第2話:青北洸夜の告白「──俺と恋人にならないか?」
「こーちゃん! 私、今日委員会だから先に帰っててね!」
「おー、りょーかい」
高校二年生になり、四月も半ばを過ぎて新しいクラスにも慣れてきたこの頃。
昼食を取り終えた葉月は俺にそう言って、友達のところへと向かって行った。
委員会か。それなら今日はどこかへ寄り道でもして帰ろうかな。そんなことを考えているときだった。
「おっす。相変わらず、夫婦してんな」
「別にそんなんじゃねーって。俺と葉月はただの幼馴染。それ以上でもそれ以下でもねぇから」
耳にタコができるほど言われ慣れた言葉に少し、眉を顰めてそう言った。
「全く……お前らが恋人じゃないって知らん連中が聞いたらビックリ仰天するわ」
一人になった俺に話しかけてきたのは、親友である、
「まぁ、そう思われんのが嫌なら、彼女の一人でも作ればええやんか」
「それができたら苦労しねーって」
「葉月ちゃん、べったりやもんな。あれで恋愛感情ないのが意味不明やけど」
「だろ?」
思わせぶりどころじゃない態度。葉月は一体どう言う気持ちで俺と一緒にいるのか、本心を聞き出してみたいところだ。まぁ、俺も葉月と一緒にいるのはなんだかんだ楽しいから別に仲のいい異性の友達ってことでいいんだけどね。
「でもお前に彼女できた時の葉月ちゃんの反応もちょっと見てみたいかもな」
「普通に祝ってくれんじゃない?」
「そやろか? 案外発狂するかもしれんで」
「……まぁ、確かに気にはなるな」
「やろ? ちょっと気になるから一回本気で彼女作って見てや」
どんな理由で俺に彼女作ることすすめてんだよ。
「だから、それでできたら苦労しねぇって」
「やから、適当に恋人作ればでええやん?」
なんつー不誠実な提案を親友に向かってしてくるんだ、こいつは。正気か?
俺が怪訝な顔をしていることに気がついた史哉はさらに言葉を続ける。
「本当に彼女を作るんやなくて、彼女のフリをしてもらう人を見つけるってこと。つまり偽物の恋人や」
「……」
そんな馬鹿げた提案に乗ってくれる女子なんているか? 絶対いないだろ。断言する。
「それだったら普通に、できたって嘘つくだけでもよくないか?」
「まあまあ。そんなんすぐバレるやろ? それよか「恋人です!」って目の前で宣言してみせたら本物のリアクション見れそうやで。嫉妬に狂うこと間違いなしや」
あの葉月が? 今更俺に嫉妬なんてしないだろ。
「そんなうまくいくかね」
「失って初めて気づく大切な存在ってあると思うねん」
何のドラマに影響されてんだよ、コイツ。
それに別に俺は今更、葉月にそんなことを求めていない。中学の時ならいざ知らず、葉月に振り向いて欲しいなんて今の俺は考えていないのだ。
「まぁ、ものは試し。今度やってみてや」
「相手がいたらな」
そんな相手いるはずがない。そう思った。だから適当にそう返した。
こうして俺たちの昼休みはバカな会話をして、終わりを告げた。
◆
俺のクラスには幼馴染のことが大好きな奴がいる。
もちろん、この幼馴染は葉月のことを指すのではなく、そいつにとっての幼馴染を指す。
クラスメイトの
桜庭は、運動神経抜群の超絶イケメン。若水高校の王子的存在であり、謂わば、葉月の男子版だ。そして我ら男子の敵でもある。
東城はいつでもどこでも後ろをついてはまわり、桜庭も時折、鬱陶しそうに相手をしていた。
まるで俺と葉月の関係。といえば、近しいものであることは間違い無いが、俺たちとは決定的に違う。
俺たちは所謂、異性の親友のような存在だ。そこに恋愛感情はもうない。
それに対し、東城は桜庭に対して、恋愛感情全開だ。
桜庭はと言うとそんな情熱的なアプローチを意にも介さず、断り続けているらしいが。つまりフラれ続けているのだ。それは周知の事実となっている。
そんな東城はというとこいつも中々の美少女である。容姿だけで言えば男子からも人気なのだが、如何せん、こいつは性格がキツい。
男子にも女子にもそれなりに当たりが強いのだ。桜庭にだけ唯一優しく、べったりなのであった。
なぜ二人の紹介をしているかは、今俺はその二人の告白の現場を隠れて見ているからである。
放課後。
先生から授業中の居眠りを注意され、職員室から教室に戻る時だった。
……ッ!!
……。
どこからか誰かが話している声が聞こえてきた。
よくよく耳をすませば、男女のようだ。そして声が聞こえてくるのは空き教室の方。
おいおい、まさかこんなとこでおっぱじめてるわけじゃ無いだろうな。
そんなことあるわけないかと思いつつ、少しだけ様子が気になった俺はその空き教室の方向へと足を進めた。
「なんで!? どうしてなの!?」
「悪い。俺そろそろ部活だから早く行かせて欲しいんだけど」
声を荒げていたのは東城だった。
そしてその相手はもちろん、桜庭。
あー、これは告白の場面か。
わざわざ学校でしなくてもいいのに。家も隣同士なんだったら帰ってからすればいいのにな。でも学校の雰囲気って大切かも。
そんな呑気なことを考えながら、二人の様子を見ていた。
会話の内容からして、また東城はフラれてしまったらしい。
「じゃあ、俺そろそろ行くから」
「ま、待って!」
「勘弁してくれ」
桜庭は東城の制止を振り切り、こちらへと向かってくる。
ま、まずい!
俺は咄嗟に身を潜めて、桜庭に見つからないように祈った。
すると俺の祈りが通じたのか、桜庭は俺が隠れた方向とは真逆の方向へと歩いていき、こちらを一度も振り返ることなく、去っていった。
「ひっく、ひっく……ぐすん……どうしてぇ……」
東城が残された教室には、悲痛な泣き声が響き渡った。
もう一度、身を潜めながらも顔だけ教室から覗いてその様子を窺う。
その場にへたり込みながら本気で泣いている東城。
それを見た俺の中にはなんとも言えない感情が溢れた。
なんでだ? 毎日のように告白して、フラれて傷ついて。それなのになんでそんなに毎回そんなに本気になれるんだ?
毎日フラれ続ければ、言っちゃ悪いが、慣れるというものだ。いい加減わかるだろう。それこそ、慣れてしまえばそれほど傷つかない。それでも彼女の目から流れ出る雫は本物だった。
本気でフラれたことを悲しんでいる。
「うぅぅぅ……」
俺の心の中がざわついた気がした。
気がつけば、俺は立ち上がり、教室の中に入っていた。
「いい加減諦めたらどうだ?」
「ッ!?」
突然の訪問者に東城は非常に驚いた様子で俯いていた顔を上げた。
「い、いづがらぞこにいだの!?」
鼻水混じりの涙声で、いつものように強気に振る舞う東城。でもダメダメだ。
「なぁ、なんでそんな風になってるのに、いつまでも桜庭に固執し続けるんだ?」
俺は東城の質問を無視して続けた。
すると東城は慌てて、自分の涙や鼻水を袖で拭い、俺を強く睨んだ。
「うっさい、アンタに何が分かるの!? ほっといてよ!!!」
怒鳴り声。だけど、未だにやや鼻声だ。精一杯、いつもの自分を引っ張り出している。
「それって辛く無いか? 諦めたら楽になるぞ?」
これは俺の経験から来るものだった。おかげで俺は今でも葉月と仲良く、いい関係を続けている。
先ほど、桜庭と東城の関係を見るに良好とは言い難かったように感じた。
「ぜ──ったいに嫌!!!」
東城は立ち上がり、俺を強く睨み付ける。
俺にも東城の気持ちはわかる。大好きだった幼馴染にフラれたんだからな。それでも東城ほどの積み重ねはなかったから少し違うのかもしれないけど。
それでも幼馴染に本気で恋していたのは確かだし、あの頃、報われない想いを昇華するのには時間がかかった。
正直に言えば、中学を卒業するくらいまで俺は葉月のことが好きだったのだ。
だからだろう。酷く同情した。目の前の泣き叫ぶ、弱い少女に。どうにかしてやりと思うほどに。
そのせいだ。昼間にバカな話をしていたこともあったからだろう。
──失って初めて気づく大切な存在ってある思う。
きっと、そのせいでこんな馬鹿げたことを口走っていたのだ。
「──俺と恋人にならないか?」
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