第14話 夕食時の報告会


 グラハムが帰還したのはとっぷりと日が暮れたあとのことで、すでに夕食の準備に取りかかっていた一行は、食事をりながら彼の報告を聞くこととなった。


「単刀直入に言って……あの連中、領都からやって来た犯罪組織の一員みたいっす。どうやらこの街にも下部組織があるらしくて、根城になっている歓楽街の裏通りにあるさびれた酒場を宿代わりに使ってるようでした」


 部屋のスペースにそれほど余裕がないため、正式な報告の体裁ていさいを取ることができず、同じテーブルについて報告する形となる。


 作業机も兼ねたテーブルは一人暮らしのものとしては大きく、アルベリックたちが家主も含めて食事を摂れるくらいの余裕があった。


 ただし、呪いのことがあるため、クリスティアーナだけは一人離れた小卓である。

 その給仕をするためにテーブルを離れているヘレナだが、話は聞こえる距離であったため、盛り付けた料理の皿を置きながら問いの声を発した。


「領都の犯罪組織が、なぜわざわざこの街まで来てエレンさんをさらおうとするんです?」

「それなんすけどね、連中も上の人間に命じられて来ただけらしくて……目的までは知らされてはいないようでした。ただ、エレンさんを掠うのが主目的じゃなくて、エレンさんが持っている――はずの、呪いの品を手に入れるのが第一の目的みたいでしたけど」


「呪いの品というのは……もしかして、クレナ村で発掘されたあの?」


 クリスティアーナの顔をうかがうように見やって、アルベリックが言葉を投げる。同じ部屋では筒抜けなので、あえて声をおさえることはしなかった。


 大きな皿に盛られた料理を自分用に取り分けながら、グラハムがうなずいてみせる。


「ですです。『クレナ村で見つかった呪いの箱』って、はっきり言ってましたからね。ただ、どういう種類の呪いがかかってるのか、派遣された奴らは知らされてないようでした。一応、直接触らないよう注意は受けていたみたいっすけど……」


 微妙な表情がグラハムの顔に浮かんだのは、奪い取ったはいいが、実行犯が呪いにかかって動けなくなる可能性を考えない計画の杜撰ずさんさゆえである。


「……それで、命じた人間の素性はわかったのですか? この時間までかかって、わからなかったなんてオチはありませんよね?」


 いち早く取り分けた料理をさかなに、馬車から出してきたエールを手酌でやりながらヒュームが声をかける。


 ヘレナが取り分けた大盛りの料理を前に、アルベリックが手を付けるまでは頑として動こうとはしないデュシェスとは対照的だった。クロエも空の皿を前に身動き一つしないが、彼の場合は食事そっちのけで考え込んでいるだけである。


 個性的な面々を前に、家主であるエレンは一応客人に配慮してか、全員が取り分けるまで自分の前の料理に手を付けようとはしなかった。


「いや、一応……ちょっと抜けた奴が一人で行動してくれてたんで、物陰に引っ張り込んで、かる~く締め上げたら色々吐いてはくれたんすけどね? 組織の上役の名前なんかは聞き出せたんですが、肝心の発注元の名前はそもそも知らされてないみたいでして? まぁ聞かされてても、覚える頭がそもそもなさそうな奴なんですが」


「……つまり、背後関係についてはまったくわからなかった、と。使えないですねぇ」

「仕方ないでしょ! そもそも犯罪組織の下っ端なんて、捕まったら切り捨て上等、大事な顧客の情報なんて最初から与えないのが当たり前なんすから! 他の連中だって似たり寄ったりだとわかったんで、そこで調査を切り上げて報告に戻ってきたんですよ!」


 あと情報提供者には空き部屋でお休みいただきました、とやけくそのようにグラハムは声を張り上げる。


 その間も手を止めずに料理を盛り付け、自分の席に座るグラハムになだめるような笑みを向けてアルベリックは言った。


「まぁ、グラハムは充分よくやってくれた……ご苦労だったな。現時点で入手できるだけの情報は入手してきてくれたと思う。エレンをさらおうとした目的は、おそらく呪いの箱が見つからなかったから、その在処を聞き出すためだろう?」

「っぽいですね。なんか、女もできれば掠ってこい――みたいな指示があったみたいなんですが、発注元の要望なのか、単についでに掠って売り飛ばして金にしよう的な上役の算段なのかは不明で……エレンさん、なにか心当たりってあります?」


 急に顔を向けて問いかけるグラハムに、エレンはしばらく考えてから首をひねった。


「うーん……いや、これといって心当たりはないね。というか、女が一人で研究者なんかやってると、パトロンになってやるから愛人になれとか、研究成果をもらってやるから愛人になれとか、とにかくいいから愛人になれとか言ってくる奴が、定期的に湧いてくるし」

「……なんで、二言目には必ず『愛人になれ』なんだ?」


 呆れたように言葉を口にするアルベリックに、エレンはからからと笑ってそんなのわたしが聞きたいよ、と言い返した。


「一人で研究をやってる女なんてのは、よっぽどちょろく見えるんだろうね! 第一声は援助してやるから~ってのが定番なんだけど、こっちは別に金に困ってないっての。亡くなった両親がそれなりの額の遺産を残してくれたし、研究のかたわらきっちり運用して同じくらいの額増やしたからね!」

「それは……たいしたものだな。研究者といえば、金勘定は不得手な者が多いのに」


 素直な賞賛をのぞかせたアルベリックの言葉に、エレンは面映おもはゆそうに笑った。


「研究やってるだけで空から金が降ってくるわけでもなし、金策ができなきゃ研究云々言う以前に飢えて死ぬだけだからね。わたしが男だったら、それなりの組織や機関に所属して予算をつけてもらうことも可能だったろうけど、そもそもクローヴィアスじゃ女が学問をすること自体いい顔されないし」


「そういえば……だから、男名前で研究を発表していたのか?」

「そういうこと。ついでに、女は神殿にでも入らない限り、一定の年齢までに結婚しないとまわりから白い目で見られるんでね。幸い、治癒術の適正もあったんで一時期神殿に入ってたこともあったんだ。ただ、研究のことがバレて――研究か信仰かのどちらかを選べと言われたんで、迷わず研究を取って神殿をすっぱり辞めたら、お偉方に睨まれちゃったらしくて」


 あはは、と悪びれた様子もなく笑って、エレンは少し癖のある髪を片手で掻き回す。


「表から裏からひっきりなしに嫌がらせしてきて、しまいには身の危険も感じるようになってきたんで、尻に帆かけて逃げ出してきたんだ。そういう意味では、こっちに来てからは平穏そのものだよ」


 変なコナかけてくる連中がたまにいるくらいで、とエレンは苦笑して付け加える。


 グラハムは不味いものを食べたような表情でその顔を見やり、自分の前に置かれた真鍮しんちゅう製のフォークを取り上げて言った。

 エレンの家にこの人数分の食器はなかったため、馬車から運んできたものである。


「それ……立派な心当たりって言いません? 断られたのを逆恨みして、拉致らちしてやろうとか考えるやからだっているでしょう?」

「どうだろうね。あんたのご主人みたいな美人ならともかく、わたしにそこまで執着するような物好きがいるとも思えないけど? それに、使いの者が来た時点で追い返してるから、コナをかけてきた連中の名前も知らないんだよ?」

「あ~、後ろ暗いこと考えてる連中って、頑として名乗りたがりませんからね。まして相手を見下してかかってるような奴が、まっとうに名乗りを上げるわけないか」


 眉を寄せてグラハムが言ったところで、アルベリックがせっかくの料理が冷める前に、と定番の語句で祈りを捧げて食事を始める。


「ヘレナとエレンの料理の腕と、今日の糧となってくれた食材に感謝して――」


 手を合わせて軽く瞑目めいもくしてから、目の前に置かれた料理に手を付けるアルベリックを、エレンは面白そうに見つめやった。


「変わった祈りの文句だね。この国独自のものとも思えないけど……アンジェリカお嬢さんの家ではそれが普通なのかい?」

「……お嬢さんはやめてくれ。アンジェでいい――これは……家とは無関係だな。私の他に使っている者を見た記憶はないし」


 顔をしかめて呼び名を訂正し、アルベリックは話題をらすように問いかけに答えた。


「なんとなく、普通の祈りの文句よりもしっくりくる気がしてな。一応、おおやけの場ではちゃんとした祈りの文句を唱えてるぞ?」

「そういうの、お――アンジェ様は多いっすよね。誰も知らない言葉を作り出してみたり、独特の言い回しをしたり……それが変にぴったりはまって、まわりも使うようになったりすることも多いですけど」


 俺もけっこう影響受けたクチですし、とグラハムが笑いながら料理を口に運ぶ。


 テーブルの上にっているのは、ワイン蒸しにした鳥肉に刻んだ香味野菜のソースをかけたものと、カリカリにいためた塩漬け肉を載せた温野菜のサラダ。焦げ目が付くまでじっくり焼いた輪切りの玉葱たまねぎ馬鈴薯ばれいしょに、チーズを練り込んだスティック状のパンという組み合わせだ。


 食後のデザートには口当たりのいい苺のムースが用意されていたが、冷たさを楽しめるよう保温箱の中で食事が終わるまで待機しているところだった。


「言葉だけではなく、誰も考えつかなかったようなものを色々と作り出したりもしましたね。個人的には、女性用の下着を改良してくださったのが一番嬉しかったですよ? あれで女性の皆さんのスタイルが見違えるように良くなりましたから――ああ、もちろん服の上から見ての話ですよ? あと男性用の下着も、履き心地が良くなってずいぶん助かりましたね」


 エールの入ったカップを傾けながら、ヒュームが口にしたのは男性が触れるのにはいささか微妙すぎる話題だった。


 ただ、彼に白い目を向けたのはヘレナ一人で、エレンとクリスティアーナは感心したような顔つきで、ヒュームからアルベリックに視線を移した。


「へぇ! あの下着を考えたのはお嬢――アンジェだったのかい。この国に来て、一番良かったと思ったのがあの下着だよ! 付け心地もいいし、見た目も悪くないのが手ごろな価格で買えるっていうのがね!」

「私も……この国に来て初めて知りましたが、あんなに快適な付け心地の下着があるとは思ってもみませんでした! そうでしたか、アンジェさんが……」


 尊敬の念さえ入り混じる視線を向けられて、アルベリックの顔に浮かぶ表情が引きつったものとなる。


「い、いや……あれはその、しようと思って提案したものじゃなくて、男性用下着の質があまりに残念で、改良案を出したら……服飾部門の女性陣が、女性用下着でもなにか画期的な改良案を隠し持っているんじゃないかと、ヘレナを巻き込んで大勢で詰め寄ってきて……」


 当時の騒ぎを思い出して、アルベリックの顔色があからさまに悪くなっていく。よわい一桁の時分の話とはいえ、女性の美に対する執念をあまりにも甘く見ていた自分の迂闊うかつさに、今となっては呆れるしかなかった。


「それに、改良案を出しはしたが、実際にそれを製品に仕立てて売りに出したのは私ではないぞ。なにしろ私は、針を持ったら確実に指を縫うくらいの裁縫音痴だからな」

「……本来、それはアンジェ様が身につける必要のない技能なんですけどね」


 さすがに黙っていられなかったのか、そっと目を逸らしてヘレナが誰の耳にも届かないくらいの音量で呟く。

 それは当然アルベリックの耳にも届かず、あわあわした様子で目を泳がせる姿を、微笑ましげに見やってエレンは言った。


「いや、案を出しただけでも充分凄いことだよ。これまでの――この国以外じゃ今も現役だけど、以前の一般的な下着ってのは付け心地は二の次、三の次。見た目だって貴族向けの高級品でもない限り色気もへったくれもない、ただ付けるだけってが大半だったからね」


 実感のこもったエレンの言葉に、クリスティアーナがこくこくとうなずく。


「まぁ、独身の年増女が下着に色気を求めても……って言われたら、反論のしようもないけどね。でも、どうせ付けるなら色とかデザインとか、ちょっとでも可愛いほうがいい気分で過ごすことができると思うんだよ」


 もちろん、付け心地がいいってのが一番重要だけど、とエレンは言葉を付け加える。

 彼女の言葉に対し、クリスティアーナにも負けないくらい熱心にうなずいていたのがヒュームだった。


「本当に大事ですよ、そこは――下着が改良される前とあとでは、女性の方々の目の輝きや表情の明るさが段違いでしたからね! まさか、こんなにも変わるとは思わず、私も自分の未熟さを痛感させられましたよ……!」


 妙に力のこもった声を発してから、ヒュームはエレンに柔らかい笑みを向ける。


「あと、年増女などとご自分を卑下ひげするような言い方はなさらないでください。まだ充分、お若いように見受けられますし、そんな言い方をしたら本当に年のいった方々に睨まれるどころではすまないと思いますよ?」

「ずいぶんとまた、女性の心理に詳しいお兄さんだね……けど、三十を越えたら世間じゃ充分年増扱いされると思うけどね?」


 ヒュームの言葉に特に感じ入った様子も、逆に嫌悪感を見せることもなく、エレンはさばさばとした声を投げ返す。


「……あら、じゃあ私とほとんど変わらない歳なんですね、エレンさん」


 そこに、ごく自然な調子で言葉を投げ込んだのは、クリスティアーナの給仕を終えて自分の席に着いたヘレナだった。

 薄く化粧していても、下手をすれば十代に見えかねない顔をエレンは驚愕の目で見る。


「え? 変わらない――って、あんたとわたしが? いや、冗談にもほどが……」

「私、今年で三十三なんです。エレンさんは三十一、二くらい? でしたら、私のほうが少しだけお姉さんですね」

「え? ええ? えええ……?」


 目を白黒させるエレンを見て、グラハムとヒュームがさもありなん、という顔になる。


「ですよねー、ヘレナさんの外見って本当に詐欺さぎだと思います。しかもあれで、学校に通う歳の子供がいる既婚者だっていうんだから……もはや詐欺を通り越して、人体の不思議としか言いようがないっす」

「女性の年齢についてどうこう言うのは、マナーがなってませんよ。ですが、正直グラハムの意見には私も賛成です。これでも私、見た目から女性の年齢を当てるのには自信があったんですがね。ヘレナ女史の見た目年齢に関してだけは、私の鑑定眼は役立たずもいいところです」


 顔を見合わせてこそこそと会話を交わす二人を、ヘレナが完璧に整った笑みを浮かべたまま見つめやる。


 奇妙な威圧感を漂わせたその笑顔に、二人は同時に酢を飲んだような表情で黙った。


 そんなやりとりを意に介することなく、アルベリックは会話にまるで参加する様子を見せずに、さりとて食事に手を付けようともせず考え込んでいるクロエに目をやった。


「……クロエ、どうした? なにか気になることでもあるのか?」


 やや控えめな音量で投げられたアルベリックの声に、他の者の視線もクロエに集まる。

 その声でようやく我に返ったように、うつむいていた顔を上げたクロエは集まった視線に焦ったような表情を見せた。


「いや、なんでも……! ただ、ここの家主を掠おうとしていたあの連中の目的が、ちょっと気になっただけだ!」

「目的……?」


 首をかしげるアルベリックに、クロエは追及をまぬがれないと悟ったらしく言葉を続ける。


「グラハムが調べてきた連中の様子からして、主目的が呪いの品にあったことは確かだろう。だとしたら、呪いの品を手に入れてなにをするつもりだったのか……クリスティアーナの証言からして厄介な呪いであることは間違いない。それをなにに使おうとしているのか……連中に指示を出した人間の目的が、正直あんまり良いものだとは思えない」


「確かに……そうだな」


 クロエの表情が伝染したかのように、アルベリックの顔に浮かぶ表情も嫌な予感を隠しきれないものとなった。

 宝石のようなみどりの瞳が曇るのを見て、クロエはそっけない口調で話題を変える。


「ま、ここであれこれ考えても始まらないんだけど! 集まった情報が足りなさすぎる。頭の片隅にでもめ置く程度にしておいたほうがいいんじゃない? ただ、ろくでもない目的で呪いの品を手に入れようとしている人間がいるって可能性は、忘れないようにしておいたほうがいいと思う。そういう連中は、自分の目的のためなら手段を選ばないことが多いから」


 突き放すような調子で言いながらも、案じる響きを消し切れていないクロエの言葉に、アルベリックは表情を引き締めたまま深くうなずいた。

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