【三月二十五日】

今日は足先が寒くて早くに目が覚めた。モコモコの靴下もズボンも履いていたのにだ。

「これが老化か……」

「なに言ってんの、もうとっくにジジイだろ」

「ほら、ジジイさっさと靴下脱ぐ!! デートだろ!!」

「和哉兄さん、家哉兄さん、弟たちが辛辣です」

「早く!!」

「はいっ」

パンイチな弟たちにせっつかれ、箪笥から一番綺麗なシャツを引っ張りだして袖を通す。その間も何故か弓哉も長哉も特に何も言わずに俺のことを見つめてくる。

「そんなに見なくてもよくない?」

「気にしないで」

結局ベルトを締め靴を履くまで弟たちは見守ってくれた。

「いってきます」

「いってらっしゃい」

二人に見送られ居住区の出口まで走って行く。【道】の境界を抜けるとそこはかつての母港……阪神基地隊の門柱前だ。

「さて、行くか」

魚崎自体は久しぶりだが体はしっかりと道を覚えて、走れば懐かしい景色が目に入ってくる。

「この辺はあんまり変わらないな」

青木(おおぎ)駅の改札を抜け、電車に飛び乗るとスマートフォンのメッセージアプリの着信音がなる。確認すれば、画面には相手の到着を知らせる文字が躍る。たったそれだけで顔がニヤけてしまうのはきっと今日が特別なデートだからだ。すぐに返信し、ポケットにスマートフォンを押し込んで窓に映った自分を確認する。走ってきたせいで髪の毛が少し乱れてしまった。手櫛でさっと直せば元通りの男前が窓の中に現れた。十分も乗っていれば三宮駅にあっという間に着く。急いで西口の方へ向かえばすぐに長身の女性の後ろ姿が見えた。

「よっちゃん、お待たせ」

「5分前ぴったりね」

「自衛艦なので」

彼女の微笑みは今日も変わらず愛らしいものだった。


 三月の最後の日曜日、神戸の異人館にて仲睦まじく手を繋いで観光する姉弟のような二人がいたとかいなかったとか。

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