【九月某日】

「よし、やるぞ」

【艇】にはやらなければならないことがある。例えそれがとてつもないほどの精神的苦痛を伴うことであってもだ。艦橋の戸を開け、筒状の白い空の容器を回収する。これから行う作業について思うとどうしても億劫になってしまうがしかたがない。手始めにSAMのコントローラーの下をホウキの先で攫ってみれば、早速お亡くなりになった黒いお方と対面した。

「ほらー、もう、やだあー……。ここはお前らの家じゃなくて俺の大事な大事なボディーなんだぞ……」

嘆いたところで黒いお方が撤収してくれるはずなどない。そんなことは分かっている。家哉兄さんなんて最期のその日まで戦っていたのだ。

「家哉兄さんよりマシ。引き出しびっくり箱よりマシ」

そう自分を鼓舞しながら黒いお方の亡骸の回収を進める。

「おーい、こっち済んだぞ」

「おーう」

一緒に回収を進めていた乗員の声に応え、回収した黒いお方を持っていく。そして見てしまったのだ。乗員が俺と同じように回収した黒いお方の山のような亡骸を……。

「うわっ、うわあ……」

言葉にできない気持ちというものはこの世にちゃんと存在する。それを俺に教えてくれたのは他の誰でもない、どこのご家庭にも存在する黒いお方だったのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る