【三月二七日 2300】

 現在時刻は2300。場所は掃海管制艇【くめじま】の私室。ここにいるのは元【くめじま】もとい久哉と妻の【よひら丸】、久哉の弟である【ゆげしま】【ながしま】の四人。その四人で【げんかい】が迎えに来るのを待っている。

「ねえ、久あと何分?」

「ん、あと三十分」

「そう」

【よひら丸】、通称よっちゃんはそう言ったきりまた静かに何もせずに座っている。素直に甘えたり寂しがったりしないのだ、彼女は。弟たちも気を使ってか各々茶を啜っていたり煙草をふかしたりと、俺たちの間に入らないようにしながらも部屋からは出て行かず側にいてくれる。昨年の前哉の時もその前の家哉の時も今まで見送った兄弟皆、最期の日は一緒にいたことを思い出す。

「よっちゃん、指輪どうしようか」

「久はどうしたい?」

「よっちゃんに持ってて欲しい」

左手の薬指で光る銀の指輪は竜宮へは持っていけない。私物だって使えるものは弟や後輩たちが使うのでよっちゃんに今あげられるものはこの指輪しかないのだ。

「……いいよ」

時計の長針が六を指した時、襖をノックする音が響く。襖を開ければ黒づくめでお馴染みの多用途支援艦【げんかい】が立っていた。

「時間ピッタリだな」

「迎えに来たぞ」

「よっちゃん、弓、長、じゃあまたな」

左手の薬指から指輪を抜き去るとスウと冷えた空気が指輪のあった場所を撫でる。指輪をよっちゃんの手に握りこませれば、よっちゃんの瞳が少し揺れたような気がした。

「久、またね」

よっちゃんは優しい声で別れを告げる。最期に愛しい人と弟たちの顔を見る。その表情は俺が想像していたよりも穏やかでほんの少しだけ安心した。【げんかい】によって襖が閉められる。これからは【座敷童】の下までこの【げんかい】と二人、死出の旅だ。

「久哉」

「なに?【げんかい】。ズボンと靴下は脱いだよ」

真っ暗な道のりを真っ黒な【げんかい】といく。【げんかい】の懸念事項である下着問題について先に答えれば、隣から深い深いため息が聞こえてきた。

「それは見たら分かる。そうじゃなくてだな、お前……泣くなよ」

「……泣いてないし」

目からポタポタと落ちる水滴は決して涙ではないと主張すれば【げんかい】は再びため息をついてハンカチを寄越してくる。仕方がないので受け取って水滴を拭きながら歩けばあっという間に【座敷童】のいる本邸についた。戸を開けいつもと同じ玄関でいつものように靴を脱ぎ、正面の襖に手をかける。いつもより俺が緊張しているのは気のせいだということにしておこう。襖を開くといつもそこにある部屋ではなく静かな八畳間だった。その真ん中に座敷童【ニシノ】が鎮座している。

「久哉、泣いたんか?」

「泣いてない」

「久哉は寂しがりだからなあ」

【ニシノ】は俺の主張は聞かず笑いながら俺の顔を見る。

「牧も前ちゃんも待ってるし、別に寂しがってはない」

「そうか」

【ニシノ】はやはりニヤニヤとしながら俺のことを見ていた。

「久哉、二十四年もよくがんばったな」

「家哉兄さんの記録、抜いてやったった」

「そうだなあ」

俺は呉と神戸の二つが母港だった。そして最初と最期が呉だった。そのせいだろうか寂しくはあるが、決して怖くはないのだ。

「2358《フタサンゴオハチ》」

【げんかい】の声が時刻を知らせる。俺の命もあと一分足らずだ。

「5、4、3、2、1」

ポンと肩を優しく叩かれる。それと同時に俺はこの世界のどこにもいなくなった。


 二十四年と三ヶ月。また会うときは海の下の都にて。

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