第十九節 混沌の使者
その場にいた誰もが目を奪われた。羽を生やした白馬に乗り、天使のごとき整った顔立ちに冠を被った銀色の騎士。それが何倍もの体格差をものともせず、シャットシェルの脚を止めたのだから。
「デリートって…」
ミストゲイルはホワイトライダーと名乗るその騎士が口にした言葉を反芻した。春の終わりとは思えぬほど乾いた風が頬を撫でる。
遥か下方、ホワイトライダーはその呟きに言葉を返した。
「刻限は訪れた、ということだ」
シャットシェルの脚に乗せた手の平から、発勁が放たれる。直後、音もなく骨は粉砕され、血は飛び散り、体勢は大きく崩れた。シャットシェルの息が止まった。それだけの衝撃を与えながら、周囲は塵一つ舞わなかった。
ミストゲイルは絶句した。固唾を呑む。全神経が警告する。あいつはヤバい。
「世界を削除する、ですって?」
間一髪、シャットシェルの頭上から飛び下りたオーダーが、ホワイトライダーに不服な様子で声をかける。
「私達は進化を促した、契約通りにね。言ったことも守れないわけ?」
刹那、当のホワイトライダーが白馬を伴い、オーダーの眼前に現れた。移動したことにさえ気づけないほどの速さ──それを速さと呼んでいいのかわからないが──だった。
「進化とは我が主たる混沌のもたらすものである。適応、または変化とは根幹を異にするものだ」
オーダーの語った生命の進化を思い出した。酸素、大地、隕石衝突、氷河期。どれも外から起きたことだ。人工的にレシーバーズという種を生み出し、生物のピラミッドの頂点を取り替えようとしたオーダーとは根本的に違う。
しかし、レシーバーズを生み出すことと火の発明と、どう違うというのだろう。火を利用できるようになったのも進化なら、レシーバーズだって進化の内に入るはず。どちらも内から起きた進化なのだから。
「そもそも、レシーバーズは既にいる」
ミストゲイルは息を呑んだ。その言葉の意味が、単にオーダーや暁澪士、遊月を指したものではないことは、ミストゲイルにも理解できた。ホワイトライダーが言いたいことはつまり、
「他の動物みたいに、レシーバーズは自然発生した生き物ってこと…!?」
それなら辻褄が合う。火を利用することは先例の無い出来事であった。そこから生み出されるものは既存の枠組みには存在しない、つまり外からもたらされるものと同じ価値を持つ。
だが、レシーバーズが元からいるのだとしたら、この条件すら満たされないことになる。オーダー、海央日向がしていたことはつまり、既にいる、もしくはかつていた生物を造り出しているだけなのだから。
「勘がいいな、風のゾア」
ホワイトライダーが背中の弓を手に取り、爪先から創った矢をつがえる。
「すなわち、」
弦が張られる。
「契約不履行だ」
光陰矢の如し。止められた時の流れを突き抜け、一筋の矢がオーダーを撃ち抜いた。無機質な鎧から血が噴き出す。あのオーダーが激痛に喘いだ。
「哀れだな、海央日向。かの世の少女に全て断たれてしまうのだ。オーダーの系譜も、少年の夢も」
「澪士を持ち出すな!」
オーダーが吼え、胸の傷を抱えたまま拳を振りかざす。だが、闘志むなしく、拳はホワイトライダーに届くことなく天馬に蹴り飛ばされた。踞るオーダーを見下ろし、ホワイトライダーは冷淡に述べる。
「暁澪士がコアの研究をしたのは飢えを無くすため。しかし、貴様は気に入らぬ者を消すためにレシーバーズを『生産』した。報復、奴が最も嫌った言葉だ」
鎧の崩れ去った日向は、胸を押さえてホワイトライダーを睨む。
「あなたが、澪士の何を知っていると言うの…!」
「少なくとも、貴様よりは知っているさ」
弓から矢が放たれる。白い矢先が日向の身体を穿つ直前、ミストゲイルは矢を弾いた。
「どうして…」
「知らないよ!」
ホワイトライダーと対峙する。距離が近づき、その威圧感に改めて気圧されかける。
「風のゾア、颯架純よ。レシーバーズは成熟するほど、身も心も人に近づくというのに、そこの奴は傲慢にも人を淘汰しようとした。滑稽とは思わんか?」
心を握り潰されるのではないかと錯覚する。その不気味な様子に、冷や汗すら引っ込む。
それでも、架純は叫んだ。
「バカにしないでよ!この人のこと、何にも知らないくせに!」
空気が震える。雲の切れ間から、日がこぼれる。
ホワイトライダーは不思議そうに尋ねた。
「仲間でもないだろう。敵と呼ぶべき相手だ。何故かばう?」
「そんなんじゃない」
架純は首を横に振った。
「ただ、許せないだけだよ。必死な人を見下すのが」
緑の羽が日光に透かされ、架純の周囲を暖める。緩やかに風が巻き起こる。瞬時に羽ばたき、冷まされた風との温度差が生む小型の台風がホワイトライダーを襲った。
だが、天馬の羽が呆気なく切り裂く。ホワイトライダーは無感情な声音で嘲った。
「希薄。その程度の志で世界を救おうと?」
重ねてソニックブームをぶつける。弓に防がれた。それでも重ね続ける。
「ちっぽけでも、志だ!」
羽に溜めた熱を手に伝導させる。手の平の上で、熱風の塊が構築されていく。そして、ソニックブームをぶつけ続けた箇所に熱風を吹きつけた。弓にヒビが生じる。
「さすがに、ゾアともなれば違うな」
ホワイトライダーは自ら弓を折り、双剣に変えた。二本の刃が天馬の上で構えられ、翼のごとく伸びる。四枚の翼が広げられ、天馬は架純めがけて駆け出した。
そう認識した頃には既に、架純の身体は双剣の餌食となっていた。傷口からおびただしい量の血を流し、架純は倒れ伏す。コンクリートが真っ赤に染まる。
「終わりか?」
架純はよろめきつつ、立ち上がる。
「まだ、まだ…!」
口から血が滴る。鉄の味と臭い。呼吸をする度、肺が痛む。ホワイトライダーは振り向き、不可解とばかりに片方の剣を肩に乗せた。
「そうまでして奴のために戦うか。解せんな」
架純の両腕から風が漏れ出す。風は収束し、二本の剣を形成した。荒い息づかいで口を開く。
「私…他人が怖くて、ジュンちゃん以外、考えないようにして…けど、みんな色んなもの抱えてて…無視しちゃダメだなって、ちゃんと見なきゃなって、思った…!」
天馬の上で、白い双剣が研がれる。
「それが貴様を立たせる故か?」
今にも項垂れそうな首で頷く。
「そういう気持ち、諦めないために、持った力なのかも…!」
ホワイトライダーは暫しの沈黙の後、拍手した。呆然とする架純をよそに、ホワイトライダーは楽しげに語る。
「風のゾアよ。その志、誠に感服した!誇りに思うと良い。ゴルゴダ以来、久々に味わう気高さだ」
それから、ホワイトライダーは人差し指を立てた。
「一時間だ。貴様に免じ、機会を与えよう。その間、我の課す試練を越えよ。見事突破した暁には、人類に千年の停泊を許そうではないか」
か細い声で、架純は問う。
「…どんな試練…?」
すると、天から管楽器のような音がした。直後、倒したレシーバーズ達の中から核が飛び出し、奏でられる音楽に連れられるように、核は一ヶ所に集まった。空を埋め尽くす核はやがて、半人半獣の女神へと姿を変えるのだった。
光一つ届かぬほど巨大な胴体を持つ女神を指さし、ホワイトライダーは意気揚々と答えた。
「奴を倒せ」
目を動かすことすらままならない身体で、どうにか見上げる。女神はヘソに生えた獣の顔から炎を吐き、手の平の目玉から雷を落とした。街が燃える。空気までも張り裂けそうな音が辺りに轟く。
「出来レースなんかして…楽しい…?」
「勘違いするな。貴様の気概には素直に感嘆している。ただ、」
燃え盛る景色を背に、ホワイトライダーは挑発的な視線を送った。
「試練とは常に、理不尽なものだろう?」
一歩すら動かせずうつ伏せになってしまった架純は、コンクリートに額をつけたまま歯を軋ませた。ホワイトライダーの高笑いと、女神の鳴らす爆音が都心部を覆い尽くした。
その時、ほんの僅かな瞬間だけ、時間が止まった。次に時が刻まれる時、ホワイトライダーは頬に血を垂らした。息も絶え絶えに、オーダーがホワイトライダーの横で拳を突き出していた。
頬を撫で、血を確認する。ホワイトライダーは蛆虫にでも触れたような侮蔑の声を上げた。
「どこまでも無粋な奴だ」
オーダーの胸が双剣に斬られ、血飛沫を散らした。傍に横たわったオーダーを天馬が蹴り除ける。
「白へ還れ」
双剣が再び重なり、弓となる。矢が射られかけた刹那、糸が矢をさらった。ホワイトライダーが消えた矢の行方を目で辿ると、四人の新顔が立っていた。
「架純!」
仁が満身創痍の架純に駆け寄る。フェイトスコープ、星牙、ヤマトタグルノミコがホワイトライダーに向かって歩み寄る。炎も、落雷もはね除けて。
「ウチの生徒とダチを傷つけやがって。覚悟、出来てんだろうな?」
紫の眼光がホワイトライダーを捉える。
「ちょうど慣らしたかった所だ。新しい刀と、一張羅を」
ネクタイを絞め、刀を緋色の鞘より抜く。
「祈るなら今のうちになさってください。容赦はいたしません」
かすめ取った矢を握り潰し、左手から何束もの糸を伸ばす。
ホワイトライダーは三体のレシーバーズを見て、頬を緩ませた。
「貴様は飽きさせないな、風のゾア」
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