第11話 賊との戦闘と呪いの研究者


 アルベリックが放った光の矢は、男たちの身体は傷つけずに、その意識にのみ間近で強烈な光と音が発されたような衝撃を与えた。


 本来なら熱による外傷を与えるものだが、アルベリックが改良を重ねた結果である。


 無傷で賊を取り押さえるのに重宝している魔術だが、唯一の欠点は装甲の厚い場所に当たると、肉体にも意識にもまったくダメージが入らないことだった。


「制圧三! 無傷が二!」


 ばたばたと倒れる男たちの数を、無傷の者とともにアルベリックは口にする。

 同時にクロエが無詠唱で放った空気のつぶてが、アルベリックの仕留しとそこねた二名の男の意識を刈り取った。


「フォローありがとう、クロエ!」


「気を緩めるのはまだ早い! 別働隊が裏手から逃げる!」


 わずかに顔をほころばせるアルベリックへ、クロエが端的な言葉を投げ返す。

 家の死角となって見えない位置では、裏口から抜け出した数名の男が、意識のない人物を担いで逃げ出そうとしているところだった。


 正面から出てきた男たちは、彼らを逃がすための足止め兼陽動だったのだろう。それを理解してアルベリックの表情が引き締まる。


 逃がすな、と口にするより早く、ヘレナが普段からは想像もつかない速度で駆け出す。


 くるぶしまであるスカートのすそをものともせず家の外を回り込んで、逃げようとしていた男たちに手にした小刀こがたなを投げつける。どこから出したのかも不明なそれは、男たちの装甲に覆われていない膝やすねを適確に狙っていた。


 一人が脛を深々と切り裂かれて体勢を崩し、残る者も小刀を避けるために減速する。


 忌々しそうに襲撃者を睨み付けた男たちの顔に、呆気にとられたような表情が浮かんだのはそれが侍女服の女性だったためだ。その表情があなどりに変わるまでに時間はかからなかったが、ヘレナの狙いは最初から足止めただ一つだった。


「勇ましいのは結構だ――ぶっ!」


 見下しきった表情で口を開きかけた男が、見えないつぶての急襲を受けて気絶する。


「動かない的なら、直接視認しなくても狙うのはわけないよ。というか、追っ手相手に軽口を叩くとか頭大丈夫?」


 手を下した張本人であるクロエが、心底信じられないといった口調で吐き捨てる。


 アルベリックは苦笑したのみで否定も肯定もしなかった。相手の位置を特定するため感覚を強化していたクロエとは異なり、男の言葉が聞き取れなかったのも理由の一つだが。


 残る男たちは、仲間の意識を刈り取ったのが魔術だと理解して目を見開く。


 同時に、ヘレナを追ってデュシェスが家のかげから姿を現すのを見て、彼らは迷うことなく決断を下した。


 男たちの一人が、ふところから取り出した卵ほどの大きさのたまを地面に投げつける。

 地面に当たった瞬間に球ははじけ、あたりを包み隠すほどの大量の白煙が吐き出される。その煙は離れたアルベリックからも見え、思わず心配をにじませた声をあげた。


「ヘレナ! デュシェス!?」


 だが、人の心配ばかりしているわけにもいかなかった。煙にまぎれて追加の球を破裂させたらしく、量を増した白煙がアルベリックたちをも包み込む。


「――っ!」


 アルベリックは周囲に気を配りながら、背後のクリスティアーナを心配する。

 ヒュームでなくクリスティアーナなのは、非戦闘員であるのを自認して下手に動こうとはしない彼に対し、彼女は必要とあらばどんな無茶でもしそうだったためだ。


 人のことは言えないという自覚はあったが、クリスティアーナの危なっかしさはまた別の次元の問題だった。


 その直後、強い風が吹いて立ちこめた白煙をまとめて吹き飛ばす。


 風を起こす魔術を使ったのはクロエだ。わずかとはいえ術を使うまでに時間がいたのは、戦闘向けの術式を頭から追い出して、殺傷力を持たない術式に切り替えるのに多少の時間を要したためだった。


「――二人とも無事か!?」

「ちょ、お――アンジェ様! まだ降りちゃ駄目っす!」


 馬車から飛び降りそうな勢いのアルベリックを、グラハムが身体を張って止める。


 幸い、賊からの攻撃はなく、そればかりか倒れていた者も含めて男たちの姿はどこにも見当たらなかった。気絶していた者たちは叩き起こされてもすぐに動けないだろうから。家の中にでも隠れていた人員が運んでいったのだろう。


 男たちの姿がないことを確認し、周囲の味方にも被害がないのも確認して、アルベリックは胸をで下ろす。

 残る気がかりは突出した二名だったが、まもなく無事な姿を確認することができた。


「大丈夫です! 私もデュシェス様も無事です!」


 家の陰から現れたヘレナが、安心させるように笑顔で手を振ってみせる。

 今度こそ深い安堵の息をついたアルベリックに、彼女は申し訳なさそうに眉尻を下げて声を発した。


「ですが、申し訳ありません。ぞくを取り逃がしてしまいました……」

「ヘレナたちが無事だったのだから充分だ。あの連中の狙いがなんだったのか、わからないままになってしまったのがやまれるが――」


 わずかに言葉を切って、アルベリックは咲き初めの花のように可憐な顔を曇らせる。


「あの気絶していたのがアイル氏だったとしたら、まんまとさらわせてしまうことになったのも痛かったな。意識を奪って連れ去ったということは、当面は殺すつもりはないのだろうが……でなければ、私たちが到着する前にとっくに止めを刺していたはずだ」

「……それなんですが」


 ヘレナが笑っていいのか迷うような複雑な表情で、アルベリックを見やった。大きな水色の瞳で上目遣うわめづかいに見ながら、さりげなく背後を指し示してみせる。


「煙幕を張られた直後に、デュシェス様が目見当だけで飛び込んで……逃げられる直前に奪還してくださいました」


 そっと手で示されたのは、気絶したままの人物を横抱きにかかえたデュシェスだった。

 アルベリックは目を大きく見はったあと、こらえきれないように破顔する。


「でかした、デュシェス!」


 デュシェスの表情は特に変わらなかったが、ほんの少しだけ得意そうな感情の色がその瞳ににじんだように見えた。




 気絶した人物を家と馬車のどちらに運び込むか迷ったが、結局家の中に運び入れて居間のソファへと寝かせた。

 馬車にも人を寝かせる場所は――アルベリックの使用している収納式の寝台だ――あるのだが、目が覚めた時に知らない場所にいたのでは驚かせることになる。


 というのも、デュシェスが横抱きにしていたのも当然で、その人物はよく見ると――


「……う」


 ヒュームが使った覚醒の術で、意識を取り戻した女性が小さく呻き声をあげる。


 身につけているのは立襟たちえりのシャツにズボンという男物の衣服だが、すらっとしながらも出るべきところが出た体型までは隠しきることができなかった。女性にしては背も高く、中背のヒュームと変わらないくらいの身長がある。


 光の加減でくれないける黒髪は、かろうじて首筋が隠れる程度に切りそろえられていた。


 この国に限らず、女性や身分の高い男性は髪を長く伸ばしていることが多い。それは髪を手入れする経済的な余裕や、身だしなみに気を配る意識を持つことを表すためだが、女性の短髪は罪人の証として忌避きひされる国さえあるほど珍しかった。


 ゆっくりと開かれたすみれ色の瞳が、空中に視線をさまよわせたあと焦点を結ぶ。


「……っ!」


 意識を失う前の出来事を思い出したのか、勢いよく女性は身を起こす。同時に室内に居並ぶアルベリックたちが目に入り、女性は驚きと警戒の入り混ざった表情になった。


「許可も得ずに家に入ってしまって申し訳ありません。許可を出すべき人が意識を失っていたものですから――こちらの家にお住まいの方ですよね?」


 すかさず、ヘレナが見る者をなごませるような笑みを浮かべて声をかける。ゆったりと落ち着いた語り口のためもあって、女性の表情が見るからに安堵したものとなった。


「あ、ああ……あんたたちは?」

「お初にお目にかかります。私どもの主人が、呪いの専門家であるアイル様にお尋ねしたいことがあって、まかり越してきた次第でございます」


 綺麗な仕草でお辞儀をするヘレナが、身振りで指し示した先へ女性は目を向ける。


 そこには、やや居心地悪そうな表情で立つアルベリックの姿があった。一目で高級な品とわかる乗馬服を身にまとい、同じ色のリボンで目映いばかりの金髪を束ねた美少女を目にし、女性の口が驚きのあまりぽかんと開かれる。


「アル――アンジェリカという。家名は伏せさせてくれ――そちらはセプタード・アイル氏で間違いないのだな?」


 宝石のようなみどり色の瞳を向けられ、投げられた問いに女性の表情が変わった。


 同じ警戒ではあっても、直接的な暴力ではなく権力を行使する相手に対して向けられる、真意のうかがえない不透明な表情となる。

 ちらりとアルベリックの背後に立つ男性陣を確認したのは、その動向ではなく身なりを見て取るためのようだった。


「ああ、心配はいらない。呪いの研究者ということで糾弾するつもりも、誰かを呪ってくれと言い出すつもりもない。ただ、呪いに関する第一人者というあなたの知識を、私たちに貸して欲しいと思っているだけだ」


 警戒の色を露骨に出した女性に対し、アルベリックは誠心誠意思いのたけを伝える。


「私たちは――というより、私は今呪いにかかって困っている。ダンジョンで発見した呪いの品によるものだ。命に関わるものではないが、通常の解呪は効かず、魔術の専門家がその品にかかっている術式を解析しようとしたができなかった」


 肝心の呪いの内容を伏せながらも、極力詳細に事情を説明しようとするアルベリックを他の同行者は黙って見守る。


グラハムははらはらした様子を隠さず、クロエはどこか憮然ぶぜんと、デュシェスはまるで内心をうかがわせず、ヒュームは茫洋ぼうようとした笑みを浮かべて。唯一、ヘレナだけが心からの信頼を込めた眼差まなざしを、アルベリックへと向けていた。


 アルベリックはそんな同行者たちをちらりと見ると、少しだけ迷う様子を見せてからあらためて女性へ目をやった。


「ただ、私の用事はそこまで緊急のものではない。それよりも、急いで見てもらいたい人がいる。私よりも深刻で、それこそ下手をすれば命に関わりかねない呪いを受けた人だ」


「……え?」


 戸惑った声をあげたのは、アルベリックの視線を受けたクリスティアーナだ。

 アルベリックの言葉にとことなく得心した様子を見せ、話が終わるのを待ち続けるつもりだったらしい彼女は、フードに隠された顔をわずかに上げる。


 みにくく変質した肌の一部が下からのぞき、女性の目が先程とは別の意味で鋭くなる。


「呪い……その皮膚がかい? 見たところなにかの病気のようにも見えるが……」

「その呪いは、あなたがクレナ村から持ち帰った呪いの品によってもたらされたものだ。村の人間にも、同じ症状が出た者がいたらしい――その呪いは人から人へと伝染する力を持っており、病だと思って村人の治療をしていた彼女も呪いにかかることとなった」


 要点をまとめてアルベリックは端的に説明する。クリスティアーナがあわあわした様子で両手を動かしているのが見えたが、言葉を濁しても意味がないのは明白だった。


「呪いが、伝染……?」


 戸惑った声をあげる女性をまっすぐに見返し、アルベリックは言葉を続ける。


「この呪いも私のものと同じ、解呪かいじゅの術がまったく効果を発揮しないものだった。だが、あなたが持ち帰った呪いの品を解析すれば、解呪の方法が見つかるかもしれない――そう思って、彼女はあなたのもとを訪ねることにしたのだそうだ。自身が呪いにかかったのもあるが、なによりもクレナ村の住人を助けるために」


「わ、私は……」


 慌ててクリスティアーナがアルベリックの言葉をさえぎろうとする。だが、否定するにもその言葉はまぎれもない事実で、ただ無駄に口を開閉することしかできなかった。


 女性はそんな両者を見比べたあと、二十代後半とおぼしき顔ににっと笑みを浮かべた。


「うん、事情はよくわからないが、あんたたちが信用できそうな人間だってことだけはわかった。どうやら、わたしのことを助けてくれたようだしね――」


 アルベリックから背後の同伴者へと視線を移し、表情をあらためて女性は言う。


「わたしの専門分野に用があって来たということもわかった。そっちのローブのお嬢さんとは別口で、ローブのお嬢さんのほうが緊急の事態だってこともね。詳しい話を聞かせてもらえるかい――クレナ村ってことは、あの古代遺跡で発見された出土品が関わっているんだろう?」

「ああ……」


 ほっとアルベリックが相好そうごうを緩めた時、女性は思い出したような表情で付け加えた。


「ああ、名乗るのをすっかり忘れてた――セプタード・アイルっていうのは研究を発表するために使っていた偽名でね。本名はエレン・ローブリッターという。長い付き合いになるかどうかはわからないが、よろしくね。呪われ仲間のお嬢さんたち」


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