを崩し、積み木を奪って行ったのだ。
当然、私はそれに反抗した。当時からおてんばだった私は、男の子には負けまいとガキ大将が手に持つ、積み木にしがみついた。しかし、やはりそのガキ大将の子の方が力が強く、私は振り払われてしまった。
その拍子に私は転んでしまい、無様にも泣き叫んでしまったのだ。
そんな時、一人の男の子が先生が来るよりも早く、ガキ大将と私の間に入った。そしてその男の子はこう言ったのだ。
『ぼくのたいせつなあかりちゃんをいじめるなー!』
その時のことは今でも鮮明に覚えている。
私はその一言で心を鷲掴みにされてしまったのだ。
5歳児にして、幼馴染である私を自分のもの宣言するほどの圧倒的俺様オーラに私は虜になった。
今、思い出してもあの頃のショタ陽くんはかっこよかったし、可愛かった。目の前にいるなら抱きしまいたくなるほどの可愛さだった。
おっと、いかん、ヨダレが……。
それからというもの私は何をするにも陽くんと一緒だった。
卒園して、小学校に入学してからもずっと。
それからというもの、私は陽くんに余計にベッタリとなった。学校でも放課後でも休みの日でも関係ない。私にとって陽くんが全てになった。
しかし、小学校の高学年になると、子供というのは段々お多感な時期になってくる。私と陽くんの関係を周りはからかうようになったのだ。
だけど私には関係がなかった。そんなことを寄せつけないくらい私は常に陽くんと一緒に居て、からかったり、文句をいうやつは泣かせた。そうすればあれこれ言う奴は少なくなっていったのだ。
そして中学に上がってからもその関係は変わらない……かに思えた。
陽くんは中学に入ると部活に所属したのだ。
陽くんはバスケ部に所属した。なんでもお父さんが持っていた昔のバスケ漫画を読んで感動して、自分もやってみたいと思ったそうだ。
部活に入ることに私は少し不満だった。
一緒にいる時間が少なくなる。自分勝手ながらそう思ったのだ。
だけどそんなことを言えば、陽くんからは良い顔をされないのは当然ながらわかっていた。だから私は陽くんが部活に入って頑張ることを応援した。
しかし、それに比例して私との時間も少なくなって行った。
それでもできるだけ、陽くんのためになるように私は自分にできることをなんでもしてあげた。
疲れて帰ってきた陽くんのマッサージをしてあげたり、仕事で帰りの遅い陽くんの両親の代わりにご飯を作ってあげたり、部屋の掃除をしてあげたり。
陽くんのお世話をなんでもしてあげた。それが将来陽くんのお嫁さんになることに相応しいと思ったからだ。
陽くんは、私の元から離れ真剣に部活に打ち込むとその頭角をドンドン現していった。元々、運動神経のよかった陽くんは上達も早く、先輩たちにも負けないくらいになった。
陽くんは容姿がかなり整っているし、中学に上がってからは身長もかなり伸びた。それでいてバスケがかなりうまい。かっこいいのだ。そんな陽くんが他の女子生徒から人気になるのには時間が掛からなかった。
部活の練習には陽くん目当てで見学に行く女子生徒も多かったほどだ。
そしていろんな女子からモテはやされるようになり、学校でも私が話せる機会は減っていった。それこそ同じクラスの子から学年で特にかわいいと評判の子まで陽くんと仲良くなろうとまるで取り合いのようだった。
そんな光景を見て、
──ふざけるな!!
と私は思ったのだ。今まで何してこなかった奴らが陽くんに近くのが許せなかった。
その日から私は、陽くんに今まで以上に積極的にアプローチをしかけ、近づくメスどもは容赦なく、排除した。
その甲斐あって、人気がで初めて半年が過ぎた頃だろうか、段々と陽くんに話しかける女子は減ったのだ。
そして満を辞して私は陽くんに想いを告げた。
『好き! 付き合って!』
確信していた。私と陽くんとのこれまでを振り返っても間違いはない。今までも一緒にいたし、これからも一緒にいる。これが自然なこと。だから返事はきっとOKに違いない。
『え? ……ごめん。無理だ』
絶望したのを覚えている。
そこからはあまり記憶がない。だけど、謝られた後に言われたことだけは、はっきりと覚えていた。
『今の燈理とは付き合えない』
そう。私は陽くんをものにするためにあらゆる手を尽くした。陽くんが喜んでくれることはなんでもした。一方で陽くんに近づくメスどもにした、仕打ちを陽くんも知っていたのだ。
昔の私は確かに振り返ってもやり過ぎたと思う。周りが見えてなかった。友達もほとんどいなかったし、陽くんしか見えていなかった。
だからこの時から、私はできるだけ慎ましくなろうと決めたのだ。
他の女子が陽くんに近寄っても我慢した。最低限の威嚇だけ。
もちろん、陽くんの身のお世話などはこれまで通りした。そこは陽くんも何も言わなかったから。
だからいつか、陽くんに振り向いてもらえるように、変わった私を見てもらえるように想いを伝え続けた。
それでもその答えは、高校二年の今に至ってもなお、「No」であった。
陽くんは、高校生になってからはより一層部活に精を出すようになった。この若宮高校は県内でもベスト4に入れるくらいの強豪校なのだ。
そして二年生になってからはエースとして部を引っ張ることになり、より練習も遅くまでやるようになった。
そのことでやはり私と過ごす時間は減った。慎ましくなったといってもやはり、溜め込めば暴走してしまうこともしばしば。
最近、構ってくれることが少なくなった私は我慢できずにそのことについ文句を言ってしまった。
これが失敗だった。きっと陽くんも遅くまで部活していて疲れていたのだろう。
『お前、いい加減うざいよ』
ショックだった。あの優しい陽くんにそんな言葉を言わせてしまったことが。
翌日には言い過ぎたと謝られたがこの頃から、陽くんはとっくに私のことなんて見てくれていない、と思うようになってしまった。
それでも私は諦めずに告白を行う。今日だって、部活を行く前のほんの少しの隙間時間、私は彼に告白をした。
しかし、そんな私の告白も陽くんには届かない。
今日も返事は「No」だった。
「何回も言って悪いけど、燈理と付き合うつもりはないよ」
どうして? どうしてわかってくれないの? いつも一緒にいて、私なんでも尽くしてきたじゃん。どうしてなの? 限界だった。
陽くんがいなくなり、誰もいなくなった教室で私の心は決壊した。
そんな時だった。
「──恋人にならないか?」
私は、その意味不明な告白を受け入れてしまった。すべては陽くんに振り向いてもらうために。私たちは偽装カップルとなった。
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