【三月二十八日 0000】
目の前に広がるのは正に大河と呼ぶに相応しい河。
「海が近いのかな」
そう言って足先で水と戯れれば冷たい感触が快い。
「海を渡る【艇】に河を渡らせるなんて、誰が考えたんだよ」
変な奴だろうなと、独り言で寂しさを紛らわせながら河へと入っていく。文句を言ったところで向こう岸には行かなければならないのだ。流れは穏やかで水は冷たすぎず気持ちが良い、そして深さも俺の頭が一つ水面から出る程で労せず進むことができる。
「拍子抜けだな……」
無心で歩き続けていたらあっという間に岸についてしまった。水から完全に上がれば、不思議なことに衣服はあっという間に乾いてしまった。そして、見たこともない景色にも関わらず向かうべき方向を俺は知っている。
河から離れるほどに地面には草木が増え、三十分程進んだ頃にはすっかり見慣れた【道】にそっくりな風景が現れた。
「うわー、死んだ気がしねえ……」
「だろ?」
「うわっ! びっくりした!?」
俺の独り言に何の前触れもなく応えたのは約八年前に別れた長兄の声。驚き振り返るとそこには先に逝った兄弟たちが勢ぞろいしていた。
「こら、和哉。久がびっくりしてるじゃん」
「わー、お化けばっかだー」
「迎えに来てやったのに調子に乗んな!!」
築哉(つきや)兄さんが容赦ない拳骨を俺の頭に落とし、前ちゃんと弟が笑う。十年も経っていないはずなのに何もかもが懐かしい。
「まあ、あれだ久哉、お前二十四歳だって? 長かったな。おつかれ」
「うん、あんがと」
和哉兄さんが俺の頭をぽんと軽く叩いた。それを合図に築哉、家哉、弟たちが次々に口を開く。
「長生きだったなお前。頑張ったな」
「管制艇は掃海艇とは違った意味で疲れただろう? おつかれさま」
「おつかれリア充!」
「ようこそあの世へ!」
最後に見た時から変わらない兄弟たちなりの労いが素直に嬉しかった。
「久哉、頑張ったな」
「うん。一番のジジイになるくらい頑張った」
前ちゃんのぶっきらぼうで優しい一言に涙が溢れる。誤魔化そうとふざけてみるがうまくいかなくて、涙は次から次へと流れて止まらない。
「うわ、泣くなよ」
「頑張った、頑張った。もう大丈夫だ」
兄弟たちが慌てて俺の涙を袖で乱暴に拭ったり、背中を軽く叩く。仕草は乱暴でも気持ちは何よりも優しいのだ。
「よひらちゃんに、会いたい……」
「……結局は嫁か!!」
嬉しさのあまりとび出たのは数十分前に死別した愛しい人の名前だった。
できるだけ、ゆっくり来てください。俺の兄弟を、もう一度紹介します。
催花 月の下で 加茂 @0610mp
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