第5話 間諜メイドはかくして生まれた
それから一年はまごうことなき地獄、訓練に次ぐ訓練の日々でございました。
表向きは新参メイドとしてリーゼお嬢様専属にふさわしくなれるよう所作のふるまいなどの講習。表向きの休み時間も過去視能力を使わされて様々な自分に遭遇した過去の敵──どうも、私の能力は『敵』と認識してしまえば無差別に発動し『味方』『中立』と判断すると機能しなくなるようです──が学んだことを盗み見るなどして知識を得て。
それが終わったら裏向きの本業──鴉の一員としてふさわしい動きができるよう間諜的な動きを徹底的に叩き込まれました。そうして肉体面も精神面もギリギリ持つラインを毎日保たれてシゴキ……いえ訓練いただくのです。
言葉遣いも真っ先に直されました。貴方も男爵になるのですから貴族の所作などできて当然です、とリーゼお嬢様は申されましたがあの頃は余裕もないのに色々と詰め込まれて私は軍隊か何かに入ったのでしょうかと思えてなりませんでした──いえ鴉は軍隊みたいなものと言えば軍隊みたいなものなのですが。
そういえば、過去視で得た記憶の処遇についてですが──リーゼお嬢様(お嬢様自身は別のものを介していると主張しておられます)が私の記憶を魔術で読み取ることを通して、情報共有するようにしました。どうも私の魂にはこれまで読み取ろうとすれば読み取れた記憶が大量に眠っていたらしく、しばらくはリーゼお嬢様も情報源に困らなさ過ぎて困るなどと意味不明な言動を主張されておられました。私が読もうとしていなかっただけで、魂のほうには他人の記憶の山が残っていたらしいです。なぜかそれ以来奥方様は館からあまり外に出なくなったとかメイドたちの入れ替えがあったとか聞きましたが、この辺りはあまり深く考えたくありません。
リーゼお嬢様については、私はもうあの方が今の鴉の長であることをあまり疑っておりません。あの方はあの方で私とは違う方向で特異能力を持った方であると推察しています。天才とかそういう名前で呼ばれていそうな特異能力です。だって、あの方は上司の指示を受けているだけという割にはその場で即座に指示を出しておりますし、誰かの指示を待っているにしては判断速度が速すぎます。あるいはやはり見た目だけが子供なだけで実は精神年齢は高いとか……やめておきましょう。この想像をしたことがばれたときはこってり絞られました。
そんな私はものの3か月ほどで専属メイドとして認められ──技量的にはともかく、対外面で同年代の配下がいたほうがよいだろうという体をとった、などとリーゼお嬢様はおっしゃっておられました──今は第三王子殿下の6歳の誕生日パーティーの帰りの馬車でぐったりとしておられます。
「めんどくさい……なんであの王子様私に絡んでくるのよ、こっちは極力視界に入らないようにさりげなく距離をとってるっていうのに……」
愚痴っていますが、私から言わせればこれは自業自得です。
「普通のご令嬢としてつかず離れるの距離を保っていれば目立たずに済んだかと思われます、お嬢様」
無理に離れようとするから帰って目立つのでしょう、と私はリーゼお嬢様をお諫めします。
「去年その作戦で行ったら私を狙い撃ちしてきたの。あの王子様私になんか変な感情抱いていそうで怖いわ」
「……失言、失礼いたしました」
よりによってお嬢様に好意を抱いているっぽいとか見る目がないにもほどがあります。いやお嬢様は確かに美少女で、器量もいいのですが──露骨に醸し出す腹黒さを察知できないのは王子様としては致命的ではございませんでしょうか。王子様自身は6歳児ですから普通そんなもんなのかもしれませんが周りの方がお諫めすべきところでしょうに。……周りも同レベルだとしたらこの国の先行きが少々不安です。
。
「ああ、でも今日はあなたに近づこうとしていた節もあったわね。貴方、王子様から何か感じとったりした?」
「私……ですか?何事もなく付き添っていただけのつもりでしたが」
まぁそちらはないでもなさそうな話ではあります。他の子たちと違って私はなんたら子息とか令嬢とかではなく、実際に爵位を持っている身ではあるゆえに。……まぁ領地も何もない名誉称号なのですけれど。
「……そういえば、誰か過去が見えたりした?」
「有象無象が多少は。私の目からは特に問題のある者はおりませんでしたが……あとでご覧になりますか?」
男爵令嬢などだと実際の爵位持ち、しかも元平民、の私に多少の敵意を抱く者もいたようです。といっても所詮せいぜい10才程度の子供の集まり、私の感覚では何の問題もないのですが。
「今日のはやめとくわ……。無駄に疲れたし、実際に無駄そうだし」
リーゼお嬢様も同じご意見のようです。
「にしても貴方、一年前からは考えられないくらいきっちりメイドが身についたわね」
にや、といつも通りのリーゼお嬢様の笑みが飛んできました。多少余裕が戻っておいでの様子。
「半年ほど睡眠時間を削られてまで講習を受けていればこうもなります。あの当時は私は進むべき道を間違ったのではないかと真剣に思っていたものです」
いや今でも多少その思いはありますが。毎日記憶を覗かれ放題、一応私自身の記憶は見ないとは言ってくださっていますがやろうとすればできることは既に証明済みです。……ええ年齢のことを考えた時のことでしたとも。
ちなみに今ではまともに眠れこそしますが、詰め込み講習は引き続き続いております。主にお嬢様の護衛の腕を高めるため、それと情報分析の精度を高めるため。メイド業?真っ先に覚えこまされた挙句「本職のメイドに転職してもやっていけるわよ貴方」などとのたまわれそれもいいですねと思った瞬間「そんな日は二度とこないけどね」と言われて絶望いたしましたが何か。一般職に私はなりたかったです。
「何も間違ってないわよ。ここに拾われてなかったらいつか寝首を搔かれてたでしょ貴方。それぐらい物騒な能力持ちなんだから」
私は反論の言葉を持たないのでせめてぴく、と眉を顰めるだけで抗議の意思を示しておきます。露骨に表情をゆがめたりなど致しません。ここはまだ『一応』屋外です。馬車の中で私達が騒ごうがどうしようが──それこそ馬車から飛び出して浮浪児でも捕まえに行かない限り──周りの方々は私たちの多少の騒ぎなどなれたものなので気にしたものではありません。
そんな日々が繰り返されまして──4年後。
貴族として貴族学院への入学が決まった私がおりました。
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