第2話 過去視の少女、やらかす
ネリアは眠りながらぼんやりと、『特異能力』──自分では過去を見る力と呼んでいる──で自分がどうなったかを確認していた。
貴族の少女、アンゼリーゼというらしい、に解毒をかけられたところまでは自分でも覚えている。だから起きた時のために、その先を知っておきたかった。
「アンゼリーゼ、その子から離れなさい!そのような浮浪児、何の病気を持っているかわからない!」
血相を変えて偉そうなおっさん──おそらくアンゼリーゼの両親だろう。貴族としてはまともな対応だ、確かに自分は何の病気を持っているかも知れたものではない。
「嫌よお父様!この子こんなに弱ってるの!このまま放っておいたら死んでしまうわ!」
「放置などはしない!その子は見たところ毒でやられていただけだ、お前が解毒したことでもう助かっている!だから──」
まぁ衛兵か何かに渡すんだろうなぁ、とネリアは過去の自分を取り巻く状態を見ていた。普通そうする。解毒してもらえただけで奇跡なのだ、キュアポイズンは神殿で使ったもらうにも高くつく術ではないが、そもそも文無しの自分では縁がない術だった。
「いいではありませんの貴方。アンゼリーゼが助けたいと言っているのです、助けては?……彼女の部屋の隣あたりで」
母親であろう女が横から口を出す。いやこれ本当に母親か?ネリアは疑問に思った。父親らしき男のほうは純粋に子供を心配して取り乱しているように見えるが、女は子供を二人とも同じ目で見ている。浮浪者のネリアと、おそらくは令嬢であろうアンゼリーゼとを。
しかも娘の隣の部屋で浮浪者を養えときた。これは貴族特有の面倒くさい事情があるやつだろうな。
などと思っていたら、過去視の能力が解けるのを感じていく。おそらく、眠りから覚めるのだろう。もう少し先が見たかったが──まぁこれで貴族の屋敷に転がり込めていたならどうしたものかな、と思いながらネリアは目を覚ました。
起きた割に、あたりは暗く──おそらく夜に起きたことになるのだろう──妙に体が重い。物理的に。
「なんだぁ……?」
はてあの流れで貴族の屋敷域ということはもしや奴隷落ちを意味していたのか、などと思いながら眼を開くと、目の前には自分の胸を枕代わりにして寝ている令嬢──アンゼリーゼの姿があった。
「……どういうこと?」
よくわからないし傷もなく、別にそのままでもいいっちゃいいのだが、とりあえず重い。とはいえ、相手は命の恩人である。しかも過去を見るまでもなく、ずっとこの部屋で看病でもしてくれていたのだろう。令嬢のやることなのか、とは思いつつ起こしてどかすという発想には至れなかった。スラム育ちのネリアとて、いやスラム育ちだからこそ、恩人に砂をかけるような行為はしたくなかった。
だがすぐには寝付けそうもない。仕方ないので、こうなった経緯を自分の過去を視ることで探ることにした。
端的に言えば、あの侯爵夫人──名前は覚える気もなかったのでとりあえず忘れておく──の一言で娘が本格的にごねだし、侯爵──こちらは覚える気はあるが意図的に忘れておく。過去が見えますなどとご丁寧に説明する気はない──が侯爵夫人の提案を飲まざるを得なくなった。
家に着くなり夫人の宣言通りアンゼリーゼ──お嬢様にしか見えない彼女がその名前の持ち主であっているはずだろう──の隣の部屋、粗末な方の客間らしい、でネリアは少しの間寝ていたらしい。どうやら一晩寝ていたとかそういう話ではないようだ。お嬢様はわざわざ付き合って看病して、疲れて寝ていた、と。
「……参ったなぁ」
これで厄介そうな貴族の家からトンズラするプランはアウト。アンゼリーゼは訳ありのようだし、何の義理もないあたしにここまで尽くしてくれた大恩ある存在だ。それを放り出していくとかあたしには選択肢にすら上がらない。
とするとどうしたものか──と思ったところで、そういえばそもそも自分を襲撃したやつの顔一瞬だけとはいえ見てたな、と思い出した。
ネリアの過去視は過去を視る、と言う一点においては万能に近い。ある一点の制約があるが、それだけさえ満たせれば顔を見た時点でその相手のそれまでの過去を視よう、と思えばいくらでも覗き放題だ。まぁ視てる最中は完全に無防備だったりするが、よほど長く見ないと問題にならない──精密に過去を再現して視るとかしない限り一年程度の過去はほぼ一瞬で終わるが故。必然膨大な情報量が頭に流れ込むが、ネリアは自然とその中から重要な過去だけを選り分ける能力も身に着けていた。
つまり、あの襲撃者と、襲撃者を放ってきた取引人たちの過去を探れる。
早速覗いてみることにした。
そして、一瞬で後悔した。
「なんで公爵とかそんな大物の名前が出てくるんだよ……」
みんな寝ているのをいいことに、一人愚痴る。自分は消されなかったというより、自分が騒いだところで意味がない相手と対峙させられていたらしい。いや末端は切れるかもしれないが、本命には到底届かないだろう。だったら小娘一人程度見逃してほしかった。
そしてさらに後悔する羽目になった。
「……ねえ、公爵って誰のこと?」
寝てたと思ってた令嬢、お嬢様が起きていたようなのだ。
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