第3話 かくして過去視の少女は捕獲される
「ねえ、公爵って誰のこと?」
ネリアはやばい、と思った。能力が知られかねない。とりあえずしらを切ろうと努力してみる。
「いや、貴方様のことですよ、侯爵令嬢様。ちょっとアクセントを間違えたかもしれませんが」
とりあえずアンゼリーゼのことだと誤魔化そうとする。アクセントは明らかに違ったので苦しいが、これなら通るまいか。
「私、いえ、私の家の者は皆、貴方に私たちの身分について語ったことはないわ。この部屋でも馬車に乗せた時もそのあとも、一度もね」
あえなく論破された。やばいやばいやばい。こんな能力持ってるって知られたら──どうなるかわからないが、ろくな目には合わない気がする。
「そもそも侯爵と公爵を言い間違えるとか苦しいわ。あなた、何を見た結果あんな場所に飛び出してきたの?」
──助かった、のか?
能力の追求ではなく公爵という単語を気にしているらしい。それならまぁ、過去視したことをそのまま自分が見たふりをして伝えれば何とかなるか。
「ええとですね……あたし、とある組織からファーゼン公爵の子飼いの奴らのきな臭い動きを探れ、と命令を受けておりまして。探っていたところ、スラムのとある倉庫でやばそうな物、多分禁制品だと思いますが、の取引現場を目撃しまして。そこまではいいのですがドジって見つかって貴方様たちのところに逃げ込んだ、という次第です」
嘘は大筋ではついてはいない。別に組織の依頼とかなかったしアンゼリーゼたちの所に逃げ込んだのもただの偶然だが、ファーゼン公爵の子飼い、というより執事とその護衛、が禁制品の取引をやっていたのも事実だ。過去視を信じる限り。
「ある組織って何?」
アンゼリーゼは事態を呑み込めない様子ながらに、当然の疑問が返ってきた。ここは情報を羅列して相手を混乱させ、一旦しのごう──その目論見は成功したようである。これらの情報は生き残った時点でどうせ誰かに伝えるつもりだったことだった。
「それはまぁ‥…国家の諜報部門とか、そういうようなところですよ」
暗にそこに触れるな、といいたいつもりでとんでもない部署を騙っておく。まさかこんなところに本職が目を光らせていることはあるまいし。
「ああ……『鴉』の一員なのね。なるほど。……ところで公爵と侯爵の言い間違いの件について聞いてないわ」
鴉って何だ。待ってくれ、本当にそんな組織の一員にされるのは困る。だって所属してない。国家云々で納得された以上そんなものを詐称した時点で物理的に首が飛ぶ。冗談ではなさすぎる。
はっきりと焦ったあたしは──それゆえにさらに余計な一言を口にしてしまった。
「ああええとそういう組織のようなものということで所属とかじゃなくてですね!……そう、個人!個人でやってるんです!」
自分でも錯乱していて何を言っているのかわからない。今すぐ口を閉ざして逃げ出したいが、恩人を突き飛ばすという選択肢はない──ぐらいにはあたしはこの時パニック状態だった。子のお嬢様はそれがわかっているのかいないのか、多分わかっていると思うが、笑いながら核心を改めてついてきた。
「貴方の組織についてはどうでもいいわ、私も噂でしか知らないところだし。それで、なんで公爵と侯爵の言い間違えなんてしたの?……貴方、スラム育ちにしてはずいぶん学があるようだし、そんな言い間違いをするはずがないでしょう?」
駄目だ、この一点で突破されると言い訳の余地が思いつかない。あーとかうーとかあたしは頭を掻きむしりながらうめいた後、観念した。
「……自分を含めて、過去が視れるんですよ、あたし。条件はありますけど条件さえ満たせばほぼ無条件に。さっき言った証言も、正確にはその『特異能力』で見たものです」
そう。条件さえ満たせば目の前のお嬢様にも発動できるある意味で情報戦においては万能の能力。その条件を、お嬢様は満たしてくれていない。ついでにいうならあの場で私を助けてくれた人たちの中で、条件を満たして過去が見えるようになっているのは侯爵夫人ぐらいだ。……そういえばあの女の過去を視てない。
「過去が、視える?……まさか、私も?」
流石にお嬢様は警戒をあらわにしたが、あたしはもう首根っこをつかまれた猫だ。力なく首を振っておく。
「条件をお嬢様は満たしてませんよ──あたしが過去を視れる条件は、『相手のほうから勝手に』私に敵意を抱いてくることです。あたしの挑発とかじゃ意味ないです」
「……じゃあお父様たちの過去は?貴方を突き放そうとしたりしてたけれど」
「視えませんよ、ありゃお嬢様を思っての行動としては当然だろうしあたしは眼中になかったんじゃないですかね──あ、なぜか奥方様のほうだけ見えます」
もう全面降伏したつもりなのでべらべらしゃべっておく。これで侯爵夫人と実は仲がいいとかだったら面倒だなとは思うが、もう今更だ。既に檻に入った猫としては出せる情報は全部出すに限る。
「そう。……ところでお嬢様じゃないわ、私の名前」
「は?」
この人は、いきなり何を言い出すのだ。
「私はアンゼリーゼ=ファルツベルク。『鴉』の長の娘、というとまた面白い顔が視れるのかしら」
お嬢様──アンゼリーゼ様はにやぁ、と茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべてきた。──敵意じゃないのが腹立つ!
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