第4話 過去視の少女はメイドにさせられる
夜が明けてからはあたしはあちらこちらに連れまわされる羽目になった。
マジ物の国家の諜報機関の拠点らしきところにいたのだから、昨晩の会話も筒抜けるところには筒抜けていたのだろうなあ、とかぼんやり考えながらまともな服を着せられ。神殿だの魔術師の庵っぽいところだのあちらこちらたらいまわしにされた。
抵抗?するわけない。あたしは過去が視えてその結果敵意を持った相手の知識を丸パクリできている程度のただの小娘だ。本職相手に抵抗とかあほらしいにもほどがある。
そんなわけのわからないたらいまわしが半日続き、屋敷に戻されたのが夕方。……あれ、屋敷に戻されるのかあたし。てっきりモルモット的扱いでどっかの研究所で飼育でもされるのかと思ったんだが。
そして屋敷には満面の笑みを浮かべたリーゼお嬢様。──アンゼリーゼ様、と朝呼んだらリーゼと呼べ、と厳命されたのでこれも守っている。なんか自分のフルネームにいい思い出がないんだろうか、わからん。
「あなたを専属メイドに勝ち取ったわ」
リーゼお嬢様は私が疲労困憊して(たらいまわされて色々調べさせられるだけでも気疲れは結構なものだったのだ)いるところに嬉しそうに伝えてきた。意味が分からない。
「勝ち取ったわ、ってリーゼお嬢様……私平民ですよ?侯爵家のメイドとか無茶だと思うんですが」
この国には7つほど階層がある。上から順に王族、公爵(これは臣籍降下した王族がなるものだから実質王族みたいなものではある。実験が伴うと大公とか呼ばれることもある)、侯爵、伯爵、子爵、男爵、平民。王位継承にかかわりうるのは侯爵から上。で、そんなやんごとなき身分の方々の従僕というのは平民では務まらない。最低でも男爵以上じゃないとなれないのだ。慣習法みたいなものらしいが、わざわざこれを破った例はないらしい。いくら鴉でもトンビでも無理だろそれ。
そんなことを考えていた私に、リーゼお嬢様はピッ、と羊皮紙を突き出してきた。……なんか今日さんざん見た、王家の紋章が入ってるらしい紙だ。
「読みなさい。……どうせあなたの能力なら読み書きもできるのでしょう?」
「書くほうはろくに経験ないんで大したものは書けませんが……ってなにこれ嘘だろおい」
やんごとなき侯爵令嬢様の目の前で素に帰った言動に戻ってしまった。割と意識して貴族風の言動にしてたつもりだったんだけど……いやそれはどうでもいい。
羊皮紙に書いてある内容、それがおかしかった。
「平民ネリアに貴重な情報提供の功績の褒美として鉄十字勲章を授け、一代限りの男爵位を認める──リーゼお嬢様。私には虚偽文章か何かに見えるのですが」
「おめでとうネリア……いえネリアルド=シュタイン。これであなたもこちら側よ」
こちら側?なんのこと?リーゼお嬢様は私をパニックに落とすのが好きだなぁ……いや現実逃避してる場合じゃない。一つずつ、確認していかなくては。
「……その、ネリアルドとは一体誰のことですか?」
「貴方のことよ。書いてあったでしょう?貴重な情報提供の見返りに男爵位を与えるって。それにあたって平民の名前では不都合だからお父様が新しい名前を作ってくださったの──あ、爵位はちゃんと実在するものだから安心してね」
いや安心できない。やっぱり意味が分からない。
「こちら側とは、どういう意味でしょうか……」
「貴方も鴉の一員として認められた、ということよ。おめでとう、明日から私と一緒にシゴキ……こほん、基礎訓練の日々が待っているわ」
シゴキって言った。今シゴキって言った。しかも私と一緒にとか言った。
いやそれも大問題だが鴉の一員として認められた?どうしてなんで?こんな、不穏気な能力を持つ平民を国家の諜報機関が拾い上げる?そんな馬鹿な。
「……あの、なぜあたしがそのような栄誉ある立場に?諜報機関と言えど、国に雇われるまっとうなお仕事ですよね?スラムの平民でちょっと情報持ってきただけの小娘には縁がないはずの場所では?」
なんとか自分の中のパニックをなだめつつ、精一杯の抗議をしてみる。していいのかもわからないがこのまま流されるのはもっとまずい気がする。
「過去視の能力がなければまぁ鴉云々まではついてこなかったでしょうねえ……」
「待ってください過去視がなくても男爵は確定だったんですか」
人の言葉を遮ったりとか、なんかいろいろ無礼を働いている気がするが無視。あたしのパニックを抑えるほうが最優先だ。なんというか、もう聞きたいことをそのまま聞かないと落ち着いてられない感覚がある。無礼打ち?知るか去れるならとっくにされているはずだ。
「そこは確定よ。まぁファーゼン大公と国外敵対勢力との禁制品のやり取りを暴いた、それも単独で、となると褒美なしにするには無理があってねえ……」
リーゼお嬢様はべらべらと答えてくれている。はて、今ふと疑問が浮かんだ。
……この方も見た目通りなら私と同じ程度の年、つまりただの子供だったはずでは?
「あの、リーゼお嬢様。お嬢様は見た目通りのお年なんですよね?」
今日のたらいまわしで見た目と年齢が一致しない人種というものをさんざん見たため、抱いた疑問である。
「そうよ。大丈夫、大体の貴方への回答は私の上司が代わりに答えてるようなものだから。私はあなた向けのメッセンジャーってところかしら」
侯爵令嬢が、メッセンジャー。
なにそれ。とりあえず、何かとんでもない組織に目をつけられたことだけは嫌というほど理解した。
「……とりあえず私は今後何をすればよいのでしょうか」
こうなったら思考放棄である。何をやらせる気なのかだけ聞いておこう、そして寝よう。……寝れるといいなぁ。
「貴方のことは鴉で保護します。代わりに、身体能力を中心に徹底的に鍛え上げます。ついでに能力を遠慮なく使用していいから知的能力も身につけなさい。……とりあえずはメイドの所作からね」
「なんでメイド……ああ、専属メイドとか言ってましたっけ……」
あれも冗談じゃなくて本気なのか。いやこの人、これも言わされているのか?本当か?能力高いだけで自分で楽しんでいってないか?
どちらにせよ、あたしは鴉という名の檻に入ることを承服せざるを得ないのだった。
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